違う道
《ヴァルキリー》は片膝をついたまま、動かなかった。
レテも《水凪》を突きつけたまま、追撃はしない。
しばらくの沈黙の後、操縦席からエリナの声が漏れた。
「……なぜですか」
「何がですか?」
「なぜ、その精霊はあなたに従うのです」
レテの隣で、ディーネが静かに尾を振る。
「従っているわけではありません」
「ですが、あなたのために戦った」
「私もディーネのために戦っています」
「同じことでしょう」
「違います」
レテはきっぱりと言った。
「私が命令して、ディーネがそれに従っているわけではありません。私が気づけなかったことをディーネが教えてくれて、ディーネにできないことを私が補うんです」
「精霊と、人間が……」
「一緒に戦っているだけです」
エリナは言葉を失った。
目の前で見せつけられた連携を、否定することができない。
拘束もされていない。
力を無理やり引き出されてもいない。
それでも精霊は、自らレテを助けていた。
「そんなことが……可能なのですか」
「できています」
「あなたたちだからでしょう」
エリナの声が強くなる。
「ヴォルグには、あなたたちのように精霊と契約できる者ばかりではありません。精霊の力を使わなければ、工場は止まり、軍は弱まり、民の暮らしは崩れる」
「だから、捨てるんですか?」
「……」
「ここへ来るまで、何度も見ました」
レテの声が低くなる。
「まだ消えていないのに、壊れたランタンと一緒に捨てられていた子たちを」
エリナは目を伏せた。
「私は……あの施設の管理には関わっていません」
「それで、知らなかったことになりますか?」
「ならば、どうしろと言うのです!」
エリナが顔を上げる。
「今すぐ全てを捨てろと? 精霊を解放して、国が滅びるのを黙って見ていろと?」
「そんなことは言っていません」
「では、何を!」
「探してください」
レテは静かに答えた。
「奪う以外の方法を」
エリナの表情が止まる。
「精霊は道具ではありません。話を聞くことも、信じてもらうこともできます」
「精霊が……ヴォルグを信じると?」
「今のままでは、難しいと思います」
レテの言葉に、エリナは唇を噛んだ。
「でも、変わろうとすることはできます」
「簡単に言わないでください」
「簡単ではありません」
レテは《水凪》を下ろした。
「私だって、ディーネのことを全部分かっているわけではありません。今でも間違えることがあります」
ディーネがレテの頬へ寄り添う。
「それでも、分かろうとすることはやめません」
エリナは、その様子を黙って見つめていた。
「……もし」
やがて、小さく口を開く。
「もし本当に、奪わずに力を借りる道があるのなら……」
その先を、エリナは言えなかった。
レテも答えを急かさない。
ただ、《水凪》を鞘へ収めた。
「あなたがその道を探すなら、今日見たものを忘れないでください」
「私を見逃すのですか?」
「もう、戦うつもりはないでしょう?」
エリナは拳を握る。
それでも、《ヴァルキリー》を立ち上がらせることはなかった。
「……エリナ・ステイツ中尉」
レテは背を向ける。
「次に会う時は、違う道を選んでいることを願っています」
エリナは何も答えなかった。
ただ、レテとディーネが並んで去っていく姿を、いつまでも見つめていた。




