目が覚めたか
◇
足元が崩れた。
「え?」
身体が宙へ放り出される。
伸ばした手は何も掴めず、《燈環》だけが指先から離れていった。
「ログ先輩!」
返事を待つ間もない。
暗い穴の中を、ユノの身体が落ちていく。
崩れた床材と鉄片が、周囲を一緒に落下していた。
「《狐火》!」
小さな炎が灯る。
わずかに照らされた下方には、冷たい石床。
このままではまずい。
ユノが《活火》を使おうとした、その時。
上から落ちてきた瓦礫が肩へぶつかった。
「ぐっ……!」
体勢が崩れる。
次の瞬間、背中へ強い衝撃が走った。
息が詰まる。
視界の中で、橙色の光が大きく揺れた。
「キュウ……」
声になったかも分からない。
ユノの意識は、そのまま暗闇へ沈んだ。
◇
背中が冷たい。
頭の奥が、鈍く脈打っている。
「……う」
ユノは小さく呻いた。
重い瞼を開く。
最初に見えたのは、薄暗い石の天井だった。
身体を起こそうとすると、全身へ痛みが走る。
「いった……」
「目が覚めたか」
低い声がした。
ユノの意識が一気に覚醒する。
痛みを堪えながら上体を起こし、声のした方へ目を向けた。
鉄格子を背に、一人の男が座っている。
細身の身体。
服の上からでも分かる、無駄のないしなやかな筋肉。
両手には、重そうな拘束具が嵌められていた。
それでも、隙があるようには見えない。
「あなたは……」
男はユノの問いには答えず、軍服へ視線を落とした。
「お前、ガイスト軍か?」
「……」
ユノは返事をしなかった。
周囲へ素早く視線を走らせる。
湿った石壁。
鉄格子。
並んだ牢。
少し離れた場所には、《燈環》が転がっている。
キュウの姿も確認できた。
ユノの傍らで、警戒するように男を見つめている。
「先に名乗っていただけます?」
「質問しているのは俺だ」
「知らない人に所属を教えるほど、素直ではないんですよねぇ」
柔らかな口調。
だが、ユノはいつでも《燈環》へ飛びつけるよう、静かに身体へ力を込めていた。
男はその様子を見て、拘束された両手を少し持ち上げる。
「見ての通りだ。今の俺には何もできん」
「拘束されていても危険な人はいますから」
「用心深いな」
「敵地ですので」
二人の間に沈黙が落ちる。
やがて男が、小さく息を吐いた。
「ガオンだ」
「……ガオン?」
「俺の名だ」
その名を聞いた瞬間、ユノの記憶が繋がった。
ルミナスの王族。
技術を学ぶため、ガイストへ留学してきた人物。
そして現在は、ある問題を起こして謹慎中だったはずだ。
「ガオン・レオニス……?」
男の目が、わずかに細くなる。
「俺を知っているのか」
「あなた……謹慎のはずでは……」
ガオンの眉が上がった。
「よく知ってるな、お前」
「まぁ……僕がお願いして同行しているので、あなたの代わりというわけでもないですが」
ユノは警戒を解かないまま、《燈環》へ手を伸ばした。
指先が柄へ触れる。
その動きを見ながら、ガオンが尋ねる。
「お前、ガイストのどこの隊だ?」
「あの……」
ユノは《燈環》を引き寄せ、膝の上へ置いた。
「勝手に話を進めるの、やめてもらえます?」
「何だ」
「僕はまだ、あなたを信用したわけではありません」
ガオンは拘束具を鳴らし、ユノを真っ直ぐに見た。
ユノも細めた目のまま、その視線を受け止める。
「謹慎中の王族が、どうして敵国の牢にいるのか。まずはそこから聞かせてください」




