面倒な子
次の瞬間だった。
ノアの姿が、ふっと消えた。
「っ!」
アルトは反射的に《砕》を横へ構える。
ギィンッ!
《砕》と《緋爪》が激しくぶつかり合い、火花が散った。
「……反応は悪くありませんね」
耳元で声がした。
「えっ!」
アルトが振り向く頃には、ノアはすでに数歩後ろへ下がっている。
(速い!)
(見えなかった!)
アルトは再び距離を詰めようと踏み出した。
しかし。
ピンッ。
足元で細い音が鳴る。
「しまっ!」
血糸に足が触れた瞬間。
無数の血糸が一斉にアルトの足へ絡みついた。
「うわっ!」
体勢を崩し、その場へ膝をつく。
ノアは歩くような速度で近づいてくる。
「術とは」
眠たげな声が静かに響く。
「相手へ当てるものではありません」
《緋爪》の先端がアルトの首筋へ添えられた。
「相手を、当たる状況へ追い込むものです」
アルトは悔しそうに唇を噛む。
「……参りました」
ノアは《緋爪》を下ろした。
「いいえ」
「まだ始まったばかりですよ」
「え?」
ノアは再び距離を取る。
「私はあなたを倒す試験をしているのではありません」
「あなたが軍人として相応しくないことを証明する試験です」
アルトは立ち上がり、《砕》を握り直した。
「じゃあ……」
「俺が何回立っても意味ないってことですか?」
「ええ」
ノアは即答した。
「あなたが勝とうが負けようが、私の評価は変わりません」
「あなたは危険です」
「だから軍へ入れるべきではない」
アルトは数秒黙る。
そして。
「じゃあ!」
《砕》を肩へ担ぎ、笑った。
「変えてみせます!」
ノアの眉が、ほんの僅かに動く。
「あなたの評価も!」
「考え方も!」
「全部!」
「俺が精霊術師になれるって証明します!」
訓練室へ静寂が流れる。
ノアはアルトをじっと見つめた。
「……随分と面倒な子ですねぇ」
そう呟きながらも、その赤い瞳にはほんの少しだけ興味が宿り始めていた。




