間話 英雄国家スパーナへの旅路
――時は、ヴォルグ作戦開始前へ遡る。
英雄国家スパーナへ続く街道。
青空の下、一台の馬車が騎士たちに護衛されながら進んでいた。
その横を歩くセリオは、小さく舌打ちをする。
「チッ……リオの奴。」
「退屈そうだな、セリオ。」
「!」
突然声を掛けられ、セリオは慌てて姿勢を正した。
「い、いやー……そんなことは。」
隣を進む馬車の中で男が楽しそうに笑う。
オーウェン・アクアリス。
英雄国家スパーナの防衛大臣。
そして、リオネルの父でもある。
「良い、良い。」
オーウェンは手をひらひらと振る。
「息子が無理を言ってすまないな。」
セリオは苦笑した。
「ええ、ほんとに。」
「ですが、あいつらしいですよ。」
「『ヴォルグとガイストで何が起きたのか、最後まで見届けるのもスパーナ騎士としての責任です』なんて言ってましたから。」
オーウェンは目を細め、小さく笑う。
「……あいつらしいな。」
「真面目すぎるくらいです。」
「だから私が護衛役になったんですけど。」
「ははは!」
豪快な笑い声が街道へ響いた。
「正直な奴め!」
二人は並んで歩き続ける。
風が草原を揺らし、しばらく静かな時間が流れた。
やがてセリオがぽつりと口を開く。
「……オーウェン殿。」
「何だ?」
「負けたこと……あります?」
オーウェンは少しも迷わず答えた。
「何度もな。」
「……。」
セリオは目を見開く。
「オーウェン殿でも……あるのか。」
「負けたのか?」
静かな問いだった。
セリオは頭を掻きながら苦笑する。
「それはもう、派手に。」
オーウェンは満足そうに頷く。
「それは良い経験をしたな。」
「……え?」
思わぬ言葉に、セリオは聞き返した。
「負ければ、人は考える。」
オーウェンは真っ直ぐ前を見たまま語り始める。
「どうすれば勝てるのか。」
「何が足りなかったのか。」
「自分の弱さと向き合い、足りないものを見つめ直せる。」
セリオは黙って耳を傾ける。
「精霊術師は精霊より術を授かる。」
「英霊士は英霊から技を継承する。」
「星詠みは星の加護を授かる。」
一拍置き、オーウェンは続けた。
「だが、それらは決して万能ではない。」
「……万能ではない、か。」
「ああ。」
オーウェンは穏やかに頷く。
「術も。」
「技も。」
「加護も。」
「扱うのは、結局は人だ。」
セリオはその言葉を胸の中で反芻する。
オーウェンは優しく笑った。
「セリオ。」
「鍛錬をしろ。」
「戦え。」
「そして、負けろ。」
「その度に、自分へ問い掛けるんだ。」
「どうしたらもっと強くなれるのか。」
「どうしたら仲間を守れるのか。」
「そして、契約した精霊にも問い掛けろ。」
「お前たちなら、どう戦う。」
「どうすれば、もっと高みへ辿り着ける。」
セリオは静かに拳を握る。
胸の奥にあった悔しさが、少しずつ熱へ変わっていく。
「……はい!」
力強く返事をすると、オーウェンは満足そうに頷いた。
「うむ。」
そして、にやりと笑う。
「まぁ、死んだら元も子もないがな。」
一瞬の静寂。
次の瞬間。
「ははははは!」
豪快な笑い声が街道へ響き渡る。
セリオも思わず笑みを浮かべた。
「結局そこですか。」
「当たり前だ。」
オーウェンは空を見上げる。
「生きて帰る。」
「それが一番難しく、一番大切なことだからな。」
その言葉に、セリオは静かに頷いた。
「……はい。」
二人は歩みを止めることなく、英雄国家スパーナへ続く道を進み続けた。




