約束破るよ
アルトは容器の前へ這い戻り、エーテルを庇うように両腕を広げた。
「……来るな」
震える声で、それでも《タイタン》を睨みつける。
額から流れた血が片目を塞ぎ、呼吸をするたびに脇腹が激しく痛んだ。指先にはほとんど力が残っていない。
それでも、退くつもりはなかった。
「ギィ……ギィ……」
容器の中で、エーテルが悲しげに鳴いている。
アルトは血に濡れた顔で、無理やり笑った。
「大丈夫だって……」
「オレが、絶対助けるから」
《タイタン》は動かなかった。
ガレスは操縦席の中から、倒れてもなお精霊の前へ立とうとする少年を見下ろしていた。
やがて、機体内部へ警告音が響く。
戦闘によって消費された霊素が、限界へ近づいている。
ガレスは操作盤へ視線を落とした。
《タイタン》の動力部。
そこには、この巨体を動かすために囚われた精霊がいる。
先ほどまで安定していた霊素の供給が、弱々しく揺らいでいた。
「……すまない」
低い声が操縦席へ落ちる。
アルトへ向けたものではなかった。
「あと少しだけ、力を貸してくれ」
ガレスは動力部へ手を添える。
「これが終われば、必ず休ませる」
わずかな沈黙の後、《タイタン》の内部へ淡い光が巡った。
止まりかけていた機関が再び唸りを上げる。
アルトはその声を聞き逃さなかった。
「……今、誰に話してた?」
『《タイタン》を動かしている精霊だ』
ガレスは隠そうともしなかった。
『こいつがいなければ、《タイタン》は動かん』
「その精霊……苦しんでるだろ」
『分かっている』
「分かってて、まだ戦わせるのかよ!」
『俺には守るべき国がある』
大盾がゆっくりと持ち上がる。
『この国を守るために、俺はこの道を選んだ』
「選んだ道……」
アルトは床へ転がる《砕》へ手を伸ばした。
指先が柄に触れる。
何度も滑りながら、どうにか引き寄せる。
「なら!」
《砕》を支えにして、震える膝を立てた。
「また選び直せよ!」
ガレスの目がわずかに見開かれる。
アルトはふらつきながらも立ち上がった。
「一緒に……一緒に歩いてくれる精霊がいるんだろうが!」
『黙れ』
「お前、こんな強いのに!」
アルトは《砕》を握り締める。
「何をビビってんだ!」
その言葉に、《タイタン》の動きが止まった。
『……何だと』
「変えるのが怖いんだろ!」
「今まで選んできたことが間違ってたって認めるのが怖いから、ずっと同じ道を歩いてんだ!」
『貴様に何が分かる!』
ガレスの怒声が機体を震わせる。
『国を背負う責任も! 多くの民の命も! 選択を誤った時に失われるものの重さも知らぬ貴様が!』
「一人じゃないくせに!」
アルトの声が、ガレスの言葉を打ち消した。
「一緒に歩いてくれる奴がいるくせに!」
容器の中でエーテルが、必死にガラスへ手を押し当てる。
「見て見ぬふりして……!」
アルトの脳裏に、これまで出会った者たちの姿が浮かぶ。
自分へ手を差し伸べてくれた者。
怒ってくれた者。
守ろうとしてくれた者。
そして、自分が力を使うことを止めた二人。
「お前がお前を殺すなよ!」
『……黙れ!』
《タイタン》が大盾を床へ叩きつけた。
轟音とともに床が割れ、衝撃がアルトを襲う。
それでも、アルトは倒れなかった。
『貴様如きに何が分かる!』
「分かんねぇよ!」
アルトも負けじと叫び返す。
「分かりたくもねぇ!」
血に濡れた手で、《砕》を構える。
「オレは、オレの大事にしたいもんを守るだけだ!」
アルトは一度だけ目を閉じた。
「……グウェン」
小さく呟く。
「フーガ……ごめん」
再び目を開く。
その瞳には、もう迷いはなかった。
「約束、破るよ」
アルトの身体の奥で、何かが脈打った。
閉ざされていた流れが、一気に全身へ走り始める。
「――《魔脈》!」




