ノア・ヴァルハイトという人間を
アルトは《砕》を握り直し、ゆっくりと息を吐いた。
(速さじゃ勝てない。)
(なら……。)
視線だけは外さない。
ノアの肩。
腰。
足。
《緋爪》。
先ほど指摘されたことを思い出しながら、全身を観察する。
「ほぅ」
ノアは小さく呟いた。
「少しは学習するようですねぇ」
アルトは返事をしない。
床を蹴った。
一直線ではない。
右へ。
左へ。
大きく回り込みながら距離を詰める。
だが。
「甘いですね」
ノアは一歩も動かない。
アルトが間合いへ入った、その瞬間。
《砕》を振り下ろす。
ガギィンッ!!
《緋爪》が《砕》を受け止めた。
アルトの目が見開く。
(細いのに……!)
押し負ける。
体格ではアルトの方が勝っている。
それなのに、一歩も押せない。
「力任せです」
ノアは静かに言う。
「相手を倒したい気持ちは分かります」
「ですが」
《緋爪》を軽く捻る。
《砕》が弾かれた。
「あなたは武器を振るうたび、自分で隙を作っています」
「っ!」
ノアの爪がアルトの胸元へ迫る。
アルトは咄嗟に身体を捻る。
制服が浅く裂けた。
「惜しいですね」
ノアはすぐに距離を取る。
追撃はしない。
「……どうして」
アルトが息を整えながら尋ねる。
「どうして止めたんですか?」
「試験だからです」
ノアは当然のように答えた。
「実戦なら、今ので終わっていました」
アルトは制服の裂け目を見る。
あと数センチ深ければ。
胸を切り裂かれていた。
冷や汗が流れる。
「怖くなりましたか?」
「……はい」
アルトは素直に頷いた。
「でも」
《砕》を握り直す。
「まだ終わってません」
「そうですねぇ」
ノアは眠たげな目を細めた。
「では質問です」
「え?」
「今のあなたに、一番足りないものは何だと思いますか?」
アルトは考える。
「……速さ?」
「違います」
「力?」
「違います」
「じゃあ……経験?」
ノアは首を横に振った。
「それも違います」
アルトは眉をひそめる。
「分かりません」
ノアは《緋爪》を下ろした。
「観察力です」
「あなたは敵を見ています」
「ですが」
「敵の”考え”を見ていない」
アルトは目を丸くした。
「考え?」
「ええ」
ノアは床へ張られた《血界》を見渡す。
「術師は術で戦うのではありません」
「思考で戦います」
「相手が何を狙い」
「何を捨て」
「どこへ誘導したいのか」
「それを読むのが戦いです」
静かな声だった。
しかし、その一言一言には重みがあった。
「だから」
ノアは再び《緋爪》を構える。
「私を見てください」
「武器でも、術でもありません」
「ノア・ヴァルハイトという人間を」
アルトは息を呑んだ。
「……はい!」
その返事を聞いたノアは、ほんの僅かに口元を緩めた。
(教えたことは、すぐ吸収する。)
(だからこそ、危険でもある。)
(さて……。)
(君はどこまで私の予想を超えてくるのでしょうね。)




