分断
ランタンの中で、淡い光が弱々しく揺れていた。
「……すぐに出します」
レテが一歩近づく。
その瞬間、ディーネが大きなヒレを広げ、彼女の前へ回り込んだ。
「ディーネ?」
触れるな。
そう制止されているように感じた。
レテは足を止め、ランタンの中の光へ意識を向ける。
恐怖。
苦痛。
そして――強い拒絶。
「……壊さないで」
レテの口から、自然と言葉が漏れた。
三人の視線が、一斉に彼女へ向く。
「今、何と?」
アーヴェルが尋ねる。
「この精霊たちが、壊さないでって……」
「精霊が話したのか?」
ログが訝しげに眉を寄せた。
「いえ、声が聞こえたわけではありません。ただ、そう言っているように感じて……」
「感じた、ですか」
ユノの細い目が、僅かに開く。
「感情を読み取るというより、随分とはっきりしていますねぇ」
「はい。私も、少し変だと思います」
契約精霊であるディーネの気持ちなら、仕草や長い付き合いから分かる。
だが、目の前にいるのは契約を交わしていない精霊だ。
それなのに、その意思が言葉のように頭へ流れ込んできた。
「オーズィラに、そんな力があったのか?」
アーヴェルも警戒を滲ませる。
「分かりません。今までは、こんなこと……」
レテは言葉を止めた。
淡い光から、新たな感情が伝わってくる。
焦り。
怯え。
自分たちへ向けられた、強い警告。
「ここから離れて」
「また分かったのか?」
ログの表情から軽さが消える。
「はい。この精霊たちは、私たちを逃がそうとしています」
「壊せば、何かが起きるということでしょうか」
「それだけではありません」
レテは部屋の中を見回した。
「最初から、ここへ近づいてほしくなかったみたいです」
ユノがランタンの並びへ目を向ける。
「つまり、これは――」
「罠だ」
アーヴェルが低く告げた。
「全員、扉へ戻れ」
その直後。
ガシャンッ!
背後の扉が勢いよく閉まった。
「遅かったか!」
ログが駆け寄るが、扉はびくともしない。
さらに床の一部が沈み、倉庫の中央から分厚い鉄壁がせり上がった。
「隊長!」
「スミスマン!」
轟音と共に、四人の間が遮られる。
レテとアーヴェル。
ログとユノ。
二組に分断された。
「そちらは無事か!」
アーヴェルが鉄壁へ声を張る。
「俺と糸目は無事です!」
「今は名前で呼んでくださいよ!」
「元気そうだな」
アーヴェルは短く息を吐く。
次の瞬間、天井へ埋め込まれていた赤い灯りが一斉に点いた。
『侵入者を確認』
『隔離完了』
『捕獲行動へ移行します』
倉庫の奥で、複数の赤い眼が灯る。
フェルギアたちがゆっくりと立ち上がり、四人のいる方向へ歩き始めた。
「捕獲?」
レテが湾曲刀へ手を伸ばす。
「戦うな、オーズィラ」
アーヴェルが制した。
「ですが――」
「この部屋そのものが罠だ。ここで戦えば、さらに何を作動させるか分からん」
アーヴェルは鉄壁とフェルギアの位置を素早く確認する。
「目的は敵の撃破ではない。脱出して合流する」
「分かりました」
鉄壁の向こうから、ログの声が響く。
「隊長、こっちはどうします!」
「別の出口を探せ! 戦闘は避けろ!」
「了解です!」
「フェルメル、スミスマンを頼む」
「むしろ僕が頼まれる側なんですかねぇ!」
「おい、どういう意味だ!」
二人の声が遠ざかっていく。
すでに移動を始めたらしい。
「我々も行くぞ」
アーヴェルが倉庫の奥へ視線を向ける。
正面の扉は閉ざされている。
だが、壁際には荷物を運び出すための細い搬送路があった。
フェルギアの一体が腕を伸ばす。
指先から鉄線が射出され、レテの足元へ突き刺さった。
「捕まえようとしている……」
「だからこそ、捕まるわけにはいかん」
アーヴェルが大剣の腹で鉄線を弾く。
倒すためではない。
追手の動きを一瞬だけ止めるための一撃。
「オーズィラ、走れ!」
「はい!」
レテはディーネと共に搬送路へ駆け込んだ。
その後を、アーヴェルと玄甲が追う。
背後から機械の足音が迫る中、レテは一度だけランタンを振り返った。
淡い光が激しく揺れている。
早く。
逃げて。
その意思が、またはっきりと伝わってきた。
「……どうして、私に」
疑問への答えはない。
今はただ、逃げるしかなかった。




