減点ね
「ふふふ……」
ヴェロニカは《甘宴》で口元を隠し、楽しそうに目を細めた。
「やっぱり、可愛いわね」
「え?」
男を地面へ押さえ込んだまま、アルトが顔を上げる。
ヴェロニカは受け止めた女性をそっと立たせると、服についた埃を軽く払った。
「アルト」
橙色の瞳が、真っ直ぐアルトを見つめる。
「あなた、合格よ」
「……へ?」
次の瞬間。
周囲から、一斉に拍手が湧き起こった。
「おぉー!」
「やったな、兄ちゃん!」
「見事だったぞ!」
先ほどまで逃げ惑っていたはずの人々が、笑顔でアルトを囲んでいる。
人質にされていた女性まで、嬉しそうに手を叩いていた。
「え?」
アルトは周囲を見回す。
「えぇ?」
何が起きているのか、まるで分からない。
ヴェロニカはそんなアルトへ微笑みかけた。
「さぁ、その人のこと、離してあげて?」
「え……」
アルトは押さえ込んでいる男へ目を落とす。
「はい!」
慌てて腕を離し、背中から退いた。
地面へ伏せていた男はゆっくりと起き上がると、捻られていた肩を回した。
「いやー!」
先ほどまでの荒々しい態度はどこへやら。
人の良さそうな笑みを浮かべ、豪快にアルトの肩を叩く。
「君、力強いなぁ!」
「……え?」
ヴェロニカが男の隣へ並ぶ。
「彼、私の副官のパイルよ」
「どうも!」
男は明るく右手を差し出した。
「パイル・ヤンギルです!」
「よろしく!」
「えぇ……」
アルトは困惑したまま、その手を握り返す。
周囲の人々から、次々に声が飛んできた。
「かっこよかったぞー!」
「迷子の子も助けてたわよね!」
「精霊が怖がるって聞いてたけど、いい子じゃない!」
「いいぞー!」
「おめでとう!」
「あ、ありがとうございます……」
アルトは顔を赤くしながら、何度も頭を下げた。
その時。
「パパー!」
聞き覚えのある声が響いた。
人混みの中から、小さな男の子が駆けてくる。
「ルーパ!」
パイルは笑顔で両腕を広げた。
飛び込んできたルーパを、そのまま高く抱き上げる。
「お仕事、手伝ってくれてありがとうなぁ!」
「うん!」
ルーパは楽しそうに笑うと、アルトへ大きく手を振った。
「アルト兄ちゃん!」
「おめでとう!」
「……ルーパ?」
アルトはルーパとパイルを交互に見つめる。
「パパって……」
「俺です!」
パイルが胸を張る。
アルトの口が、何度も開閉した。
「ど……」
「ど、ど、ど、どーゆうこと!?」
ヴェロニカは《甘宴》で口元を隠し、愉快そうに笑った。
「ふふふ」
「全部、試験だったのよ」
「全部?」
「ええ」
ヴェロニカは周囲へ視線を巡らせる。
「精霊術師たる者、戦うだけでは駄目」
「護衛対象に合わせて動く必要もあれば、周囲へ気を配る必要もある」
そして、パイルに抱き上げられたルーパへ目を向けた。
「困っている民間人へ、手を差し伸べることもね」
アルトもルーパへ視線を向ける。
「じゃあ、迷子だったのも……」
「試験よ」
ルーパが元気よく頷いた。
「でも、アルト兄ちゃんと肩車したの、楽しかった!」
「そ、そっか……」
少し複雑そうにしながらも、アルトはほっと笑った。
ヴェロニカは続ける。
「泣いている子供を見過ごせなかったこと」
「人質を守りながら、迷わず犯人を取り押さえたこと」
「どれも、命令されたからではない」
「あなたが自分で考え、選んだ行動だったわ」
そこで、ヴェロニカは手にした黒い靴へ目を落とした。
「靴のプレゼントは、予想外だったけれどね」
「す、すみません」
「どうして謝るの?」
ヴェロニカは小さなリボンを指先で撫で、柔らかく微笑んだ。
「嬉しかったわ」
アルトの顔が、一気に赤くなる。
「だから合格」
ヴェロニカはアルトの前まで歩み寄る。
「胸を張りなさい、アルト」
「……はい!」
アルトは嬉しそうに拳を握った。
「ありがとうございます!」
ヴェロニカは満足そうに頷く。
「ただし」
「え?」
「女性の手を二度も離したことは、減点ね」
「うっ……」
「次からは気をつけなさい」
「は、はい!」
周囲から、再び楽しそうな笑い声が広がった。




