1人の姿
◇
《ヴァルキリー》を退けたレテは、一人、薄暗い通路を歩いていた。
背後では、損傷した機体から漏れる駆動音が遠ざかっていく。
足を止める理由はいくつもあった。
アーヴェルのもとへ戻るべきか。
ログとユノを探すべきか。
それとも、このまま先へ進むべきか。
レテは《水凪》の柄へ手を添えたまま、ゆっくりと歩みを進める。
ヴォルグとカイルの繋がり。
ガイストを襲った器装獣――フェルギア。
この国が襲撃へ関わっていたことは、もう疑いようがなかった。
必要な証拠は得た。
それでも、このまま帰ることはできない。
ここへ来るまで、何度も見た。
力を使い果たされ、壊れた道具と一緒に捨てられた精霊たちを。
この先にも、まだ助けを待っている精霊がいるかもしれない。
「……先へ行こう」
迷いを振り切るように呟き、レテは通路の奥へ向かった。
その時だった。
傍らを泳いでいたディーネの動きが、突然止まった。
「ディーネ?」
小さな魚の精霊は、通路の奥を見つめたまま動かない。
次の瞬間、その身体が激しく震え始めた。
鱗を震わせ、逃げ場を探すように視線をさまよわせる。
レテは心配になり、そっと手を伸ばした。
「大丈夫ですか?」
だが、指先が触れるより早く、ディーネは怯えたように身を引いた。
「……え?」
いつもなら、頬へ寄り添ってくる。
レテの手を嫌がったことなど一度もない。
それなのに今は、触れられることすら耐えられないほど怯えている。
「ディーネ……」
呼びかけても反応はない。
ただ小さく身体を縮め、通路の奥から目を離さない。
レテもゆっくりと前を見る。
誰もいない。
足音も聞こえない。
けれど、空気が重い。
何かがいる。
精霊が本能から恐れる、何かが。
レテの脳裏に、一人の姿が浮かんだ。
「アルト君?……」




