第4話 重たい空気
気まずい沈黙を破るように、お父様の侍従が部屋に入ってきて告げる。
「お部屋の支度が整いました」
その声を聞くとフリードリヒ殿下がソファから立ち上がり、私に告げる。
「部屋に行く」
そのまま足早に歩きだし、侍従に案内されていった。私はそれを見送ってから、大きくため息をつく。
「……何なの、あの人」
背後から侍女のカリンが声をかけてくる。
「姫様、大丈夫でしたか?」
「大丈夫じゃないわ~。あの人が夫とか、先行きが不安になるわね」
と、こうしてる場合じゃない。私も着替えないと。ゆっくりとソファから立ち上がってカリンに告げる。
「着替えます。きっとフリードリヒ殿下を歓迎することになるわ」
頷いたカリンを伴って、私も応接間を後にした。
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遅めの夕食の席がもうけられ、私はお父様たちとテーブルを囲んでいた。……外出中のお兄様はまだしも、なんでお姉様の姿がないかなぁ。お父様が侍従に振り向いて尋ねる。
「ローザはどうした」
「具合が悪いと仰っております」
「そうか……仕方のない奴だ」
さてはお姉様、自分に婚約者の話が来なかったからふてくされてるな? 私とお父様のため息が同時につかれた。お母様がにこやかに告げる。
「さぁさぁ、急なことで大したもてなしはできませんが、殿下を歓迎いたしましょう」
頷いたお父様がワイングラスを掲げた。
「では、フリードリヒ殿下とリディアの婚約に――乾杯!」
私も薄めたワインを一口飲み、夕食を口に運んでいく。フリードリヒ殿下は杯を手に取ることもなく、肉料理に手を付けていた……祝わないの?!
お父様が苦笑を浮かべながらフリードリヒ殿下に尋ねる。
「殿下はこの縁談が不服なのですかな?」
フリードリヒ殿下はぶっきらぼうに答える。
「そうではないが……めでたい話というわけでもあるまい」
いや、縁談がおめでたくなかったら何がおめでたいの?!
呆気にとられる私たちとは裏腹に、フリードリヒ殿下はマイペースで食事を口にしていった。お父様が乾いた笑いを浮かべながら殿下に尋ねる。
「セクレトスでは聖名を授かるとのことですが、なぜそのような習わしが始まったのですか?」
フリードリヒ殿下がパンを手でちぎりながら答える。
「かつて、邪悪を封印した聖女がいたと伝わっている。それ以来の風習だ。今も大陸全土で百年に一人、聖女が現れていると聞くが……夜天教会の人間でなければ、詳しいことは分からん」
私は小首を傾げて尋ねる。
「その『夜天教会』とは、なんなのですか?」
「我が国の神、星竜神を崇拝する宗教団体だ。大陸でも一大勢力だが……知らんのか?」
あー、そういえば教わったっけ。うちは聖神様を崇拝してるからなぁ。他所の国の神様までは、まだちょっと勉強が足りてないや。
「どのような神様なのでしょうか?」
「竜の神、ということだけ伝わっている。それ以上は俺も知らん。古い文献を漁れば何か出てくるかもしれんがな」
お父様が肉料理にナイフを入れながら殿下に尋ねる。
「その邪悪を封じた『聖女』にちなんで聖名を授かる、ということですかな?」
フリードリヒ殿下の手がピタリと止まり、わずかに沈黙した。
「……少し違うな。洗礼で聖名を授かるとき、稀に聖号を授かることがある。聖女の聖号を授かれば、神が聖女を認定したことになる」
ふ~ん、つまり『聖女を探す儀式』が洗礼になってるということかぁ。でも、『邪悪を封印する聖女』とか、大変そうだなぁ。
「殿下、その聖女になるとどんな役目を負うのですか?」
フリードリヒ殿下がパンをワインで流し込んでから答える。
「俺も詳しいことは知らん。だが封じられた邪悪に対して、役目があるとは聞いている。詳しいことは司祭でもなければわからん」
やにわに立ち上がったフリードリヒ殿下が、驚く私たちに告げる。
「馳走になった。俺は部屋に戻る」
私たちは呆気にとられながら、背中を向けるフリードリヒ殿下を見送った。お母様が眉をひそめて告げる。
「なんだか不安ね……ねぇリディア、あの方と婚姻して、うまくやっていける?」
私は乾いた笑いを浮かべながら答える。
「やるしかありませんわ。セクレトスとの同盟がなければ、国の防衛が立ち行きませんもの」
私たちは三人でため息をつくと、食事を再開した。
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食事が終わった私はお風呂を済ませると、疲れた体をベッドに沈めていた。貧乏くじばかり引いてきた人生だけど、とどめがフリードリヒ殿下との婚姻か。まぁフォーテン公爵みたいな年上と婚姻するよりはマシだけど、フリードリヒ殿下との婚姻も苦労しそうだなあ。せめてセクレトス王家の方々がまともな人であれば……って、そんな期待をしても裏切られるだけか。
私はため息を漏らしながら、布団の中で寝返りを打った。殿下は悪い人じゃない。それはなんとなくわかるんだけど、気疲れする相手だしなぁ。第二王子だから国王にはならないだろうし、そこはまだ気楽かぁ。……お父様やお母様とも、明日でお別れになるなぁ。
ふぅ、とため息をついて仰向けになり、天井を見つめた。生まれてから十六年、貧乏くじばっかりだ。子供も絶望的となると、これからの私は何を支えに生きていけばいいのかなぁ。人質婚じゃ、私に断る権利もないし。せめて仕事があれば、それに打ち込めるんだけど。セクレトス王国か、どんなところかなぁ。
もやもやと考えていた私は、やがてうつらうつらとしながら意識を手放していった。
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翌日は目が回る忙しさだった。お父様に不在時の仕事を引き継ぎ、明日のための旅行準備を同時に進めていく。婚姻ということだから、今回はドレス類も持っていかなきゃならない。持ち込む荷物の指示を出しながら、侍女のカリンに尋ねる。
「フリードリヒ殿下は、今何を?」
「お部屋にこもっておいでです。お呼びしますか?」
「――いえ、結構よ。それなら構わないわ」
……退屈じゃないのかな。顔くらいは見ておくか。
「カリン、少し私の代わりに指示を出しておいて頂戴」
「はい、かしこまりました」
頭を下げるカリンに微笑むと、私はフリードリヒ殿下がいる客室へと向かった。
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様子を見に行った客室では、フリードリヒ殿下が一人でソファに腰掛けて暇そうにしていた。私は入り口付近にいた侍女にそっと耳打ちをする。
「殿下は、どうなさってたの?」
「それが……朝からずっとあのままです」
動いてないの?! 暇つぶしとか、持ってきてないのかな?!
私は殿下に歩み寄りながら告げる。
「フリードリヒ殿下、大丈夫ですか?」
殿下がこちらに振り向いて答える。
「大丈夫とは? 何も問題ないが」
いや、あり過ぎるでしょ……。
「とてもお暇そうに見えますけれど、よろしければ町を案内――」
「それには及ばん。おまえはおまえのなすべきことをしておけ」
私から視線を外したフリードリヒ殿下が、紅茶を口に運んで告げる。
「……間に合いそうか」
私は淑女の微笑みで殿下に応える。
「間に合わせますわ。これ以上、殿下をお待たせできませんもの」
「そうか」
……気まずい! 会話が続かない! 私は小さく息をついてから告げる。
「では、私は出立の準備を続けてまいりますわね」
「ああ」
フリードリヒ殿下はこちらに振り向こうともせずに答えた。私は引きつった微笑みで会釈をすると、殿下がいる客室を後にした。――本当に疲れる人だなぁ。
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夕食の時間になり、私とお父様、お母様がテーブルを囲んだ。お姉様は今日も顔を見せず、離宮にこもり切りだ。お父様が侍従に尋ねる。
「フリードリヒ殿下はどうした」
侍従がためらいがちに答える。
「それが……『今日は部屋で食事をとる』と仰っておりまして……」
お父様が大きなため息をついた。
「そうか、殿下がそう仰るなら仕方あるまい」
そういってお父様はワイングラスを呷り、おかわりを注がせていた。お母様が不安げに私に尋ねる。
「リディア……ごめんなさいね、あなたにはいつも苦労をかけて」
私は微笑みながら首を横に振った。
「王家に生まれたからには、この程度覚悟の上ですわ」
自分勝手で何を考えてるか分からない人。だけど――もしかして今夜の会食拒否は、私たちに気を遣ったのかな? 考え過ぎかなぁ。
私はお母様たちとの最後の夕食を楽しみながら夜を過ごしていった。




