仲直りの握手
「あ。」
扉の方を見たフィリアが、ログに気付く。
「焦げパン。」
「…………は?」
ログの眉がぴくりと動いた。
フィリアは、つい先ほどの光景を思い出す。
アルトに叩き伏せられ、土埃まみれで倒れていたログ。
その姿がどうしても――。
「だって……っ!」
「焦げ焦げのパンにしか見えなかったんだもん……!」
肩を震わせ、必死に笑いを堪えている。
「お前なぁ……。」
ログは無言でフィリアの頭を鷲掴みにした。
「いだだだだだ!」
その様子を見たヒルトは腹を抱えて笑い始める。
「ははっ……あははははっ!」
「焦げパンって……!」
その笑い声に、ミレイアが振り向いた。
そして。
ヒルトと目が合う。
「……。」
「……。」
次の瞬間。
「ヒルトくぅぅぅん!!」
アルトですら反応できないほどの勢いで、ミレイアが飛び出した。
「ひっ!」
ヒルトは反射的にしゃがみ込み、その突進を紙一重でかわす。
「会いに来てくれたのぉ!?」
「嬉しいっ!」
「研究させてぇぇぇぇ!!」
「嫌だぁぁぁぁ!」
ヒルトは半泣きで叫ぶ。
「ほら、ミレイアさん!」
「あそこ!アルト!」
「僕なんかより珍しいじゃん!」
ミレイアは勢いよくアルトを指差した。
「アルトくんも髪先から爪先まで全部研究したいけどぉぉ!」
「君のことも研究したいのぉぉぉ!!」
「いやぁぁぁぁ!!」
その騒ぎを横目に。
ログはフィリアの頭を掴んだまま苦笑する。
フィリアは両腕をぶんぶん振り回した。
「いい加減離せ!」
「馬鹿力!」
「悪人ヅラ!」
「焦げパン!」
「最後はお前が付けたあだ名だろ。」
呆れたように笑い、ログは手を離す。
フィリアは頭を押さえながら睨み返した。
「痛ぁ……。」
ログは周囲を見回す。
「レテとガオンは?」
頭をさすりながら、フィリアが答えた。
「レテは二人の喧嘩を止めきれなかったから、お説教と報告書。」
「ガオンは喧嘩を大事にしたから、しばらく謹慎だって。」
「あー……。」
ログは頭を掻く。
「レテには何か言われそうだな。」
ガオンは自業自得だ。
だが。
レテには悪いことをした。
そう思いながら、アルトへ視線を向ける。
あれだけ騒がしいというのに。
アルトは黒板だけを見つめ、黙々と内容を紙へ書き写していた。
ログはそっと肩の精霊――アルゴスへ目を向ける。
「少し離れてろ。」
アルゴスは静かに頷き、部屋の隅へ飛んでいく。
ログはアルトの隣まで歩いた。
「おい。」
「…………。」
返事はない。
「……はぁ。」
ログはノートを覗き込む。
「ここ、間違えてるぞ。」
「人間が魔素を精霊に与えて、精霊から霊素を受け取るんだ。」
「……え!」
アルトが顔を上げる。
「ありがとう!」
再びノートへ視線を落としたところで。
「……アルト。」
「……んー?」
手は止まらない。
ログは少しだけ息を吐いた。
「さっきは悪かった。」
その一言で。
アルトの手が止まる。
「言っとくが、お前を認めたわけでも、信頼したわけでもない。」
「……ただ。」
「家族のことを悪く言うのは違った。」
「悪かった。」
「許してくれ。」
少しの沈黙。
アルトは立ち上がると、笑顔で右手を差し出した。
「お前、いいやつだな。」
「ん!」
ログは首を傾げる。
「……?」
「仲直りの握手だ!」
満面の笑みで続ける。
「焦げパン!」
ログはアルトの手を握る。
そして。
「誰が焦げパンだぁぁぁ!!」
全力で握り返した。
「いだだだだ!」
アルトが悲鳴を上げる。
「な!」
「フィリアが、そう呼んだら喜ぶって!」
一瞬の静寂。
そして部屋の後ろから。
「あはははははっ!」
フィリアの笑い声が響き渡った。




