第5話 飛竜
出発の日の早朝、朝食を済ませて侍女のカリンと共に王宮の前に出る――そこには、異様な光景が並んでいた。私の荷物を運ぶ五台の馬車、それを守るように隊列を組むアルティナウス王国兵が五百人。そして、馬車の周囲を取り囲むように座る、馬車より大きなトカゲ……手が翼になってるトカゲなんて、初めて見たなぁ。なんだろう? この生き物。
呆然としている私たちにフリードリヒ殿下が近づいてきて告げる。
「飛竜を見るのは初めてか」
「飛竜……では、これがセクレトスの竜なのですか?」
「そうだ。空を飛ぶ竜種、我が国が誇る竜騎士団の乗騎だ。これでも小型の竜種なのだがな。俺は竜に乗って空から護衛をする。おまえは馬車に揺られて、のんびり過ごすといい」
――まただ。気を遣ってる気配がする。
私はニコリと微笑んでフリードリヒ殿下に尋ねる。
「この竜なら、どのくらいでセクレトスへ戻れるのですか?」
「今からなら日暮れまでには間に合う。だがそれを知ってどうする?」
日暮れ……そんなに早いのか。馬車だと一週間前後はかかるのに。ならば――。
私は手を打ち鳴らしてフリードリヒ殿下に笑顔で答える。
「私を殿下の竜に乗せてくださいませんか? 私たちだけ、先にセクレトスに戻りましょう。殿下のお兄様も、王宮でお待ちなのでしょう? いかがですか?」
フリードリヒ殿下が私を睨みつけるような眼差しで見つめてくる。
「……おまえが竜に? 恐ろしくはないのか」
「恐ろしい? どうしてですか? 竜に乗せていただけるなら、むしろ光栄ですわ」
私の笑顔を見つめていたフリードリヒ殿下は、しばらく考え込んだ後、手を上げて周囲に声を上げる。
「リディア王女の荷物を竜に積み替えろ! 五騎で先行する! 残りは王女の馬車を護衛しろ!」
侍女のカリンが私の袖を引っ張って耳打ちしてくる。
「姫様、無謀です! 空を飛ぶなんて、落ちたらどうするのですか!」
「心配性ねぇ、カリンは。フリードリヒ殿下たちが無事なんだから、落ちるわけがないわ――さぁ、詰める荷物を選別しましょう?」
私とカリンが荷物の選別を指示していき、馬車から竜に積み替えられていく。半分くらいの荷物を竜に積み替え終わると、フリードリヒ殿下が部下と打ち合わせを終えてこちらに歩いてきた。
「おまえは俺の竜に乗れ。侍女は別の竜だ。生憎、二人までしか乗れん」
飛竜の背を見ると、二人乗りの鞍がついているようだった。なるほど、元から二人乗りできるようになってるのか。私が竜に近づこうとすると、フリードリヒ殿下が慌てて肩を掴んできた。
「迂闊に近寄るな! 竜は気性が荒い。見知らぬ人間を見ると暴れて怪我をするぞ」
ん~、そうなのかな? とてもそうは見えないけど。さっきから竜たちの視線を感じるけど、敵意や警戒心は感じられない。私は殿下の手を優しくおろして微笑んだ。
「問題ありませんわ。殿下の竜が、私に危害を加えるわけがありませんもの」
そのまま近づくと、飛竜が私に頭をこすりつけるように突き出してきた。その頭を撫でてみると、ほんのり温かい。撫でると嬉しいのか、飛竜は喉を鳴らすように声を上げていた。その様子を見ていたらしいフリードリヒ殿下の声が背後から聞こえる。
「馬鹿な……竜が初対面の人間に心を開くなど」
「あら、珍しいことなのかしら」
「普通は人に慣れるまで数カ月かかる。乗騎にしてる騎士以外が近づくだけでも、竜は警戒する。それが、なぜ」
「なぜかしら? でも、とても可愛らしいですわね――ねぇ竜さん。これからの空の旅、よろしくお願いしますわね?」
飛竜が私の目を見て、頷くように頭を動かした――え、言葉が分かるの?
慌ててフリードリヒ殿下に振り向くと、彼も苦笑を浮かべていた。
「竜種は人間の言葉を理解できる。下手な言葉を投げかけると、逆襲されるから気を付けろ」
「随分賢い生き物ですのね……よくそんな生き物を使役できますわね」
フリードリヒ殿下が竜の背に乗りながら答える。
「使役というより、協力関係が近いかもしれん――そら、乗れるか?」
差し出されたフリードリヒ殿下の手を取り、私は頷いて飛竜の背に上っていく。カリンにお尻を押されながら乗り込むと、フリードリヒ殿下が前の座席を空けて告げる。
「おまえは前に乗れ。俺が後ろから支えてやる」
「それじゃ、失礼して――落ちないように、支えていてくださいね?」
私が鞍に腰を下ろすと、フリードリヒ殿下が私を抱えるように手綱を握った。殿下が声を張り上げる。
「セクレトス竜騎士隊、出るぞ!」
飛竜が大きく翼をはばたかせると、その身体がふわりと空に浮かんだ。鳥よりもゆったりとした動作で、鳥よりも速く空へ駆けあがっていく。あっという間に王宮が小さくなっていくのを見下ろしながら、私は初めて見る空の高さに感動していた。
「空が近いのですね……雲に手が届いてしまいそう」
「そこまで高くは飛ばん。しっかり鞍につかまっていろよ」
フリードリヒ殿下が手綱を操ると、飛竜は速度を増して空を駆け始めた。
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あっという間に王宮が見えなくなり、周囲には編隊を組んで飛ぶ五騎の飛竜だけになった。別の竜に乗せられているカリンは、怯えて騎士の身体にしがみついてるみたいだ。私は風を身体に受けながら、眼下の景色を楽しんでいた。ふと見ると、フリードリヒ殿下は鋭い目つきで周囲に視線を配っている。
「どうなさったのですか? 何を警戒してらっしゃるの?」
「……おまえは気にしなくていい」
あー、さてはグルセウス王国の動きを気にしてるんだな? 私はニコリと微笑んで告げる。
「グルセウス王国なら、もう心配には及ばないのではなくて? セクレトス王国とグルセウス王国の軍事力は互角と伺ってますわ。それなら年内に軍事衝突は起こらないでしょう。早くても、来年ですわ」
フリードリヒ殿下が、私の目を睨みつけるように見つめてきた。
「……なぜそう思う」
「私のところに届いていた報告では、国境付近に五千の兵士が集められている、ということでした。ですがその程度ではセクレトス王国に対抗することはできません。セクレトス王国との同盟が締結された我が国に攻め入るには、数が足りませんわ。今は初夏、収穫前に徴兵を増やしては税収が落ち込みます。それなら収穫後に徴兵して訓練を積んだ兵士を来年投入する方が、合理的ですもの」
殿下の目がわずかに見開かれた。
「……おまえ、王女ではなかったのか」
「ええ、アルティナウス第二王女に間違いありませんわよ?」
「……十六歳、とも言ってなかったか」
「その通りですが、なにか?」
私の笑顔に、フリードリヒ殿下が小さく息をついた。
「こんな女は初めて見る」
「あら、お互い様ですわね。私も殿下のような男性を見るのは、初めてです」
「……国境にはセクレトスの兵士二千を派兵指示してある。アルティナウスの防衛兵と合わせれば、一万までは耐えられるだろう。それ以上の動員ともなれば、さすがに我が国からも追加動員をかける。グルセウスの動きを止めることはできるはずだ」
読み通り、かな? お父様が急いで帰ってくるわけよね。
「平和を維持できそうで何よりですわね――ところで、殿下は一昨日の夜、嘘をおつきになられましたよね。なぜですか?」
「……嘘、とは? 何の話だ」
「夕食の席で、殿下は『司祭でなければわからない』と仰ってました。ですが自国の宗教について王家が知らないなど、ありえませんわ――聖女とは、そして聖女が封じた邪悪とは、なんなのですか?」
私が微笑んで見つめていると、フリードリヒ殿下の眉間にしわが寄った。おー、悩んでる悩んでる。
「殿下? 私はもう、半分はセクレトス王家の人間ですわ。私たちが帰国すれば、正式に王族となるのでしょう? 隠す理由など、ございませんわよ?」
フリードリヒ殿下がため息をついて答える。
「かつて、千年ほど前と伝わっているが、大陸に『妖魔』が襲い掛かった。その妖魔を大地に封じたのが星竜神だと言われている。そして星竜神は封印結界の強化を聖女に命じている、という話だ。真実は知らん。我が国にこれまで、聖女が現れたことがないからな。だが司祭たちはそう信じているようだった。大陸のどこかに、百年に一度現れる聖女――その女が、この大陸の平安を密かに維持しているとな」
お~饒舌。これは結構踏み込めたのでは?
私が上機嫌でフリードリヒ殿下の顔を見つめていると、殿下が顔を背けた。
「何を見ている」
「いえ、少しはお心を開いていただけたのかな、と」
「俺を竜と一緒にするなよ」
「しておりませんわよ? ですが、長期戦にはなりそうですわね?」
殿下は小さく鼻を鳴らすと、まっすぐ前を向いて竜を操り始めた。私たちを乗せた竜は、北の国境にある山脈を越え、セクレトス王国へと入っていった。




