いつまで女性を待たせるつもり?
「よーし!」
アルトはルーパを肩へ乗せると、両脚をしっかりと支えながら立ち上がった。
「しっかり捕まってろよ!」
「うん!」
ルーパの小さな手が、アルトの頭へぎゅっとしがみつく。
ゆっくりと立ち上がると、ルーパの視界が一気に高くなった。
「わぁ!」
涙で濡れていた顔が、ぱっと明るくなる。
「高いよ! あはは!」
「だろ?」
ルーパの笑い声を聞き、アルトも嬉しそうに笑った。
そのまま人混みを見渡しながら、大きく息を吸う。
「ルーパのお母さーん!」
「どこですかー!」
肩の上で、ルーパも両手を口元へ添えた。
「ママー!」
「どこー!」
二人の声が、噴水広場へ響く。
何度か呼びかけながら周囲を歩いていると。
「あぁ!」
人混みの向こうから、切羽詰まった女性の声が聞こえた。
「ルーパ!」
ルーパが勢いよく顔を向ける。
「ママ!」
人をかき分けるように、一人の女性がこちらへ駆け寄ってくる。
ルーパは嬉しそうにアルトの頭を軽く叩いた。
「アルト兄ちゃん!」
「ママいたよ!」
「おう!」
アルトはその場へしゃがみ、ルーパをゆっくりと地面へ下ろした。
「よかったなぁ!」
「うん!」
ルーパは母親のもとへ駆けていく。
女性は飛び込んできた我が子を強く抱き締めた。
「よかった……」
「本当に、よかった……」
何度もルーパの頭を撫でたあと、女性はアルトへ深く頭を下げた。
「本当にありがとうございました」
「いえいえ!」
アルトは慌てて両手を振る。
「見つかってよかったです!」
「アルト兄ちゃん、ありがとう!」
ルーパも母親の腕の中から笑いかける。
「おう!」
女性は少し考えたあと、手荷物から小さな包みを取り出した。
「せめて、お礼にこれを……」
差し出されたのは、色とりどりの飴玉だった。
「いいんですか?」
「はい。ほんの少しですが」
「ありがとうございます!」
アルトは両手で大切そうに受け取った。
「ルーパ、今度はママの手を離すなよ!」
「うん!」
ルーパは母親の手を握ると、空いた手を大きく振る。
「バイバーイ!」
「バイバーイ!」
アルトも笑顔で手を振り返した。
親子が人混みの中へ消えていく。
「よかったぁ……」
ほっと息を吐いた、その直後。
アルトの身体が固まった。
「……あ」
試験。
ヴェロニカ。
エスコート。
「やばい、やばい!」
アルトは慌てて噴水の方へ振り返る。
「試験!」
急いで戻ると、ヴェロニカは先ほどと同じ場所に立っていた。
腕を組むこともなく、怒った様子もない。
ただ楽しそうに、戻ってきたアルトを眺めている。
「ヴェロニカ隊長!」
アルトは勢いよく頭を下げた。
「ごめんなさい!」
「勝手に離れて、待たせちゃって……」
「ふふふっ」
ヴェロニカは小さく笑った。
「大丈夫よ」
「でも、試験中なのに」
「そうね」
ヴェロニカはゆっくりとアルトへ歩み寄る。
そして、何事もなかったかのように片手を差し出した。
「さぁ」
「続きを始めましょう?」
アルトは差し出された手を見つめる。
それから、おそるおそる顔を上げた。
「怒ってないんですか?」
「どうして?」
「だって、エスコート中なのに放っていったから……」
「そうね」
ヴェロニカは悪戯っぽく目を細める。
「女性を待たせるなんて、普通なら減点よ」
「うっ……」
「でも」
その視線が、先ほど親子が去っていった方角へ向く。
「泣いている子供を見捨ててまで、私を優先する男だったら」
橙色の瞳が、再びアルトを見つめた。
「その方がずっと嫌だわ」
「……!」
「ほら」
ヴェロニカはもう一度、差し出した手を軽く動かした。
「いつまで女性を待たせるつもり?」
「は、はい!」
アルトは慌てて、その手を取った。
「今度こそ、ちゃんとエスコートします!」
「ふふ」
ヴェロニカは満足そうに微笑む。
「期待しているわ、坊や」
二人は再び、賑わう中心街を歩き始めた。




