功績と危険性
ヴォルグから帰還して数日後――。
精霊国家ガイスト。
首都ジーアス、軍事局局長室。
窓から差し込む柔らかな陽光の中、一人の男が椅子へ深く腰掛けていた。
軍事局局長――ノア・ヴァルハイト。
眠たげな赤い瞳は机の上へ積まれた報告書を眺めている。
「はぁ……。」
小さく息を吐くと、その視線を机の前に立つ男へ向けた。
「アーヴェル隊長。」
「君なら、もう少し上手くやってくれると思っていたのですが……。」
その声は責めるというより、呆れに近かった。
アーヴェルは真っ直ぐ立ったまま深く頭を下げる。
「大変申し訳ございません。」
ヴォルグ潜入作戦。
部隊は分断され、多数の負傷者を出した。
アルトとガオンは命令を無視して独断で行動。
結果として作戦は成功したものの、隊長としては失態だった。
ノアは報告書を閉じる。
「まぁ……。」
「ヴォルグが正式に非を認めました。」
「結果だけを見れば、十分すぎる成果です。」
ヴォルグ国王はガイストへ正式に謝罪した。
侵攻。
精霊奴隷化。
その全てを認め、いかなる厳罰も受け入れると宣言した。
しかし。
ガイスト国王が返した言葉は一つ。
『オールオッケー!』
その一言で話は終わった。
もちろん、何もなかったことにはしていない。
今後、ガイストはヴォルグへ精霊術師を派遣し、精霊との共存を前提とした国づくりを支援する。
さらに、精霊術師を育成する教育機関――アカデミア設立への協力。
一方ヴォルグは、機械工学と科学技術を全面的に提供する。
両国は、それぞれの長所を交換する形で新たな同盟を結ぶこととなった。
ノアは肩を竦める。
「……あの国王ですからね。」
「随分と軽い一言で終わらせてしまいました。」
アーヴェルも苦笑する。
「陛下らしいご判断です。」
「ええ。」
「もう少し王らしい威厳があっても良いとは思いますが。」
ノアは再び報告書を手に取った。
「あぁ、それと。」
「はい。」
「君はしばらく休みなさい。」
アーヴェルが僅かに目を見開く。
「ですが、部隊の再編成や報告書が――」
「休みなさい。」
ノアは言葉を重ねた。
気怠そうな声。
だが、有無を言わせぬ響きだった。
「君も重傷だったのでしょう。」
「時には、リフレッシュも必要です。」
アーヴェルは静かに息を吐いた。
「……承知いたしました。」
ノアは満足そうに頷く。
「それから。」
「ヴォルグ国王がですね。」
「アルト君とガオン王子に会いたいそうですよ。」
「……!」
アーヴェルの表情が険しくなる。
「どういう意味でしょうか。」
ノアは首を傾げた。
「さぁ。」
「ガオン王子は他国の王子です。」
「さすがに何かあるとは思いません。」
「技術留学の打ち切り、その程度でしょう。」
「ですが……。」
ノアは報告書を軽く叩く。
「アルト君は別です。」
その一言で部屋の空気が変わった。
アーヴェルは黙って耳を傾ける。
「命令違反。」
「無断で国外へ出国。」
「他国施設への侵入。」
「軍の指示系統を完全に無視した独断行動。」
「その上、詳細不明の能力まで使用しています。」
淡々と並べられる事実。
「功績は認めます。」
「ですが。」
「功績と危険性は別問題です。」
ノアは眠たげな赤い瞳をアーヴェルへ向けた。
「彼は、自分の信じたことのためなら命令すら無視する。」
「軍を預かる立場としては……。」
「非常に扱いづらい存在ですね。」
アーヴェルは静かに拳を握った。
「アルトは……。」
「精霊を助けたいだけです。」
「だからこそですよ。」
ノアは遮る。
「善意だけで動く者ほど、予測できません。」
「私は彼をまだ知りません。」
「だから、警戒しています。」
その時だった。
バンッ!
局長室の扉が勢いよく開いた。
「精霊術師の称号授与なんかでも呼ばれるじゃないですかねぇ、局長殿。」
豪快な声が響く。
鍛え上げられた巨躯。
左眉から頬へ走る火傷。
火属性部隊隊長――《爆熱》バルガス・グレンダルだった。




