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精霊達の忘れ物  作者: 粉砕のじゅんこ
工場国家ヴォルグ編

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いい術だ

 ガオンの腕に力が込められる。


 太い鎖が軋み、僅かに引き伸ばされた。


 だが、千切れない。


「くっ……!」


 さらに力を込める。


 鉄の悲鳴が牢内へ響いたものの、拘束具は耐えきった。


「おい! もっとだ!」


「これ以上は危険です」


 《活火》は、肉体へ活力を与える精霊術。


 強くかければ、それだけ身体への負担も大きくなる。


 ましてや、ガオンへ使うのは初めてだ。


 どこまで耐えられるのか、ユノには分からない。


「はっ! まだまだ温い!」


 ガオンが不敵に笑う。


 その態度に、ユノの眉が僅かに動いた。


「……知りませんよ」


 ユノは《燈環》を握り直した。


 傍らのキュウが、心配そうに見上げている。


「《活火》!」


 先ほどよりも強い炎が、ガオンの全身を包み込む。


 橙色の火は皮膚を焼くことなく、その身体へ染み込んでいった。


 ガオンの筋肉が張り詰める。


 拘束具から伸びる鎖が、大きく軋んだ。


「はっ! これは……いいぞ……!」


 ガオンの声が弾む。


 だが、次の瞬間。


 彼の身体から、異様な熱が噴き出した。


「……!」


 牢内の空気が揺らぐ。


 石床に残っていた水分が一瞬で蒸発し、白い煙が立ち上った。


 ユノの《活火》だけではない。


 引き出された力に呼応するように、ガオン自身の内側から高熱が溢れ出している。


「これは……まずい」


 熱が波となって押し寄せた。


「キュウ!」


 呼びかけに応じ、小さな狐がユノの肩へ飛びつく。


 前脚で軍服へしがみつき、大きく尾を振った。


「《狐火》!」


 複数の炎が飛び出し、ユノの前で円を描く。


 円環状に連なった狐火が盾となり、押し寄せる熱を受け止めた。


 だが、止めきれない。


 炎の盾が激しく揺らぎ、隙間から熱気が流れ込んでくる。


 肌が焼けるように痛んだ。


「まだ足りない……!」


 ユノは《燈環》を床へ突き立てる。


「《炎幕》!」


 狐火の円を中心に、炎が一気に広がった。


 半球状の幕となり、ユノとキュウを包み込む。


 ガオンから放たれる高熱を受け流しながら、《炎幕》が激しく波打った。


 直後。


 ガオンの姿が、眩い赤に染まる。


 牢内の景色が一瞬、真紅に塗り潰された。


 轟音。


 強烈な熱風が《炎幕》を叩き、ユノは《燈環》へしがみつく。


「ぐっ……!」


 キュウも肩へ必死に爪を立てた。


 鉄が焼ける音。


 何かが崩れ落ちる音。


 それらが立て続けに響く。


 やがて赤い光が収まった。


 辺り一帯は、立ち込める煙に覆われている。


 ユノは《炎幕》を解き、咳き込みながら顔を上げた。


「ガオンさん……?」


 煙の向こうから、ゆっくりと人影が現れる。


 両手を拘束していた鎖は、跡形もなく溶け落ちていた。


 鉄格子もまた、飴細工のように崩れ、赤く溶けた鉄が床へ滴っている。


 熱された石床から、白い煙が立ち上っていた。


 その中心で。


 ガオンは、赤熱した拘束具の残骸を両腕に残したまま立っていた。


 ユノは細い目を、ほんの僅かに見開く。


「……僕、ここまで強くしたつもりはないんですけどねぇ」


 ガオンは自分の両手を見下ろし、満足そうに笑った。


「やはり、いい術だ」


「褒められても、あまり嬉しくないですね」


 足元では、溶けた鉄が今も赤く光っていた。

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