不落の戦士
◇
時を同じくして。
演習場では、二人の男がなおも刃を交えていた。
アーヴェルは《不落》を杖代わりにしながら、ゆっくりと身体を起こす。
腹から胸へ走る傷からは、今も血が流れ続けていた。
呼吸をするだけで傷口が開く。
左腕にも力が入りきらない。
それでも、《不落》を握る右手だけは離さなかった。
「まだ立つのか」
少し離れた場所で、カイルが《裂兎》を肩へ担いでいる。
先ほどまで浮かべていた笑みは薄れていた。
「しぶとさだけは昔のままだな、鈍亀」
「……貴様こそ」
アーヴェルは荒い息を整えながら顔を上げる。
「随分と軽い攻撃だったぞ、ピョン吉」
「言ってろ」
カイルが地を蹴る。
「《韋駄天翔け》」
姿が消えた。
直後、風を裂く音がアーヴェルの右側から迫る。
「《鋼壁》」
鉄の壁が瞬時に立ち上がる。
《裂兎》が激突し、火花と風が同時に弾けた。
だが、カイルは止まらない。
壁を蹴り、頭上へ跳ぶ。
「《瞬点風》」
鋭い突きが、鉄壁の向こうからアーヴェルの肩を貫いた。
「ぐっ……!」
鮮血が飛ぶ。
アーヴェルの身体が大きく揺れた。
カイルはそのまま刃を引き抜き、着地と同時に横へ薙ぐ。
アーヴェルは《不落》で受け止めるが、踏ん張りが利かない。
重い身体が床を滑り、傷口からさらに血が溢れた。
「終わりだな」
カイルが低く呟く。
「もう守る奴もいないだろう。ここで倒れても、誰も責めやしない」
「……違う」
「あ?」
アーヴェルは《不落》の切っ先を床へ突き立てた。
「守る者が目の前にいなければ、立つ必要がないとでも思っているのか」
「何を言ってやがる」
「私の後ろには、部下たちがいる」
レテ。
ログ。
そして、この地へ共に来た者たち。
今ここに姿はなくとも、アーヴェルにとって守るべき存在であることに変わりはない。
「私が倒れれば、貴様はあいつらを追う」
「当たり前だ」
「ならば」
アーヴェルは再び立ち上がった。
「倒れるわけにはいかん」
その瞬間。
霊器《不落》が、低く震えた。
鉄色の霊素が刀身を走り、アーヴェルの腕へ絡みついていく。
それまで鈍く沈んでいた鉄術が、息を吹き返すように強さを増した。
「私はもう二度と失わない」
カイルの目が細くなる。
「……チッ」
戦いが長引くほど。
傷が増えるほど。
アーヴェルの術は、むしろ強くなっている。
正確には、傷そのものが力になっているのではない。
何度倒されても立ち上がる主へ、《不落》が応え続けているのだ。
「厄介な霊器だな」
「今さら気づいたか」
「いや」
カイルが《裂兎》を構え直す。
「昔より、ずっと厄介になった」
風がカイルの周囲へ集まる。
対するアーヴェルの足元からは、鉄の杭が次々とせり上がった。
身体は限界に近い。
だが、《不落》はまだ戦えると告げている。
倒れない限り。
守る意志を捨てない限り。
鉄は、アーヴェルへ応え続ける。
「来い、カイル」
アーヴェルは《不落》を正面へ構えた。
「今度こそ、その軽い風を叩き落としてやる」




