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神様、その聖号は返品できますか?~貧乏くじ王女、嫁いだ先は竜が住まう国でした~  作者: みつまめ つぼみ
第2章 星の乙女

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第8話 返品棄却

 燭台の明かりだけが照らす大聖堂の中、来客たちのざわめきは収まることがなかった。ツェルネ司祭長たちは私にひざまずき、私はどうしたらいいのか途方に暮れていた。午前中、ツェルネ司祭長は『聖女の責任は重大』と言っていた。『身柄は夜天教会預かりになる』とも言っていたっけ。ん? 教会預かり? 私はあわててツェルネ司祭長の両肩に手を置いて揺さぶった。


「ツェルネ司祭長! それじゃあ私の婚姻はどうなるんですか?!」


 顔を上げたツェルネ司祭長が、私の顔を見つめて答える。


「『星の乙女(ラネティア)』に婚姻は認められません。これは夜天教会に伝わる習わしです。リディア様の身柄は我々夜天教会が管理することになり、今後は各地へ巡礼の旅に向かっていただくことになります」


 ――それは困る?! それじゃあ、婚姻同盟が不成立になっちゃう!


 私は拳を固く握りしめてツェルネ司祭長に告げる。


「そのラネティアという名前、返品します! もう一度洗礼をやり直してください! 別の名前を私に付けてください!」


 私の脳裏に、また神様の声が聞こえてくる。


『いや~だから無理なんだってば~。ひとまず君は“聖竜”のところに行って、次にすることを聞いておいて~』


「――ですから、お断りします! 神様かなんだか知りませんが、これ以上私の人生を滅茶苦茶にしないでください!」


『ごめんね~。頑張って~』


 だんだんと薄れていく声に、私はもう一度声を張り上げる。


「返品させてください!」


『無理だよ~』


 脳裏の声が途切れ、大聖堂にはうろたえた顔のツェルネ司祭長と興奮する私、そして動揺する来客たちだけが残された。貧乏くじばかりの人生だったけど、最後は『神様に奉仕する人生を歩め』? それはいくらなんでも、あんまりじゃない? 気が付くと、私の目からは涙がこぼれていた。ドレスの袖で乱暴に涙を(ぬぐ)い、ツェルネ司祭長に尋ねる。


「洗礼の儀を、もう一度やっていただけませんか」


 困惑するツェルネ司祭長が、首をゆっくりと横に振った。


「一度授かった名前は、もう変化することはありません。あなたは確かに『星の乙女(ラネティア)』です。それを(くつがえ)すことは、おそらく星竜神様でもできますまい」


「そんな……」


 足元が崩れるような錯覚を覚えた。まるで地面がなくなったかのような……? 本当に体が浮いてる?! 気が付くと、私はフリードリヒ殿下に抱き上げられていた。驚く私をよそに、フリードリヒ殿下がツェルネ司祭長に告げる。


「リディアは俺の妻となる女性だ。夜天教会には渡さん」


 そう言うと、殿下は私を抱えたまま大聖堂から出ていってしまった。





****


 大聖堂に残されたツェルネ司祭長に、セクレトス国王が近づいていった。


「司祭長、これはどうするべきか答えよ」


 立ち上がったツェルネ司祭長が、小さく息をついて(うなず)いた。


「夜天教会の教義に従えば、リディア様には我々の管理下に入っていただきたい。しかし、リディア様はそれを嫌がっておいでだ。国王陛下、あなたはどうするべきだと考えますか」


 国王はフリードリヒ王子が去っていった大聖堂入り口をみやって答える。


「フリードリヒがあのような行動に出るほどの女性、我が王家としても手放すことはできない。アルティナウスとの婚姻同盟の件もある。今は身柄を我が王家に預けてはもらえないか。どうするのが最善か、話し合うべきだと思う」


「……そうですな。百四十八年ぶりの『星の乙女(ラネティア)』、彼女には星竜神様への真摯な祈りを捧げてもらわねばなりません。心が納得しないままでは、それは叶いますまい。なんとか彼女に納得していただける道を、我々で探しましょう」


「頼む。では後程、会合を開く――皆の者、洗礼の儀は終わりだ! 以後は各自の仕事に戻れ!」


 国王が号令を発すると、困惑する貴族たちが(うなず)き、大聖堂から続々と退出していく。人の流れをみやりながら、国王がぼんやりと考え込んでいると、そのそばにシュテファン王子が笑顔で近づいていった。


「父上、お聞きになりましたか? あのフリードリヒが見事な啖呵を切りましたよ」


「……シュテファンか。ああ、聞いていたとも。あのフリードリヒが、ああも執着する女性が現れるとはな。だが我が国も夜天教会と敵対する真似はできん。いったいどうしたらいいのか」


 シュテファン王子はにこやかに答える。


「きっと大丈夫でしょう。リディアはこんなことでしおれてしまう女性ではありません。必ず道は開けます。私たちは、その背中を押す方法を探りましょう」


「そう、だな……うむ、そう信じよう」


 (うなず)き合った国王とシュテファン王子も、司祭長らと共に大聖堂を(あと)にした。





****


 私はフリードリヒ殿下に抱きかかえられながら、部屋に向かって廊下を進んでいた。懐からハンカチを取り出して涙を(ぬぐ)う私に、殿下が声をかけてくる。


「大丈夫か」


 私は笑顔を作って(うなず)いた。


「ええ、大丈夫ですわ。でも、ありがとうございます。殿下にああ言って大聖堂から連れ出していただけて助かりました。あのままでは、夜天教会に身柄を預けることになっていたでしょう。フリードリヒ殿下には不本意な言葉を口にさせてしまって、本当に申し訳ありません」


 フリードリヒ殿下がわずかに眉をひそめた。ん? 何か間違ったかな?


「……いや、問題ない。あとのことは俺や父上が何とかする。おまえは要らん心配などするな」


 ん~、なんかごまかされた気がする。でも、『白い結婚』を言い出したのはフリードリヒ殿下だし。なのに公衆の面前であんな啖呵を切ってしまったら、子供を作らずに過ごすのは不自然だ。これからは夫婦生活を営むふりをするだけでも大変だろうし。どうやってごまかすつもりなんだろう? ――あ、そういえば!


「殿下、『聖竜』という言葉に心当たりはありませんか? 神様が『あとは聖竜に聞け』と言っていたんですが」


 フリードリヒ殿下が私の顔をまじまじと見つめてきた……いや、距離が近い。こうしてみると整ってるんだよなー。切れ長の目にシュッと筋の通った鼻。精悍な顔つきで、これだけ近いとちょっと戸惑ってしまう。


「聖竜か。教えていない言葉を知っているということは、星竜神と会話した、ということでいいのか」


 私は小さく(うなず)いた。


「頭の中に声が聞こえました。なんだか軽薄な声で『ごめんね~』とか言ってましたけど。謝るくらいなら、最初から授けなければいいのに!」


 まったく、神様ってのは無責任なのかなぁ?! ……ふと気が付くと、私は廊下にいる従者や兵士たちの視線を集めていた――あ。私、フリードリヒ殿下に抱え上げられっぱなし?! これは恥ずか死ぬ?!


「フリードリヒ殿下?! もう一人で歩けます! ですから、降ろしてください!」


 だけど、殿下の足は歩みを止めてくれなかった。黙って私を抱え上げたまま、ずんずんと廊下を突き進んでいく。通り過ぎる兵士たちの目が、信じられないものでも見たかのように見開かれていた。……ここまで、ずっと見られてたんだろうか。恥ずかしくなって、思わず両手で顔を隠していた。


「……辱めるつもりはなかった。だが夜天教会の人間が接触するのを許すわけにはいかん。部屋まで我慢しろ」


 そうは(おっしゃ)いますがねぇ?! これじゃあ『フリードリヒ殿下が私に入れ込んでる』みたいに噂されるんじゃないの?!


 私はフリードリヒ殿下の広い胸に顔を隠しながら、必死に視線から逃れ続けていた。


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