一撃
アルトはゆっくりと息を整えた。
(武器じゃない。)
(術でもない。)
(ノアさんを見る。)
赤い瞳。
脱力した姿勢。
細い身体。
眠たげな表情。
(この人……。)
(全然動いてない。)
ノアは相変わらず力の抜けた姿勢で立っている。
だが、その重心だけは一切ぶれていない。
(右足に少しだけ体重が……。)
アルトは《砕》を構えた。
「行きます!」
一直線には飛び込まない。
一歩。
二歩。
三歩。
距離を詰める。
ノアは動かない。
(まだ。)
四歩。
五歩。
あと一歩。
その瞬間。
ノアの右肩が、僅かに動いた。
(来る!)
アルトは振り下ろしかけた《砕》を止める。
そのまま身体を回転させ、柄尻をノアの脇腹へ叩き込んだ。
ゴッ!
鈍い音が響く。
ノアの身体が半歩だけ横へ流れた。
訓練室に静寂が落ちる。
アルトは目を見開いた。
「……当たった。」
ノアも、自分の脇腹へ視線を落とす。
そこには確かに制服へ残る打撃の跡。
「なるほど。」
静かに呟く。
「初めて、私を見ましたね。」
アルトは息を切らせながら笑った。
「はい!」
「肩が動いたから!」
「そこから来ると思いました!」
ノアは数秒、アルトを見つめる。
「正解です。」
アルトの表情が明るくなる。
「ですが。」
ノアは人差し指を一本立てた。
「実戦なら。」
次の瞬間。
アルトの首筋へ《緋爪》が添えられていた。
「……え?」
いつ動いたのか。
全く見えなかった。
ノアは眠たげなまま、小さくため息をつく。
「一撃当てて、安心しましたねぇ。」
「はい……。」
「戦闘で一番危険なのは、その瞬間です。」
《緋爪》を下ろす。
「人は成功すると、必ず隙を作る。」
「だから私は待ちました。」
アルトは悔しそうに頭を掻いた。
「あーっ!」
「やっぱりまだ全然だ!」
その反応を見たノアは、ほんの僅かに口元を緩める。
(……素直ですね。)
(だから教えやすい。)
だが、その表情はすぐに消えた。
「では。」
《緋爪》を構え直す。
「次は私から行きます。」
赤い瞳が細くなる。
「今度は、防いでみてください。」
その声を合図に、ノアの姿が再び掻き消えた。




