本当に可愛いわね
ジーアス中心街、商業地区。
噴水広場を離れた二人は、店が立ち並ぶ大通りを歩いていた。
衣服。
食料品。
装飾品。
通りの両側から威勢のいい呼び込みの声が飛び交い、道は多くの買い物客で埋め尽くされている。
「さすがに、人混みがすごいな……」
アルトは周囲を見回しながら、人の流れを避けて進む。
その時、ヴェロニカの前を歩いていた男が急に足を止めた。
「あっ、ヴェロニカ隊長」
アルトはすぐに彼女の前へ手を出す。
「足元、気をつけてください」
「あら、ありがとう」
ヴェロニカは差し出された手に軽く触れ、人を避けながら歩みを進めた。
アルトは、ふと彼女の足元へ目を落とす。
ヴェロニカが履いているのは、少し踵の高い靴だった。
造りは頑丈そうだが、これだけ人が多い場所を長時間歩くには、あまり向いていないように見える。
「ヴェロニカ隊長」
「なぁに?」
「足、何センチですか?」
「二十三だけど……」
ヴェロニカが不思議そうに首を傾げる。
「ちょっと待っててください!」
「あっ」
アルトは繋いでいた手を離し、人混みの中へ駆けていった。
「もう。また手を離して……」
ヴェロニカは腰へ手を当て、アルトが消えた方向を眺める。
迷子の子供を見つけた時といい、どうやら一度何かを思いつくと、すぐ行動に移してしまうらしい。
しばらくして。
「お待たせしました!」
人混みをかき分け、アルトが戻ってきた。
「もう、どこへ行っていたの?」
呆れたように言いながら、ヴェロニカはアルトの手元へ目を向ける。
そこには、新しい一足の靴があった。
黒を基調とした歩きやすそうな靴。
つま先の近くには、小さなリボンが飾られている。
「靴擦れとかはしないようになってるみたいです」
アルトは靴を差し出した。
「こっちの方が歩きやすいと思って」
「…………」
ヴェロニカは差し出された靴と、アルトの顔を交互に見つめる。
やがて口元へ手を添え、肩を小さく震わせた。
「……ふふふふ」
「え?」
「私にプレゼント?」
「!」
アルトは今さら自分が何をしたのか理解したように目を見開いた。
「は、はい!」
顔を赤くしながら、力強く頷く。
ヴェロニカは靴を受け取ると、その小さなリボンを指先で撫でた。
「坊や……」
一度そう呼びかけてから、言い直す。
「いいえ、アルト」
「はい?」
「あなた、本当に可愛いわね」
「かっ、可愛……」
アルトの顔がさらに赤くなる。
その時だった。
「きゃあああ!」
甲高い悲鳴が、商業地区へ響き渡った。
「助けて!」
「は、刃物を!」
アルトとヴェロニカが、同時に声の方向へ振り返る。
少し離れた通りで、人々が慌てて逃げ惑っていた。
その中心。
一人の男が、若い女性の首元へ刃物を突きつけている。
「ぶち殺すぞ!」
男は血走った目で周囲を睨みつける。
「近寄るんじゃねぇ!」
ヴェロニカは買ったばかりの靴をアルトへ預けた。
「ちょっと試験は中断ね」
「はい!」
二人は人混みを抜け、男のもとへ向かう。
軍服姿のヴェロニカを見た瞬間、男の顔が引きつった。
「はいはい」
ヴェロニカは落ち着いた足取りで近づいていく。
「そこまでよ」
「軍人!」
男は人質を抱える腕へ力を込めた。
「もう来やがったのか!」
「大人しくしてちょうだい」
ヴェロニカの声は穏やかだった。
しかし、橙色の瞳は男の動きを一つも見逃していない。
「今なら、これ以上誰も傷つけずに済むわ」
「……うるせぇ!」
男は人質の女性を、ヴェロニカへ向けて突き飛ばした。
「きゃっ!」
ヴェロニカは倒れ込んできた女性の身体を受け止める。
「大丈夫?」
その瞬間。
「……!」
人質の陰から、一振りのナイフが飛んできた。
ヴェロニカは素早く女性を庇いながら、《甘宴》を開く。
甲高い音とともに、戦扇がナイフを弾き飛ばした。
だが、ヴェロニカが顔を上げた時。
すでに男は、目の前まで迫っていた。
もう一本のナイフを握り締め、ヴェロニカへ突き出そうとしている。
「……」
ヴェロニカの瞳が細められた。
その間へ、一つの影が飛び込む。
「うおおっ!」
アルトだった。
突き出された腕を横から掴み、勢いを利用して男の身体を地面へ投げ倒す。
「ぐあっ!」
男の手からナイフが離れた。
アルトはそのまま背中へ膝を乗せ、腕を捻り上げる。
「動くな!」
「くそっ! 離せ!」
暴れる男を押さえ込みながら、アルトはヴェロニカへ顔を向けた。
「ヴェロニカ隊長!」
その声には、隠しきれない焦りが滲んでいた。
「大丈夫ですか!」




