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神様、その聖号は返品できますか?~貧乏くじ王女、嫁いだ先は竜が住まう国でした~  作者: みつまめ つぼみ
第2章 星の乙女

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第9話 戸惑う心

 フリードリヒ殿下が私を抱えたまま、兵士に命令を告げる。


「竜騎士隊から二名、急いで呼んでこい!」


 殿下の胸に額をくっつけていると、そのバリトンボイスが私の頭を直接揺らす。なんだかくらくらと眩暈(めまい)を覚えて、変な気分だ。


「はっ!」


 返事をした兵士が慌てて走り去っていく気配がする。そのまま私は室内に運び込まれ――部屋の中の侍女たちが、ひそかに息をのむ気配がした。……やっぱり、これは噂になるんじゃないの?! フリードリヒ殿下が私を優しくソファに下ろしてくれたけれど、私は顔を手で覆ってうつむいたまま、動けなくなっていた。殿下の声が耳のそばから聞こえてくる。


「……大丈夫か」


「――はい! 大丈夫です!」


 思わず答えた私の声が上ずった。なんだか余計に照れくさくて、侍女たちの視線に耐えられなくて、そのまま顔を伏せていた。でも殿下は私の婚約者なんだしっ! 噂が流れるくらい、殿下は気にしないと思うしっ! 殿下も気にしてないだろうし! なんでこんなことを私は気にしてるのかなぁっ?! 私がもやもやと考えこんでいると、フリードリヒ殿下が私に告げる。


「すまなかった。そこまで恥ずかしい思いをするとは思わなかった」


「いえ、その、私もこんなに恥ずかしいとは思いませんでした。男性に抱えられるなんて、初めてでしたし……」


 それっきり黙りこんだフリードリヒ殿下が気になって、そっと顔を上げて殿下を盗み見る。殿下は私の隣に腰を下ろして前を向いたまま、不安そうに眉をひそめていた。さっきまであんなに近かった顔が、今はもう遠い。それがなんだか寂しく感じられて、私は殿下の顔を見上げていた。


「……どうした、何を見ている」


「えっ?! いえ、その、なんでもありません!」


 なんで見てるってわかったんだろう?! 侍女が給仕してくれた紅茶を手に取り、カップに視線を落とす。落ち着こう。異常事態で気が動転してるだけだ。いつもの自分、いつもの自分にもどらないと――。深呼吸をして紅茶を一口飲んだ私は、改めてフリードリヒ殿下の顔を見つめた。


「フリードリヒ殿下、『聖竜』とはなんなのですか?」


「この大陸に四頭いると言われている、巨大な古代竜だ。そのうちの一頭がセクレトス王国内に棲んでいる」


 古代竜……じゃあその竜に会えば、次に私が何をするのかがわかるのか。


「殿下は、その竜を見たことがおありですか?」


「ある。かなり巨大だ。王宮より背が高いかもしれん。遠目に見ただけだがな」


 竜は人の言葉を理解できるんだっけ。質問すれば答えてもらえるのかな。そうすれば、今の私がどうするべきか、道を示してくれるかもしれない。


「その竜に会えますか?」


 フリードリヒ殿下がようやく私に視線を移し、瞳を覗き込んできた。


「……会えるが、会いたいのか」


「神様の言うとおりになるのは(しゃく)ですが、今は手掛かりがそれしかないと思うんです。婚姻同盟を維持するためにも、話を聞いてみる価値はあるんじゃないかと思います」


 殿下は私を見つめて何か考え込んでいるようだった。そこに入り口から男性の声が響く。


「フリードリヒ殿下、お呼びですか!」


 殿下がソファから立ち上がり、その顔がさらに遠ざかった気がした。なんだか心細くなった私の手が、思わずフリードリヒ殿下のシャツをつかむ。驚いた様子の殿下がこちらに振り返り、私は気まずい視線にさらされていた。――いや、なんでつかんでるの、私は!


 慌てて殿下のシャツから手を放し、うつむいて殿下に告げる。


「し、失礼しました!」


 殿下は私に何も答えず、入り口の男性たちに告げる。


「ロルフ、オットー、おまえたちはこの部屋の警護に当たれ。俺の許可なく、夜天教会の人間を通すな。俺は父上たちの元に行ってくる。(あと)は頼んだぞ」


 殿下の足音が私から離れていく。その気配が部屋から消えてから、私は部屋の入り口に目を向けた。見知らぬ男性騎士が二名、部屋の入り口を守るように立っている。――殿下、行っちゃったのか。ため息をついた私に、カリンが語り掛けてくる。


「姫様……どうなさったのですか? らしくありませんよ?」


「私らしくない、か。そう、だよね。なんかちょっと調子がおかしくて。ショックなことがあって、動揺してるのかも……」


 それから私は、侍女のカリンに洗礼の儀で起こったことを語り始めた。





****


 セクレトス国王は会議室で、ツェルネ司祭長たち夜天教会の幹部と意見を交換していた。国王のそばには王妃とシュテファン王子が座っている。


「――王家としては、彼女を王家に迎え入れたい。彼女の実家を守るためにも、これは必須で、譲りがたい」


 ツェルネ司祭長が困り顔で額を()いていた。


「こちらも申し上げた通り、星の乙女(ラネティア)の管理は夜天教会で行いたい。我が教会はそのように運営されてきました。星の乙女(ラネティア)の婚姻も、認められた前例はありません」


 シュテファン王子が微笑みながら告げる。


「先ほどから堂々巡りになっていますよ。それでは話が進みません。前例がないのであれば、前例を作ればいい。あなたがたの教義に、『星の乙女(ラネティア)は純潔でなければならない』とあるのですか?」


 ツェルネ司祭長が困惑したように眉をひそめた。


「そのような教義はありません。ですが神に仕える聖女が婚姻するなど、今まで聞いたこともない。これは、私の一存では決められませんな。夜天教会本部へ申し送りをして判断を仰ぎませんと」


 国王が(うなず)いて答える。


「では、答えが出るまでリディアの身分は我が王家預かりとする。アルティナウス第二王女でフリードリヒの婚約者――ここまでなら異存はないな?」


 ツェルネ司祭長がゆっくりと(うなず)いた。


「婚姻を控えていただけるなら、応じられる範囲だと思います。本部にもそう伝えておきましょう」


 王妃が不安げにツェルネ司祭長に尋ねる。


「それで、答えが出るまでどのくらいかかるのかしら」


「急いで(しら)せを走らせれば、一カ月以内に最初の返事は届くと思います。ですが本部でも意見が割れれば、何日かかるかは読めませんな」


 その場の全員がため息をついた頃、会議室のドアがノックされ、フリードリヒ王子が入室した。


「父上、お話があります」


 国王がフリードリヒ王子に振り返り尋ねる。


「なんだ、なにかあったのか」


「リディアが『聖竜』の名を口にしました。星竜神から『聖竜に会え』と伝えられたと。私はこれから、彼女を連れて聖竜に会いに行こうと思います」


 シュテファン王子がニヤリと笑みを浮かべて告げる。


「もう日が落ちる。今から出かけるのはやめておきなさい。それに今夜は彼女を歓迎する夜会もある。出発は明日以降がいいんじゃないかな」


 フリードリヒ王子が、不機嫌そうに眉をひそめた。


「夜会など必要でしょうか」


 王妃が苦笑を浮かべながら答える。


「あなたとリディアの婚約を祝い、周囲に知らしめるためのものよ? それともあなた、彼女が他の誰かに奪われても構わないの?」


「そうは言っておりませんが」


 国王が楽しげにフリードリヒ王子に告げる。


「ではおまえも参加しなさい。きちんとリディアをエスコートしてやるといい。昼間の騒ぎで、もう王宮内では噂になっている。正式に婚約者だと宣告する必要があるだろう」


 フリードリヒ王子はしばらく目を伏せたあと、「わかりました」とだけ言い残し、会議室から立ち去った。その背中を見送った国王が、椅子に背中を預けて息をつく。


「あいつが夜会の参加に応じるとはな。これはいよいよ、リディアを手放すことが難しくなった」


 ツェルネ司祭長が立ち上がり、国王に告げる。


「事情は把握いたしました。では急ぎ本部へ連絡の使者を出します。リディア様にご挨拶に伺っても大丈夫ですかな?」


 シュテファン王子が笑みをこぼしながら答える。


「それはやめておいた方がいい。あの様子では、リディアの周囲に騎士を配置して守ってそうだ。面会に行っても会わせてはもらえないだろう」


 ツェルネ司祭長も笑みをこぼして(うなず)いた。


「そういうことであれば、リディア様にはよろしくお伝えください。我々もなるべく彼女の意に沿えるよう、尽力いたしますと」


 国王たちが(うなず)くと、ツェルネ司祭長たちも会議室を(あと)にした。国王が立ち上がって告げる。


「我々も夜会の準備を始めるとしよう。災難続きだが、リディアをできる限り歓迎してやらねばな」


 (うなず)く王妃とシュテファン王子も立ち上がり、会議室から人がいなくなった。


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