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精霊達の忘れ物  作者: 粉砕のじゅんこ
工場国家ヴォルグ編

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もう誰も死なせない

「まだ……終わってねぇぞ」


 アルトの目は、少しも折れていなかった。


 ガレスは操縦席の中で、血まみれのアルトを見つめる。


 立っているだけでも限界のはずだ。


 《魔脈》によって無理やり引き出された力は、確実にアルト自身の身体を壊している。


 それでも、退かない。


 背後にいる小さな精霊を守るためだけに、何度でも立ち上がってくる。


『ならば、俺も応えよう』


 《タイタン》が大斧を引いた。


 機体の内部では、動力となっている精霊の光が弱々しく揺れている。


『もう少しだ』


 ガレスは静かに語りかけた。


『これで終わらせる』


 淡い光が、一度だけ強く明滅する。


 《タイタン》の右腕へ力が戻り、大斧の刃が持ち上がった。


 アルトも《砕》を構える。


「行くぞ!」


 床を蹴った。


 アルトの姿が掻き消える。


『右か』


 ガレスが大盾を振る。


 アルトは急停止し、盾の縁へ《砕》を叩きつけた。


「砕衝!」


 衝撃が炸裂する。


 大盾が横へ弾かれ、《タイタン》の左腕が大きく開いた。


 しかし、ガレスはその動きすら利用する。


『《ヘヴィスイング》』


 右手の大斧が、盾の陰から横薙ぎに振るわれた。


「くっ!」


 アルトは《砕》を立てて受ける。


 金属同士が激突し、火花が弾けた。


 重い。


 両腕の骨が軋み、傷口から血が噴き出す。


 アルトの身体は床を滑り、超硬化ガラスの容器へ迫った。


「させるか!」


 片足を床へ叩きつける。


 《魔脈》が強く脈打ち、全身へ力が駆け巡った。


 大斧を斜めへ受け流し、その下を潜り抜ける。


「砕撃!」


 《砕》が《タイタン》の右肘へ打ち込まれた。


 装甲が陥没する。


 駆動部から火花が散り、大斧を握る腕が大きく揺れた。


『まだだ!』


 《タイタン》が大盾を振り回す。


 アルトの脇腹へ、盾の縁が突き刺さった。


「がっ!」


 身体が宙を舞う。


 床へ落ちるより早く、ガレスは大斧を振り上げた。


『《グランドブレイク》』


 大斧が床へ叩きつけられる。


 轟音。


 床を砕いた衝撃が一直線に走り、落下途中のアルトを飲み込んだ。


「うあぁっ!」


 弾き飛ばされた身体が、壁へ激突する。


 口から血が溢れた。


 膝が崩れそうになる。


 だが、アルトは《砕》を壁へ突き立て、無理やり踏みとどまった。


「ギィィ!」


 エーテルの悲鳴が聞こえる。


「……まだ、大丈夫だ」


 そう口にした声は、もう掠れていた。


 大丈夫ではない。


 視界は何度も暗くなり、手足の感覚も薄れ始めている。


 それでも、エーテルに不安そうな顔を見せたくなかった。


「あと少しだからな」


 アルトは笑った。


 再び《タイタン》へ向き直る。


 ガレスも無傷ではない。


 大盾には幾つもの亀裂。


 胸部装甲は大きく陥没し、右腕の駆動も不安定になっている。


 操縦席では警告灯が明滅し、各部の異常を知らせていた。


『左脚部、出力低下』


『右腕部、駆動限界』


『動力霊素、残量僅少』


 それでも《タイタン》は倒れない。


 大盾を構え、大斧を握り直す。


「お前も、しぶてぇな」


『貴様にだけは言われたくない』


 アルトが僅かに笑う。


 ガレスの声にも、初めて微かな笑みが混じっていた。


 互いに、次が最後だと理解している。


 アルトは《砕》を両手で握り、腰を落とした。


 ガレスは大盾を前へ構え、その陰で大斧を引く。


『次で終わりだ、アルト』


「ああ」


 アルトの全身を流れる光が強さを増す。


「オレも、そのつもりだ」


 静寂が訪れた。


 エーテルが、ガラス越しに両手を押し当てる。


 《タイタン》の内部では、疲弊した精霊が最後の力を送り出す。


 二人が同時に地面を蹴ろうとした、その瞬間。


 演習場の壁が吹き飛んだ。


「なっ!」


 爆発とともに瓦礫が降り注ぐ。


 黒煙の向こうから、巨大な機影が現れた。


 鈍い黒色の装甲。


 随所へ金色の装飾を施した、威圧的なフェルギア。


 他の機体とは比較にならないほど禍々しく、まるで全てを従わせるためだけに造られたような姿だった。


 胸部へ刻まれた名は――《ドミネーション》。


『見つけたぞ!』


 機体の中から、バルドゥルの濁った声が響く。


『まだ使える精霊が残っているではないか!』


『バルドゥル?』


 ガレスが振り返る。


『なぜここに――』


 《ドミネーション》の腕が振るわれた。


 巨大な拳が、背後から《タイタン》の胸部へ突き刺さる。


 轟音。


『ぐっ!』


 《タイタン》の巨体が大きく跳ね、床へ倒れ込んだ。


 大盾と大斧が手を離れ、激しい音を立てて転がる。


「何しやがる!」


 アルトが叫ぶ。


 《ドミネーション》は答えず、倒れた《タイタン》の胸部を踏みつけた。


『バルドゥル! やめろ!』


 ガレスが操作桿を動かす。


 だが、損傷した《タイタン》は動かない。


『貴様はもう必要ない』


 バルドゥルは吐き捨てた。


『《タイタン》も、このままでは鉄屑同然だ』


『何をするつもりだ』


『決まっているだろう』


 《ドミネーション》の腕部が展開する。


 複数の金属爪が現れ、《タイタン》の胸部装甲へ食い込んだ。


『まだ使えるものだけ回収する!』


『やめろ! その精霊は限界だ!』


『だから何だ!』


 金属爪が装甲を無理やり引き剥がす。


 内部から、淡い茶色の光が漏れ出した。


 弱々しく震える精霊。


 ガレスが最後まで気にかけ、共に戦ってきた存在だった。


『力を残しているなら使える!』


『国のために最後まで絞り尽くしてこそ、価値があるのだ!』


「やめろ……」


 アルトの声が低くなる。


 《ドミネーション》の爪が精霊を包む容器を掴み、乱暴に引き抜いた。


 精霊の苦しげな声が響いた。


「やめろ!」


『黙れ、侵入者!』


 バルドゥルは精霊の容器を機体内部へ取り込む。


 《ドミネーション》の各部へ、茶色い光が流れ始めた。


『見ろ!』


『この力があれば、まだ戦える!』


『精霊など、我ら人間のために使われてこそ意味がある!』


 アルトの中で、何かが切れた。


「……返せ」


『何だ?』


「その子を返せ」


『断る』


 バルドゥルは笑った。


『これは我が国の所有物だ』


「所有物……?」


 アルトの身体から、淡い光が噴き上がる。


 すでに限界だった《魔脈》が、さらに激しく脈打ち始めた。


 ドクン。


 ドクン。


 血管が浮かび、皮膚の下を光が走る。


 傷口という傷口から、血が溢れ出した。


『やめろ、アルト!』


 倒れた《タイタン》からガレスの声が響く。


『それ以上は本当に死ぬぞ!』


「知るかよ」


 アルトは《砕》を握った。


 指の間から血が滴る。


「苦しんでる奴がいるんだ」


 一歩踏み出す。


 床が大きく陥没した。


「助けを求めてる奴がいるんだ!」


「もう、誰も死なせない!」


 《魔脈》が全開になる。


 アルトを中心に、凄まじい圧力が広がった。


 周囲の瓦礫が浮き上がり、壁や床へ亀裂が走る。


 ガレスの知る、どの力とも違う。


 精霊から受け取った霊素ではない。


 アルト自身の中から溢れ出す、人が扱えるはずのない力。


『な、何だその力は……』


 バルドゥルの声が震える。


 それでも《ドミネーション》の両腕を前へ構えた。


『たかが一人の小僧が!』


『我が一族の悲願を邪魔するな!』


 機体各部から砲門が展開する。


 奪われた精霊の力が、砲口へ集められていく。


『消し飛べ!』


 無数の霊素弾が一斉に放たれた。


 アルトは走る。


 正面から。


 一切、速度を落とさずに。


 霊素弾が肩を貫く。


 脇腹を掠める。


 足元で爆発し、身体が大きく揺れる。


 それでも止まらない。


「返せぇぇぇ!」


 アルトは《砕》を両手で握り、大きく振りかぶった。


 全身を巡る力が、《砕》の先端へ集まる。


 床が沈む。


 空気が震える。


 アルトがこれまで放ってきた、どの技よりも大きな衝撃が形を成していく。


『撃て! 撃てぇぇぇ!』


 《ドミネーション》の砲撃が激しさを増す。


 アルトは最後の一歩を踏み込んだ。


「《砕界砲》!」


 《砕》が振り抜かれる。


 一瞬。


 世界から音が消えた。


 次の瞬間。


 爆発を超える衝撃が、《ドミネーション》へ叩き込まれた。


 大気が歪む。


 床が崩れる。


 壁が一斉に砕け散る。


 《ドミネーション》の分厚い装甲へ、無数の亀裂が走った。


『な……』


 胸部。


 両腕。


 脚部。


 砲門。


 全ての装甲が内側から弾け飛ぶ。


『なぜだ!』


『なぜ我が一族の悲願が!』


『こんな小僧一人にぃぃぃ!』


 《ドミネーション》が衝撃に飲み込まれる。


 黒い巨体が大きく仰け反り、そのまま壁を突き破って吹き飛んだ。


 機体内部へ警報が鳴り響く。


『全機能停止』


『機体崩壊』


『緊急脱出』


「くっ……!」


 バルドゥルが脱出装置を叩く。


 胸部装甲が弾け、座席ごと上空へ射出された。


「覚えていろ!」


 遠ざかりながら叫ぶ。


「精霊奴隷化計画は終わらん!」


「我が一族の悲願は、必ず――」


 声は爆音に掻き消された。


 《ドミネーション》の巨体が地面へ激突する。


 装甲が砕け、完全に沈黙した。


 アルトは、その場に立ち尽くしていた。


 《砕》の先端から、白い煙が立ち上っている。


「……返せた、かな」


 《ドミネーション》の残骸から、奪われた精霊の容器が転がり出る。


 割れてはいない。


 中では、疲れ果てた精霊が弱々しく身を動かしていた。


 それを確認した瞬間。


 アルトの身体から、全ての力が抜けた。


「……よかった」


 《魔脈》の光が消える。


 《砕》が手を離れ、床へ転がった。


 膝が折れる。


 アルトの身体が、ゆっくりと前へ倒れていく。


「ギィィ!」


 どこかで、声がした。


 霞む視界の先。


 超硬化ガラスの容器が大きくひび割れている。


 その亀裂の向こうから、小さな精霊がアルトへ向かって手を伸ばしていた。


「ギィ……ギィ……」


 エーテル。


 その姿が、ぼやけていく。


 さらに遠くから、誰かが駆けてくる。


 水色の髪。


 見覚えのある軍服。


 手には《水凪》。


「アルト君!」


 レテの声だった。


 どうしてここにいるのか。


 どうやって自分を見つけたのか。


 聞きたいことはあった。


 だが、もう声が出ない。


 レテがこちらへ手を伸ばす。


 エーテルも、ガラス越しに小さな手を伸ばしている。


 その二人の姿を最後に。


 アルトの意識は、静かに闇へ沈んだ。

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