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精霊達の忘れ物  作者: 粉砕のじゅんこ
入隊試験

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いい男だったわ

「さて、行きましょうか」


 ヴェロニカは何事もなかったように、アルトへ片手を差し出した。


「え?」


 アルトは差し出された手と、ヴェロニカの顔を交互に見る。


「でも、試験は終わったんじゃ……」


「あら?」


 ヴェロニカは少しだけ首を傾げた。


「私、言ったわよね?」


「今日一日、私をエスコートしてって」


「それとも」


 橙色の瞳が、悪戯っぽく細められる。


「試験じゃなければ、私とは手を繋いでくれないの?」


「え、あ、え?」


 アルトの顔が一気に赤くなる。


「そ、そういうわけじゃなくて!」


「ふふふ」


 慌てふためくアルトを見て、ヴェロニカは《甘宴》で口元を隠した。


「冗談よ」


「予定より早く済んだから、私も他の用事を済ませようかしら」


「そ、そうですか……」


 アルトはほっと息を吐く。


 ヴェロニカは一枚の紙を取り出すと、そこへ目を通した。


「それより、アルト」


「あなたの次の試験は……」


 紙に書かれた名前を見た瞬間、ヴェロニカが僅かに目を見開く。


「わぁ、大変」


「え?」


 アルトが不安そうに顔を覗き込んだ。


「シオン君あたりが担当するのかと思っていたけれど」


 ヴェロニカは紙をひらひらと揺らす。


「まさか、軍事局長が出てくるとはね」


「軍事局長?」


 聞き覚えのない役職に、アルトは首を傾げる。


「どんな人なんですか?」


「ノア・ヴァルハイト」


 ヴェロニカは紙を閉じた。


「ガイスト軍事局の局長よ」


「ノア……」


 アルトは初めて聞いた名前を、小さく繰り返す。


「試験内容までは書かれていないけれど」


 ヴェロニカは少し考えるように顎へ指を添えた。


「たぶん、戦闘ね」


「……!」


 アルトの表情が一気に明るくなる。


「戦闘!」


「あら。随分と嬉しそうね」


「はい!」


 待ち望んでいた言葉だった。


 ヴェロニカはそんなアルトを見つめ、少しだけ表情を引き締める。


「一応、忠告しておくわ」


「彼、普通じゃないから」


「普通じゃない?」


「ええ」


 橙色の瞳が、真っ直ぐアルトを見据える。


「とてつもなく強いわよ」


 アルトは一瞬だけ黙り込んだ。


 だが、すぐに口元を吊り上げる。


「……上等!」


「あら」


 ヴェロニカは楽しそうに笑った。


「頼もしいわね」


 そして、アルトの頭へ手を伸ばす。


「頑張ってね」


 黒髪を優しく撫でられ、アルトの身体がぴんと固まった。


「は、はい!」


「いい返事」


 ヴェロニカは満足そうに頷き、ゆっくりと手を離した。


「またエスコートしてね」


「はい!」


 アルトは今度こそ迷わず答える。


「俺でよければ!」


「ふふ。約束ね」


 ヴェロニカは踵を返した。


「私は行くところがあるから、今日はここでお別れよ」


「分かりました」


「あっ」


 ヴェロニカが何かを思い出したように足を止める。


「そうだわ」


 再びアルトの前まで戻ってきた。


「アルト」


「はい?」


「少し耳を貸して」


「耳?」


 アルトは不思議そうにしながら、言われた通り身を屈める。


 ヴェロニカはその耳元へ、そっと顔を近づけた。


 甘い香りが、ふわりと鼻をくすぐる。


「私の精霊はね」


 吐息が耳へ触れ、アルトの背筋が僅かに震えた。


「白いハムスター」


「名前は、シュクルよ」


「……!」


 アルトは勢いよく顔を上げた。


「白いハムスター!」


「シュクル!」


 ヴェロニカはすぐに身体を離すと、満足そうに微笑んだ。


「秘密を話したくなるくらいには、いい男だったわ」


「そ、それって……」


「さぁ?」


 ヴェロニカは《甘宴》を開き、口元を隠す。


「どういう意味かしらね」


 そのまま優雅に背を向け、人混みの中へ歩き出した。


「それじゃあ、またね。アルト」


「……はい!」


 アルトは大きく手を振る。


「ありがとうございました!」


 ヴェロニカの姿が見えなくなるまで見送る。


 やがて、アルトは自分の耳を押さえながら、その場へしゃがみ込んだ。


「白いハムスター……」


「シュクル……」


 知りたかった精霊の姿と名前を教えてもらえた。


 それが、何より嬉しい。


 けれど。


「なんで耳元で言ったんだよ……」


 アルトの顔から、しばらく熱が引くことはなかった。

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