第7話 洗礼の儀
少し遅れた晩餐――というのは、セクレトス王家に失礼かもしれない。急に帰ってきた私たちを迎える料理は、国力の割に質素なものに感じた。アルティナウスと大差ないんじゃないかな。無駄にお金を使う王家じゃないってことかなぁ。私はシルクのドレスに着替え、フリードリヒ殿下の横に座らされていた。テーブルを囲むのは国王陛下と王妃陛下、そして銀髪で長身の青年……彼がお兄さんかな? 国王陛下が笑顔で杯を掲げた。
「フリードリヒの嫁に、乾杯!」
私を含めたみんなが杯を掲げ――いや、今回も一名だけ掲げてない奴がいるぞ? フリードリヒ殿下……そんなに祝いたくないのかなぁ。国王陛下が眉をひそめてフリードリヒ殿下を睨みつけた。
「フリードリヒ、せめて祝うふりだけでもせんか」
「祝うことでもないと思いましたので」
ん~ナチュラル失礼は変わらずか。まぁフリードリヒ殿下だしなぁ。本気で『自分との結婚なんて祝い事じゃない』と思ってそうだ。私は苦笑を浮かべてフリードリヒ殿下に告げる。
「殿下、今夜ぐらいは一緒に乾杯してくださいませんか? それとも、今さら私をこの場から叩き出したいと仰いますか?」
私の顔を見たフリードリヒ殿下が、ため息をついて杯を手に持ち掲げた――おし、だんだんわかってきたぞ? 王妃陛下がクスクスと笑みをこぼしながら告げる。
「あらあら、リディアさんったらもうフリードリヒの操縦法を身に付けたのかしら。たくましいお嬢さんね」
「いえそんな……操縦法だなんて恐れ多い。ただ、フリードリヒ殿下が考えてらっしゃることが、なんとなくわかってきただけですわ」
フリードリヒ殿下が不機嫌そうに私を横目で見た。
「……では、今俺が何を考えているか、当ててみろ」
私は顎に指を置いてフリードリヒ殿下の瞳を覗き込んだ。
「ん~、そうですわね。『こんな茶番は早く終わらせて部屋に帰りたい』と目が仰ってますわ」
フリードリヒ殿下はわずかに目を見開いたあと、掲げた杯を一気に呷ってから料理に手を付け始めた。私たちの正面に座る銀髪の青年が、楽しげに私に告げる。
「フリードリヒが負けるのを見るのは、初めてかもしれないね。――ああ、遅れたけれど私はシュテファン、フリードリヒの兄だ。君の義兄になる。今後とも弟をよろしく頼むよ」
私もニコリと微笑んで答える。
「こちらこそ、末永くよろしくお願いいたしますわ。シュテファン殿下は、フリードリヒ殿下よりも話しやすい方に見えます。フリードリヒ殿下のことで困ったことがあれば、相談させてください」
ムスッとした様子のフリードリヒ殿下が、肉を口に放り込みながら告げる。
「……兄上の方が良ければ、今からでも鞍替えしたらどうだ」
おや? ふてくされてる? 可愛いところもあるんだなぁ。お兄さんにコンプレックスでもあるのかな? 私はクスクスと笑いながらフリードリヒ殿下に答える。
「私はフリードリヒ殿下の妻になるためにここにいます。それは変わりませんわ。ご心配なさらないで」
笑っている私を見た国王陛下が、興味深そうに目を細めて私を見ていた。
「……リディア、君はフリードリヒに不満はないのか」
「不満ですか? とってもたくさんありますわ。ですがそれが何か?」
「不満があるのに、婚姻に頷いたと、国のために身を捧げるというのか」
私は小首を傾げ、言葉を選んでいく。
「国家のため、というのも嘘ではございません。ですがフリードリヒ殿下も、悪い方でないのはわかりましたから。夫とするに不足は……あ、もう少し感情を表に出していただけると、読み取る手間が省けますわね?」
私がフリードリヒ殿下の顔を覗き込むと、殿下は私から顔を背けるようにしておかわりのワインを口にしていた。……案外、わかりやすい人だな?
王妃陛下が楽しそうにワインを口に運んでいく。
「まさか、フリードリヒに理解者が現れるだなんて……夢のようね」
国王陛下が頷いて息を吐いた。
「まったくだ。こうなったら洗礼の儀を明日行うとしよう。挙式は一カ月後になるが、その前に聖名だけ授け、我が国の国民として受け入れよう。そうなったら王家の一員となるよう、迅速に手続きを済ませる」
シュテファン殿下がテーブルに肘をつき、微笑みながらワインを掲げて告げる。
「父上、それは性急に過ぎますよ。せっかく捕まえられそうなお嬢さんが逃げてしまいます」
「逃げられる前にしっかりと籠に入れんとな。もうリディアは我がセクレトス王家の人間だ。この好機を逸してなるものか」
すっかりお酒が回った国王陛下は、どうやら口が軽くなってるみたいだ。そっかー、籠の鳥か。そういう扱いね。まぁいいけど。貧乏くじは今に始まったことじゃないし。
笑いで包まれる食卓で、フリードリヒ殿下だけが不機嫌そうに料理を平らげていた。
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食事が終わり、フリードリヒ殿下と一緒に廊下を歩いていく。殿下がつまらなそうに私に告げる。
「……すまなかったな、父上が醜態をさらして」
「醜態? なんのことですか? 婚期を逃しそうな息子に機会が巡ってきた。それを祝ってらしただけですわよ?」
「……本気でそう思ってるのか」
私はクスクスと笑みをこぼしながら答える。
「王子妃ともなれば、公務がありますでしょう? そうなれば私が活躍する目もあるかもしれません。それまで飼い殺しになろうと、そこは耐えてみせますわ」
フリードリヒ殿下が小さく息をついて答える。
「兄上は体調を崩しやすい。それを支えるとなると、それなりの量をこなさねばならん。来国して間もないおまえが仕事を覚えるには、少しきついはずだ」
「あら、そこはフリードリヒ殿下が支えてくださるのではないの? 違ったかしら?」
「……俺にできることなど、大してない」
「では、お手並み拝見といきますわね?」
私は仏頂面のフリードリヒ殿下と、語り合いながら自分たちの部屋へ戻って行った。
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翌日、ゆっくりとした朝を迎えて朝食を部屋で取る。どうやらセクレトス王家の朝食は、個別に取るみたいだ。しばらくすると私の部屋に、法衣を着た恰幅のいい男性が現れた。んー、見たことのない法衣だなぁ。この人が夜天教会の人かな? 男性が白い髭をしごきながら、にこやかに私に告げる。
「お初にお目にかかります、リディア殿下。私はルッツ・エルビノ・ツェルネと申します。この王都で夜天教会の司祭長を務めております。午後から殿下の洗礼の儀を、私が取り仕切って行わせていただきます。一足先に、ご挨拶に伺いました」
私はソファから立ち上がり、会釈をしながら微笑んで答える。
「リディア・フォン・アルティナウスですわ。国王陛下ったら、本当に今日のうちに洗礼を終えてしまうおつもりですのね。こんなことはよくおありでして?」
ツェルネ司祭長が楽しげな笑い声を部屋に響かせた。
「まさかまさか。通常は一週間以上、前もって準備をいたします。今回は王家の儀式ということで、場所と人材の手配ができました。いやはや、国王陛下の無茶ぶりにも困ったものです」
あー、やっぱり無理難題だったのか。うーん、私はそこまで逃がしたくない人間に見えたのかなぁ?
「ツェルネ司祭長、洗礼とはどういうものなのですか?」
「なーに、簡単なものですよ。祭壇で祈りを捧げていただき、私が洗礼の魔法を使います。それで聖名を授かり、あなたはこの国の国民として認められる。それで終わりです」
「……もし、うっかり聖女の名前を授かったりしたら、どうなるのかしら」
ツェルネ司祭長は一瞬目を見開いたあと、とても楽しそうにおなかを抱えていた。
「もし仮にそうなったとしたら、ですか。殿下は聖女として夜天教会預かりになるでしょう。その後は国王陛下と話し合いになり……などと、ありえない話をしても仕方ありません。ですが聖女の責任は重大です。その場合には私が誠心誠意、バックアップさせていただきます」
そっかー、一応この人は味方、ということで良さそうだな。悪い人ではない。少なくとも、今は。私はにこやかに微笑んで答える。
「ありがとうございます。では、午後の洗礼ではよろしくお願いいたしますわね」
「ええ、お任せください」
握手を交わしたツェルネ司祭長が、部屋を辞去していった。私はソファに座り込み、小さく息をつく。今日からセクレトスの人間かぁ。その後はすぐに王家に入って、王子妃扱い。仕事を覚えるのは大変そうだけど、半年ぐらいはフリードリヒ殿下の足を引っ張っちゃうかもなぁ。なるべく早く仕事を覚えないと!
時計を見ると、お昼が近づいていた。私はカリンに告げて軽食を用意してもらい、時間が来るのを待った。
――そして私は洗礼の儀を行い、特大の貧乏くじを引かされることになる。
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