衝突④
「一つ忠告する。」
アーヴェルの視線が鋭くなる。
「抵抗するな。」
短い言葉だった。
アルトが「え?」と声を出す。
だが。
その返事を待つことなく。
アーヴェルは術式を展開した。
足元の地面に、細い光の線が幾重にも走る。
円を描き、交差し、複雑な術式回路を形成していく。
それはただの光ではない。
鉄の精霊へ呼びかけるための術式。
アーヴェルが長年磨き上げてきた、自身の力だった。
空気が変わる。
金属が擦れ合うような音が響き、周囲の兵士たちが息を呑む。
鉄の精霊。
希少属性。
その力を扱える者は、この国でも限られている。
「《鉄封》」
静かな声。
術式が輝きを増す。
地面がわずかに震えた。
しかし、
「……。」
アーヴェルの表情が変わる。
術式が完成しない。
鉄の精霊への呼びかけは届いている。
力も集まり始めている。
しかし。
アルトを対象にした瞬間。
精霊との繋がりが乱れる。
まるで。
近づくことを拒むように。
術式の光が揺らぎ、形を保てなくなる。
「……発動しない。」
フィリアが呟いた。
違う。
アーヴェルは理解していた。
失敗したのではない。
発動できないのだ。
鉄の精霊が。
アルトという存在を拒絶している。
周囲がざわめく。
隊長クラスの精霊術師。
そのアーヴェルの術式ですら成立しない。
その事実が、何より異常だった。
アルトは首を傾げる。
「今の何だったんだ?」
「鉄が出てくるのかと思った。」
興味深そうに術式の跡を見る。
怖がる様子はない。
警戒する様子もない。
ただ純粋に、知らないものを見た子どものように目を輝かせている。
アーヴェルは静かにアルトを見る。
精霊に拒絶される存在。
それなのに。
精霊の力を誰よりも知りたがる。
「……。」
理解できない。
だが。
一つだけ分かった。
この青年は。
今までの常識では測れない。
その横で。
「……あの。」
小さな声が響く。
誰も反応しない。
「……あのー。」
もう一度。
やはり誰も振り向かない。
ヒルトはゆっくりと手を上げた。
「すみません。」
「ログ、そろそろ運んだ方がいいと思うんですけど……。」
沈黙。
全員がアルトを見ている。
「……。」
ヒルトは倒れているログを見る。
そして。
自分を見る。
「……僕がやるしかないか。」
嫌な予感しかしなかった。
恐る恐るログの腕を掴む。
「よいしょ……。」
引っ張る。
動かない。
「……。」
もう一度。
「よいしょ……。」
やっぱり動かない。
「ですよね。」
ヒルトは諦めた。
「知ってた。」
小さく呟く。
「僕、もやしだし。」
「声も通らないし。」
「そもそも人を運ぶ訓練なんてしてないし。」
誰に言うでもなく言い訳を並べる。
「……というか。」
ログを見る。
「なんで気絶してる人って、こんな重いんだろ。」
もちろん答えは返ってこない。
ヒルトはしばらく考える。
そして。
近くにいた兵士へ声をかけた。
「あの……。」
「すみません。」
「誰かログ運ぶの手伝ってください。」
兵士が振り返る。
「あ。」
ようやく気づく。
「あー……。」
全員がログを見る。
完全に忘れていた。
ヒルトは小さくため息をついた。
「ですよね。」
「みんなアルトの方しか見てませんでしたよね。」
その呟きに。
誰も反論できなかった。




