2人目 誘惑の場合
二日後――。
精霊国家ガイスト、首都ジーアス。
街の中心にある噴水広場。
約束の十分前。
アルトは噴水の縁へ腰掛けながら、一人頭を抱えていた。
「エロいって……なんだ……」
頭の中をぐるぐると回るのは、バルガスの言葉。
『一言で言うと……エロい!』
『めっちゃエロい!』
「結局なんだったんだよ……」
考えても答えは出ない。
むしろ、考えれば考えるほど分からなくなる。
その時だった。
「あら。」
後ろから、柔らかく艶のある声が聞こえた。
「約束の十分前には来るなんて、中々いい男じゃない?」
「!」
アルトは勢いよく振り返る。
そこには、一人の女性が立っていた。
艶やかな褐色の肌。
腰まで流れる黒髪。
橙色の瞳は優しく細められ、その微笑みだけで周囲の空気が少し甘くなったような気がした。
肩の辺りには、淡い白い光がふわりと寄り添っている。
(あっ……。)
(契約精霊だ。)
(どんな姿なんだろう……。)
思わず見入ってしまう。
「は、初めまして!」
アルトは慌てて姿勢を正した。
「アルトです! 本日はよろしくお願いします!」
(くそっ……!)
(エロいってなんだよ!)
(なんか甘いいい匂いがする……。)
(頭が、そわそわする……。)
ヴェロニカは扇で口元を隠し、小さく笑う。
「ふふ。」
「緊張してるの?」
「き、綺れ……」
アルトは慌てて口を押さえた。
「え?」
「い、いえ!」
ヴェロニカはくすくすと笑う。
「そう。」
「坊やの試験官を務める、《誘惑》ヴェロニカ・グランディアよ。」
アルトは思わず視線を逸らしてしまう。
その瞬間。
「……あら。」
ヴェロニカはアルトの顎へそっと指を添え、ゆっくり持ち上げた。
「ほら。」
「挨拶するときは、ちゃんと相手の目を見なくちゃ嫌よ?」
橙色の瞳と視線が重なる。
「は、は、はい!」
(バルガス先生!!)
(なんか俺!!)
(初めての感情なんだけど!!)
「ふふ。」
「いい子ね。」
ヴェロニカは満足そうに微笑み、そっと手を離した。
アルトは胸を押さえ、小さく深呼吸をする。
(なんだこれ……。)
(心臓、すげぇうるさい……。)
ふと、アルトは肩で揺れる淡い白い光へ目を向けた。
「あの!」
「なぁに?」
「契約精霊のお名前、教えてもらってもいいですか!」
ヴェロニカは少しだけ目を丸くする。
「ふふ。」
「秘密。」
「えぇ!?」
アルトは残念そうに肩を落とした。
そんな様子を見て、ヴェロニカは楽しそうに笑う。
「知りたかったら――」
一歩だけアルトとの距離を縮める。
「私に喋らせてみて?」
「……へ?」
アルトの思考が止まる。
「女性が秘密を打ち明けるのはね。」
ヴェロニカは優しく微笑む。
「『この人になら話したい。』って思えた相手だけなの。」
橙色の瞳が真っ直ぐアルトを見つめる。
「坊やに、それができるかしら?」
「…………」
アルトは完全に固まった。
(え。)
(どういう意味!?)
(試験ってそういうこと!?)
(俺、何したらいいんだ!?)
ヴェロニカは扇で口元を隠しながら、くすりと笑う。
「ふふ。」
「それじゃあ。」
扇を閉じ、軽く肩へ担ぐ。
「今日の試験内容を発表するわ。」
アルトはごくりと唾を飲み込んだ。
戦闘か。
筆記か。
それとも実技か。
ヴェロニカは満面の笑みを浮かべる。
「今日一日――」
「私をエスコートしてちょうだい。」
「…………」
アルトは数秒固まり。
「……ふぁ?」




