衝突
軍事局。
アーヴェルから指示を受けた後。
レテはアルトを連れて、部隊の兵舎へ向かっていた。
「この先が、私たちの兵舎です。」
「へぇ……。」
アルトは周囲を見回す。
廊下には多くの兵士が行き交い、壁には武器や作戦資料が並んでいる。
緊張感のある空間。
けれど、アルトはどこか楽しそうだった。
知らない場所。
知らない人たち。
それでも。
ここには、自分がずっと憧れていたものがある。
精霊術師たちが集まる場所。
そう思うだけで、胸が少し高鳴った。
「ここです。」
レテが扉を開く。
中は部隊の待機室だった。
机。
武器棚。
壁に掛けられた装備。
派手さはない。
だが、ここで彼らが日々戦っていることが伝わってくる。
「本当に軍人の部屋って感じだな。」
アルトが感心したように呟く。
その時。
「来たか。」
低い声が響いた。
部屋の奥。
ログが立っていた。
その隣には、フィリアとヒルトもいる。
「ログ。」
レテが呼ぶ。
だが。
ログの視線はアルトから離れなかった。
「本当に連れてきたんだな。」
「はい。」
「アーヴェル隊長の指示か。」
「そうです。」
短いやり取り。
それだけで、ログが納得していないことは分かった。
「……精霊に避けられる奴を、俺たちの部隊に置くのか。」
アルトは少し困ったように笑う。
「まあ……俺も理由は分からないけど。」
「だから問題なんだ。」
ログは淡々と言う。
「自分が何なのか分かっていない。」
「なのに、周囲に影響を与えている。」
アルトは黙って聞く。
「そんな奴を簡単に信用できると思うか?」
「……。」
アルトは少し考えた。
「いや。」
「普通は無理かもな。」
素直な返答。
その反応に、ログの眉がわずかに動く。
「随分、他人事だな。」
「だって本当に分からないから。」
アルトは苦笑する。
「精霊が逃げる理由も。」
「俺自身が何なのかも。」
「……。」
ログはしばらく黙った。
そして。
「お前を育てた奴は、何も教えなかったのか。」
アルトの表情が少し変わる。
「……。」
「自分が普通じゃないことくらい、普通は教えるだろ。」
「それすら知らないなら。」
ログは冷たく言った。
「まともな家族じゃなかったんだろうな。」
空気が止まる。
フィリアが息を呑む。
「ログ……。」
「今の、取り消せ。」
アルトの声は低かった。
いつもの明るさはない。
「俺の家族を馬鹿にするな。」
ログは黙って見返す。
「俺が何者か分からない。」
「精霊が逃げる理由も知らない。」
「でも。」
拳を握る。
「俺を大切に育ててくれた人たちを、何も知らない奴に否定される筋合いはない。」
ログの目が細くなる。
「なら。」
「その覚悟を見せろ。」
拳を構える。
「口だけじゃないならな。」
次の瞬間。
ログの拳が飛んだ。
アルトは反射的に受け止める。
重い衝撃が部屋に響く。
「ログ!」
フィリアが叫ぶ。
だが。
アルトも拳を握った。
「……分かった。」
「そこまで言うなら。」
二人が同時に踏み込む。
拳がぶつかる。
その瞬間。
「はい、そこまで。」
軽い声が響いた。
気付けば。
二人の間に、一人の男が立っていた。
アルトとログ。
二人の拳を、それぞれ片手で止めている。
「……え?」
アルトが目を丸くする。
ログも驚いたように男を見る。
細身。
しかし、弱々しさはない。
しなやかに引き締まった身体。
余計な力を感じさせない、軽やかな立ち姿。
まるで、いつでも飛び出せる獣のようだった。
「危ない危ない。」
男は笑う。
「兵舎の中で殴り合いなんて、壊れるだろ。」
「ガオン……。」
フィリアが安堵したように息を吐く。
「助かった。」
ヒルトも小さく肩の力を抜いた。
だが。
次の瞬間。
ガオンは楽しそうに笑った。
「……でもさ。」
「やるなら、もっと派手にやれよ。」
「……え?」
全員が固まる。
「ここじゃ狭いだろ?」
「どうせなら外で思いっきりやろうぜ。」
フィリアが呆れた顔をする。
「止めたんじゃなかったの?」
「止めたぞ?」
ガオンは笑う。
「部屋の中でやるのをな。」
「場所を変えればいいだけだろ?」
ヒルトが小さく呟く。
「それ……止めたって言うのかな。」
ガオンは気にせず廊下へ向かう。
「おい!」
「面白そうだから見たい奴は来い!」
「久しぶりに楽しめそうだ!」
その声につられるように。
廊下にいた兵士たちが、次々と顔を出し始めた。
軍事局の兵舎は。
いつの間にか、小さな騒ぎになっていた。




