第6話 父心
セクレトス王国の王宮、その一室で国王は政務に打ち込んでいた。そこに長い銀髪の青年が扉をノックして入室してくる。
「父上、よろしいでしょうか」
国王が顔を上げて青年の顔を認めた。
「――シュテファンか。何の用だ」
銀髪の青年――シュテファンがニコリと微笑んで答える。
「グルセウス王国への使者を送り出しました。あれでよかったのですか?」
国王が鼻を鳴らしながら書類に目を落とす。
「構わん。一年限りの講和条約、相手が飲める条件を提示した。こちらから攻め込む理由もない。無駄に国力を消耗する意味もなかろう」
シュテファンが肩をすくめて答える。
「そこまでしてフリードリヒの婚姻を推し進めたいのですか?」
「三度も縁談を破談され、四度目もとなれば王家の面目が丸つぶれだ。あいつにとっても、これ以上の破談は良いことなどない――アルティナウスの第二王女か。どんな少女か知らんが、まともな人間であればよいがな」
ため息をつくセクレトス国王を見て、シュテファンが苦笑を浮かべた。アルティナウス第一王女の放蕩ぶりは噂に聞こえている。妹の第二王女がそうでない保証は、どこにもないのだから。シュテファンが辞去して退室しようとした執務室に、兵士が駆け込んできて敬礼をした。
「失礼いたします! 南方に騎影あり! おそらく、フリードリヒ殿下の飛竜だと思われます!」
国王が片眉を跳ね上げて兵士をねめつけた。
「フリードリヒが? アルティナウスへ向かったばかりだろう。王女を連れて戻ってくるには早すぎる」
シュテファンも顎に手を当てて考え込んでいた。南部の情勢が急変したとは考えにくい。となると――王女との縁談が破談したか、だ。国王も同じ結論に達したのか、大きなため息をついていた。
「……フリードリヒには至急、顔を見せるように伝えよ。何をしでかしたのか、きちんと説明させる」
勢いよく返事をした兵士が、部屋を辞去していく。それを見送ったシュテファンの背中に、国王が声をかける。
「シュテファン、おまえもだぞ。あまり長く婚約者を待たせるな」
「……はい、わかっております。父上」
シュテファンも国王に辞去を告げ、その場を後にした。
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日が傾き始めた頃、私の視界に城塞都市が入ってきた。大きな町だなぁ。アルティナウスの王都より、ずっと大きい。その奥には王宮らしきものも見える。それらがぐんぐんと近づいてきて、飛竜は王宮の中庭にふわりと着地した。フリードリヒ殿下が先に降り、私に手を差し伸べて告げる。
「降りられるか」
「ええ、大丈夫ですわ」
殿下の手を借りながら竜の背から地面に降りる。うーん、数時間ぶりの地面だ。カリンの方に目を向けると、彼女は腰を抜かして立てないみたい。彼女には刺激が強すぎたかなぁ? 私はカリンに駆け寄って声をかける。
「カリン、大丈夫?」
「だ、大丈夫です……」
いや、青ざめた顔で言われても説得力がね? カリンの手を掴んで引き起こし、深呼吸をする彼女の背中をさすってあげる。フリードリヒ殿下が騎士たちに指示を飛ばすと、飛竜から荷物が降ろされ始めた。そんなせわしない中庭に、王宮から兵士が飛び出してきて声を上げる。
「フリードリヒ殿下! 国王陛下がお呼びです!」
殿下が振り返ると、兵士は首をすくめて怯えているようだった。あー、兵士たちからも恐れられてるのか。
「わかった、すぐ行く――リディア王女の荷物は客間へ運び込め! あとは任せたぞ!」
頷く騎士たちを背に、フリードリヒ殿下が歩き出し――その足を止めてこちらに振り返った。
「何をしている。おまえも来るんだ」
「え? 私もですか?」
きょとんとする私に、フリードリヒ殿下が小さく息をついて頷いた。
「父上に事情を説明せねばならん。おまえがいないと面倒だ」
ふむ。飛竜で帰ってくるのが予定外だった、ということかな。私は笑顔で頷いて、フリードリヒ殿下のそばまで駆け寄っていく。歩き出す殿下の背中を追いかけるように、私もセクレトスの王宮の中に向かった。
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フリードリヒ殿下が奥まった部屋の前で足を止める。入り口を固める兵士たちが敬礼をする中、部屋の中に彼が声をかける。
「父上、ただいま戻りました」
殿下に背中を押されながら、私も一緒に入室する。部屋の中の机では、豊かな髭を蓄えた男性が書類仕事をしていた。男性が顔を上げると、不機嫌そうな顔でこちらをねめつけてくる。
「なぜ今、ここにいる。事情を説明しろ」
と、いうことはこの人がセクレトス国王かな。フリードリヒ殿下の目を見ると、こちらに視線を向けてから国王陛下を見つめた。……挨拶しろ、ということかな? 私はカーテシーをしながら国王陛下に微笑みを向ける。
「お初にお目にかかります。アルティナウス第二王女、リディア・フォン・アルティナウスでございます」
国王陛下は驚いたように目を見開いていた。私とフリードリヒ殿下を交互に見つめ、ペンを置いて立ち上がった。
「……まさか、破談せずに話をまとめてきたのか?」
私はニコリと微笑んで頷いた。
「でなければ、ここに私はいませんでしょう?」
「フリードリヒを見て、それでも夫にして構わないと、そういうのか」
私は改めてフリードリヒ殿下の顔を見る。うーん、無表情。自分から説明する気がないのかな。今度は国王陛下に向き直り、淑女の微笑みで答える。
「我がアルティナウスのため、そしてセクレトスのためにも、私が嫁ぐべきだと判断いたしました。何かご不満がおありでしょうか?」
国王陛下が慌てて首を横に振っていた。
「とんでもない。フリードリヒを見て、なお嫁いでくれるというなら、歓迎するとも」
こちらに歩み寄ってきた国王陛下が、私を軽く抱擁していく。
「よく決心してくれた。感謝する」
「こちらこそ、この縁談で両国がより発展することを願っていますわ」
抱擁から離れた国王陛下が、私の両肩をしっかりと掴んで頷いた。
「しっかりしたお嬢さんだ。あのアルティナウス国王の娘と聞いて不安に思っていたが、まさかこんな子が我が王家に嫁いでくるとはな」
私は苦笑を浮かべながら答える。
「あら、私の目の前でお父様の悪口だなんて、国王陛下も人が悪いですわね」
「――おっと、口が滑ったな。ともかく、歓迎しよう。客間はフリードリヒの居室近くに用意させる。君はそちらで旅の疲れを癒して欲しい。それと――フリードリヒ。おまえは残りなさい」
フリードリヒ殿下が仏頂面で頷いた。それを見て国王陛下が私を解放し、自分の机に戻って行く。
「話は以上だ。リディア、といったね。君とは夕食の席でまた話そう」
「ええ、失礼いたしますわね」
私は微笑みながら部屋を辞去し、先導してくれる侍女が案内してくれる背中についていった。
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執務室に残った国王が、フリードリヒに真顔で尋ねる。
「……どうやって口説き落とした? なぜ飛竜で戻ってきた」
フリードリヒは真顔で答える。
「特に何もしておりません。彼女が『竜に乗りたい』というので、私と共に先に戻ってまいりました。彼女の馬車は竜騎士隊五騎で護衛しつつ、こちらに向かっております」
国王がフリードリヒの目を見つめて尋ねる。
「彼女とは、どんな会話を?」
「特に何も。これと言って特筆するようなことは話しておりません」
頭を抱えた国王が、深いため息をついて告げる。
「……わかった。よほど変わり者のお嬢さん、ということだな」
「はい、その理解で間違っていないかと」
国王は椅子の背もたれに体重を預けると、「もういい、部屋に戻れ」と告げた。フリードリヒは小さく頷くと、部屋を辞去していった。それを見送った国王が、天井を見上げて独り言ちる。
「まさか、フリードリヒを見てから縁談に応じるなど……ありうるのか?」
側仕えたちが無言で立ちすくむ中、国王はゆっくりと机に向き直り、書類仕事を再開した。




