兎と亀②
「――ッ」
速い。
《天翔け》とは比べものにならない。
気配を捉えた時には、すでに目の前だった。
「《散風刃》」
無数の風刃が至近距離で炸裂する。
アーヴェルは咄嗟に《不落》を構えた。
だが、防ぎ切れない。
ズバババッ――!
肩。
腕。
脇腹。
全身へ浅い切り傷が次々と刻まれる。
鮮血が宙を舞った。
カイルはそのまま後方へ跳び、鼻で笑う。
「とろいんだよ。鈍亀。」
アーヴェルは腕を伝う血を一瞥すると、小さく口角を上げた。
「……軽いぞ。ピョン吉。」
《不落》を地へ突き立てる。
「《鉄針豪雨》」
轟音。
地面一帯が盛り上がり、無数の鉄針が豪雨のように空へ撃ち放たれる。
演習場一面を埋め尽くす鉄の雨。
逃げ場はない。
しかし。
カイルは笑っていた。
「甘い。」
風が唸る。
《韋駄天翔け》で鉄針の隙間を縫うように駆け抜ける。
一歩。
二歩。
三歩。
豪雨のような鉄針を紙一重で躱し続ける。
まるで降り注ぐ雨の中を散歩しているかのような身のこなし。
アーヴェルは静かに《不落》を構えた。
「《鋼乱刃》」
《不落》を薙ぐ。
無数の鋼の刃がカイルへと襲い掛かった。
しかし。
カイルは風のように駆ける。
一枚。
二枚。
三枚。
鋼の刃を紙一重で躱し続ける。
その動きに一切の無駄はない。
「そんなもの、当たるか。」
言葉と同時に風が弾けた。
「《韋駄天翔け》」
姿が掻き消える。
次の瞬間にはアーヴェルの眼前。
《裂兎》が唸りを上げる。
アーヴェルは静かに呟いた。
「《不退》」
キィィィィンッ!!
これまでとは比べものにならないほど甲高い衝撃音が演習場に響く。
《裂兎》は鉄壁を貫けない。
衝撃はそのままカイル自身へ返り、身体が大きく弾き飛ばされた。
着地したカイルは《裂兎》を構え直し、小さく笑う。
「……硬いな。」
鋭い視線がアーヴェルを射抜く。
その時だった。
キン。
キィン。
キンッ。
演習場のあちこちから、甲高い金属音が鳴り響く。
カイルの眉が動く。
「……ッ!」
視線を巡らせる。
先ほど地面へ降り注いだ無数の鉄針。
そこへ《鋼乱刃》がぶつかり、四方八方へ跳ね返っていた。
鉄針が壁となり、鋼の刃が檻の中を跳ね回る。
「……クソッ!」
カイルは咄嗟に身を翻す。
だが、全ては避けきれない。
頬を掠める一閃。
肩を裂く一刃。
さらに背中へ鋼の刃が食い込み、鮮血が飛び散った。




