戻れ!
フィリアは《天翔け》で本部の廊下を滑るように進んでいた。
「もう、ヒールったら。」
頬を膨らませる。
「退院するなら待っててくれてもよかったのに。」
風に乗りながら、くすりと笑う。
「あとで文句言ってやろ。」
アーヴェルの執務室まであと少し。
その時だった。
「エルナー!」
執務室の中から、怒鳴り声が響く。
フィリアの足が止まった。
「戻れ!!」
「勝手な行動は許さん!」
聞いたことのないほど荒々しいアーヴェルの声だった。
(隊長……?)
執務室の扉が勢いよく開く。
中から飛び出してきたのは、ヒルトだった。
俯いたまま歩き出す。
「もう命令を聞く必要はないです。」
低く、感情を押し殺した声。
「エルナー!」
アーヴェルがもう一度叫ぶ。
「戻れ!」
その声に、ヒルトが足を止める。
ゆっくりと振り返った、その先に。
「……!」
フィリアが立っていた。
ヒルトの目が大きく見開かれる。
「ヒール……?」
フィリアは戸惑いながら一歩近づく。
「ど、どうしたの?」
ヒルトは何も答えない。
ただ一瞬だけフィリアを見つめると、静かに視線を逸らした。
そのまま肩をすり抜け、廊下の奥へ歩いていく。
「ヒール!」
呼び止めても、振り返らない。
足音だけが遠ざかっていく。
「…………。」
フィリアは呆然とその背中を見送った。
今まで一度も見たことのない表情だった。
何かを決意したような。
それでいて、とても苦しそうな顔。
「……失礼します!」
フィリアは気持ちを切り替えるように、執務室の扉を叩いた。
「入れ。」
いつもの低い声だった。
フィリアは静かに部屋へ入る。
「フィリア・リーベ!」
「本日より復帰しました!」
敬礼する。
しかし、返ってきたのは短い一言だけだった。
「……そうか。」
机に向かったままのアーヴェルは、どこか疲れたような表情を浮かべている。
フィリアは思わず笑う。
「隊長。」
「ヒルトに何があったんですか?」
「聞こえていたか。」
「だって!」
フィリアは苦笑しながら肩を竦めた。
「隊長の声、すっごく大きかったですよ!」
一瞬だけ、沈黙が流れる。
アーヴェルは深く息を吐き、窓の外へ目を向けた。
「……エルナーが。」
静かな声で告げる。
「軍を辞めると言った。」
「…………え?」
フィリアの笑顔が、ゆっくりと消えていった。




