第10話 星の乙女のお披露目
私はカリンに、大聖堂で起こったあらましを伝えていった。
「――というわけで、フリードリヒ殿下に外に連れ出してもらったというわけなの」
話し終わった私がため息をつくと、カリンは拳をわなわなと震わせて声を荒げる。
「なんですか、その軽薄で無責任な神は! 星竜神だか何だか知りませんが、姫様がそんな重責を背負う必要なんてないじゃありませんか!」
「やっぱり、そう思う? でも星の乙女は返品できないって言われちゃったし……」
カリンが私の両肩をがっしりと掴んで私の顔を見つめた。
「姫様、しっかりなさってください! 本来の姫様はそんなお方じゃありません! あなたは今、ご自分を見失っておられます! 私が知る姫様なら、その程度で屈するわけがありません!」
そんなことを言われても……相手、神様だしなぁ。話が通じる相手ならまだしも、一方的だったし。私がため息で答えると、カリンが私の肩を揺さぶった。
「姫様! 弱気はいけません! アルティナウス王国を切り盛りしていた姫様はどこへいかれたのですか! このまま婚姻ができなくても構わないのですか!」
「え、それは困りますけれど。でもどうやって婚姻をすれば……」
「神が命じた責務があるなら、神にも責任を取ってもらってはいかがですか! 今は星竜神と会話はできないのですか?!」
んー、今? やってみるかー。私は目をつぶり、手を組んで星竜神へ祈りを捧げ始める。ろくでなしの軽薄神様、聞こえてたら返事をしやがってください……。
しばらく祈った私は小さく息をついて目を開けた。
「ダメね。洗礼の時に感じた気配がないわ。神の声も聞こえない。何か条件があるのかしら……」
場所が問題? それとも、ツェルネ司祭長が使っていた洗礼魔法? どちらにせよ、今すぐ確認できるものじゃないか。時計を見ると、もう夕方だ。そろそろ仕度をしないと夜会に間に合わない。私は自分の頬をぴしゃぴしゃと両手で叩いて気合を入れて、おなかから声を出す。
「よし、悩むのは後回しよ! 今は目の前の夜会を乗り切りましょう! カリン、ドレスを用意して頂戴!」
カリンは嬉しそうに頷くと、他の侍女たちに指示を出しながら荷物を広げだした。飛竜に積んできたドレスは数着あるけど、その中でもとびっきりのものを選ばないとね! アルティナウス王国第二王女が無様な格好をしてたら、お父様とお母さまが笑いものになっちゃうし!
私も元気にソファから立ち上がると、侍女たちに手伝ってもらいながら服を着替え始めた。
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ドレッサーの前に座る私を見て、カリンがつぶやく。
「やはり、宝飾品が足りませんね。もう少し持ってくるべきでした」
私は鏡越しにカリンに微笑みかけて答える。
「あら、問題ないわ。今の私は星の乙女なのよ? 下手な宝飾品より、よっぽど目が眩むんじゃないかしら。特に信仰心が篤いお年寄りには、効果てきめんでしょうね。それに、アルティナウスが小国なのはこの国でも知られているはず。その第二王女が着飾っても、たかが知れると思われてるはずよ。来客のドレスコードも、それに合わせて抑えてくるんじゃないかしら。来客が恥をかくことは、たぶんないわよ」
カリンが目を潤ませながら何度も頷いた。
「それでこそ私の姫様です! ようやくご自分を取り戻されたのですね!」
私は苦笑を浮かべながらイヤリングを指ではじいた。
「今考えても仕方ないことを忘れただけよ。そんなエネルギーの無駄遣い、馬鹿らしいじゃない?」
ドアがノックされ、振り返るとフリードリヒ殿下が部屋に入ってくるところだった。殿下は私を見た瞬間に足を止め、それきり動かなくなってしまった。おや~? どうしたのかな?
「フリードリヒ殿下? 何かありまして?」
「……いや、なんでもない。そろそろ時間だ。大講堂へ向かう」
私は椅子から立ち上がると、ゆっくりとした足取りでフリードリヒ殿下に近づいた。彼の目の前に辿り着くと、下から見上げるように顔を見つめる。
「殿下? エスコートはしてくださらないの?」
「……生憎、やり方を知らん」
私はクスクスと笑みをこぼしながら、殿下の左肘に手を絡ませた。
「肘を貸していただければ、それで問題ありませんわ。……殿下、馬子にも衣裳ですわね?」
「それは、どういう意味だ」
「殿下もそうして着飾っておられれば、きちんと王子様らしく見えます、ということですわ」
フリードリヒ殿下は、どこかむすっとしたように視線をそらした。
「……行くぞ」
「ええ、参りましょう」
私はフリードリヒ殿下のぎこちないエスコートにリードされながら、大講堂へと向かった。
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大講堂に入ると、思ったより小規模な夜会のようだった。昼間の洗礼の儀よりも多いけど、でも五十人もいないかなぁ。第二王子の婚約者を紹介する夜会の割には、だいぶ質素だ。
「これで全員なのですか?」
私の言葉に、フリードリヒ殿下が真顔で答える。
「急なことだったからな」
……あー。そういえば国王陛下が急遽決めた夜会だっけ。それで参加できるのは、王都にいる貴族だけか。いくら国王陛下直々の招待状でも、昨日の今日じゃ参加できない人も多いか。ということは、祝われてないということでもないのかなー。
私はフリードリヒ殿下と共に大講堂の中央へ向かい、国王陛下たちと合流した。国王陛下は王妃陛下を、シュテファン殿下は初めて見る令嬢をエスコートしていた。国王陛下が私を見て相好を崩した。
「おお、リディア。よく来てくれたね。落ち込んでるかと思って心配していたよ」
私は微笑みながら国王陛下に答える。
「今の私はフリードリヒ殿下の婚約者ですもの。落ち込むよりも、なすべき務めがありますわ」
シュテファン殿下が軽やかに笑い声を上げた。
「さすがリディア、私の見込み通りの女性だ。その調子でフリードリヒを頼むよ」
「ええ、お任せください――ところで、そちらの女性は?」
私が視線を向けると、シュテファン殿下が連れている女性が私に視線を返してきた。んー? なんで睨んでくるんだろう? 顔は笑ってるけど、目が笑ってないぞ、この人。その女性が私にカーテシーで答える。
「カロリーヌ・ミルム・フォン・ヘンケルですわ。シュテファン殿下の婚約者を務めてますの。以後、よろしくお願いしますわね、『星の乙女』様」
ん~、当てつけのように最後に付けられたな? さては私が聖女を襲名したのを気にしてるのかなぁ? ふむ、シュテファン殿下の婚約者が聖女を気にするってことは……。私はシュテファン殿下に微笑んで尋ねる。
「ねぇシュテファン殿下、立太子はまだなさらないのですか?」
シュテファン殿下は楽しそうに眉をひそめながら答える。
「ん~、私は身体が弱いしね。父上も悩んでおられると思うよ。王の責務に耐えられるかというと、難しい面も多いと思う。だからフリードリヒに良い伴侶ができれば、フリードリヒが立太子することもあるんじゃないかな」
隣の女性――カロリーヌさんが声を荒げてシュテファン殿下に告げる。
「殿下! 何を気弱なことをおっしゃってるの?! お父様がついていれば、殿下の負担は軽減できますわ! 何より私がついてますのよ?! 殿下ほどの方がこの国を率いずして、誰が率いるというのですか!」
おー、やっぱりそういうことかー。つまりカロリーヌさんからすると、私は目の上のたんこぶ。王子妃から王妃へのステップアップを邪魔するお邪魔虫って扱いかな? 弟のフリードリヒ殿下の妻が小国アルティナウスの第二王女ならまだしも、星の乙女だったりすると影響力が計り知れなくなる。夜天教会への影響力も考えると、私がフリードリヒ殿下と婚姻した場合は一気に王太子レースでリードを広げる――と、カロリーヌさんは見てるわけだ。ふーん、そういう人か。
私は微笑みながらカロリーヌさんに告げる。
「カロリーヌ様、いつかはお姉様とお呼びすることになる方が、そのように取り乱されるのは悲しく思います。王妃になるかもしれない女性なら、もっと泰然となさった方がよろしいのではありませんか?」
私の言葉に、カロリーヌさんの顔が真っ赤に染まった。力いっぱい握った扇子が今にも折れそうだ。おーおー、興奮してるなぁ。シュテファン殿下も、面白がって止める気配がない。んー、ここで私が何を言っても火に油だ。視線で王妃陛下に合図を送ると、王妃陛下が穏やかな笑みで告げる。
「カロリーヌ、あなたもシュテファンの妻となるなら、もう少し落ち着きを持ちなさい。五歳も年下のリディアに諭されるようでは、みっともありませんよ」
……え、カロリーヌさん、二十一歳? それでこれかぁ。セクレトスの貴族、案外子供っぽい人が多いのかなぁ。
ハッとしたカロリーヌさんが慌てて取り繕い始めた。淑女の微笑みを顔に貼り付けて、王妃陛下に頭を下げる。
「申し訳ありません、陛下。うっかり取り乱しましたわ」
「私に謝るなら、リディアにも謝罪しなさい」
カロリーヌさんが殺気を込めた視線を私に投げかけてきた。
「……リディア様、失礼いたしましたわ」
私もにこやかな笑みで彼女の視線を跳ね返す。
「いえ、ご理解いただけたなら幸いですわ。お互い、夫を支えられる女性になりたいですわね」
バチバチと火花が散るような時間を、フリードリヒ殿下の言葉が遮った。
「もういいだろう、カロリーヌ。俺のリディアにこれ以上手を出すな」
……『俺の?』 いつからフリードリヒ殿下のものに……まぁ人質婚だから、そういうものなのかな。
シュテファン殿下が微笑みながらフリードリヒ殿下に手を挙げ、カロリーヌさんを連れて離れていった。周囲に視線を巡らせると、来客たちの視線を結構集めてたみたいだ。うーん、大丈夫だったかな? フリードリヒ殿下が私にぽつりとつぶやく。
「さすがだな」
「あら、お褒めに預かり光栄ですわ」
さて、まずは最初の難関突破、かなぁ。今夜の夜会、忙しくなるかも。
私は嫌な予感を覚えながら、国王陛下たちと言葉を交わしていった。




