白い世界
「死なせません……!」
レテは震える両手をアルトへかざし続ける。
水色の光が弱まり始めても、それでも治癒を止めようとはしなかった。
額から汗が流れ落ちる。
霊素に変える魔素も限界に近い。
それでも。
「お願い……!」
アルトの手を強く握る。
「戻ってきてください……!」
「レテ。」
ログが静かに声を掛けた。
「お前……無理を……」
「していません。」
レテは振り返らない。
ただアルトだけを見つめ続ける。
その横へ、ユノが膝をついた。
「僕も手伝います。」
キュウを抱き寄せる。
「暖脈。」
術を発動しようとした。
しかし。
何も起こらない。
「……え?」
もう一度試す。
「暖脈!」
やはり霊素は流れない。
ユノは隣にいるキュウを見る。
狐の精霊は身体を丸め、小さく震えていた。
「キュウ……?」
霊素の受け渡しが行われていない。
魔素と霊素が繋がらない。
ユノは目を見開いた。
「なんで……」
ガオンが静かに口を開く。
「こいつの体質らしい。」
「体質……?」
「俺も詳しくは知らん。」
ガオンはアルトを見つめたまま言う。
「精霊が、近寄れなくなる。」
ユノは信じられないという表情を浮かべた。
「そんなことが……」
アーヴェル隊長は静かに目を閉じる。
そして。
「……オーズィラ。」
低く呼んだ。
「もうやめろ。」
レテは首を振る。
「嫌です。」
「命令だ。」
アーヴェル隊長の声が強くなる。
「これ以上は、お前まで倒れる。」
「聞けません。」
即答だった。
「レテ・オーズィラ……!」
「聞けません!」
レテはアルトの手を握り締める。
その瞬間。
これまでの出来事が頭をよぎる。
初めて出会った日。
何も知らない笑顔。
自分を助けてくれたこと。
一緒に旅をした日々。
他愛もない会話。
精霊を見つけるたび、嬉しそうに駆け寄っていた姿。
フィリアを救うため、自分も傷だらけになりながら戦ったこと。
そして。
自分が危険だと知るや否や、迷わず駆け付けてくれたこと。
誰よりも純粋に。
誰よりも真っ直ぐに。
精霊を想い続ける姿を。
レテの瞳から涙が零れ落ちる。
「アルト君は……」
言葉が喉で震える。
「私の――――」
その瞬間だった。
世界が白く染まった。
◇
「……!」
レテはゆっくりと目を開ける。
一面、白。
空も。
地面も。
果てしなく続く白い世界。
「ここは……?」
辺りを見渡す。
すると。
遥か先。
白い空間の中央に、一人の人影が立っていた。
レテは無意識に歩き出す。
一歩。
また一歩。
近づくにつれ、その姿が見えてくる。
白いローブを纏った女性。
長い髪が静かに揺れている。
レテがあと数歩という距離まで近づくと。
女性は静かに振り返った。
「……!」
顔が見える。
そのはずだった。
見えた瞬間。
記憶が零れ落ちる。
「……あ。」
どんな顔だったのか。
思い出そうとしても。
もう思い出せない。
見るたびに。
記憶から消えていく。
それなのに。
懐かしい。
涙が出そうになるほど。
会いたかった。
レテは気づけば手を伸ばしていた。
女性も静かにレテを見つめる。
そして。
ゆっくりと首を横へ振った。
優しく。
どこか悲しそうに。
小さく口が動く。
『――忘れないで。』
その一言だけが。
胸の奥へ深く刻み込まれた。
◇
「……っ!」
レテは勢いよく目を開けた。
白い天井。
薬草の香り。
窓から差し込む朝日。
「……病室?」
呆然と呟く。
ガタッ!
突然、部屋の奥で椅子が倒れる音が響いた。
レテが勢いよく振り向く。
そこには。
ベッドの上で上体を起こし。
大きく目を見開くアルトの姿があった。




