第11話 シュテファン王子の後援者
国王陛下が笑顔で私に告げる。
「あのカロリーヌを撃退するとは、立派なものだね」
私は微笑みを浮かべながら答える。
「いえ、大したことはしていませんわ。カロリーヌ様が分かりやすい方で助かりました」
「いやいや、その年齢で大したものだ。君は洗礼を受けたことで今日から我が国の国民となった。これからは『リディア・ラネティア・フォン・アルティナウス』を名乗りなさい」
あら、聖名がミドルネームになるのか。なるほど、それでみんな名前が長いのかな。
「私はまだアルティナウスのままなのですか?」
国王陛下の笑顔が曇った。
「今はまだ、我慢してほしい。ツェルネ司祭長が尽力を約束してくれたが、最終決定権は夜天教会本部にある。返事が来るまで、まだ時間がかかるだろう」
ということは、婚姻の目がまだある、ということかな。私は国王陛下の目を見つめて尋ねる。
「アルティナウスとの婚姻同盟はどうなるのでしょうか」
「約定通り、締結したものとして扱う。君の身柄は我が王家預かりになっている。だが教会本部が君の身柄を要求してきた場合、それには従わねばならん。同盟はその時点で失効となる」
まぁ妥当なラインかな。となると、私はその要求に応じないように動けばいいわけだ。だけど――。
「国王陛下、その場合でも我が国への助力はお約束いただけませんか? グルセウス王国がアルティナウスへ攻め入れば、セクレトス王国へも影響が出ますでしょう?」
国王陛下が苦笑いをしながら顎に手を当てた。
「応じないわけではないが、今ほど優遇した条件にはできん。それにアルティナウスが耐えられなければ、早晩あの国は落ちるだろう」
この言い方、グルセウス王国の大規模侵攻までありうるという読みかな。動員が一万までなら耐えられるとフリードリヒ殿下は言ってたけど、それ以上かぁ。グルセウスの兵力は十万前後だったはず。そこから数万規模を動員するとなると、守備に回す兵がなくなるはず。ということは――。
「この国はグルセウス王国へ攻め込む気がない、ということですわね。周辺国へ軍事同盟の打診などはされておりませんの?」
「そこはグルセウスが一枚上手だね。事前に交渉を続けているはずだ。この国と距離がある国とは、交易の利害関係も結びにくい。こちらの陣営に寝返らせるのは簡単ではないよ」
私はニコリと微笑んで答える。
「ですが、今は私がおりますでしょう? 星の乙女の名前を出せば、消極的協力までは引き出すことが可能ではありませんか?」
国王陛下が楽しそうに片眉を持ち上げた。
「君が交渉材料になると、そういうのかい?」
「必要であれば、聖女の名を使っても構わないと思います。戦争になれば無駄な血が流れますわ。それなら軍事的均衡を作り上げて動きを止めるのが最善ではないでしょうか」
国王陛下が腕組みをして考え込んだ。これはいい感触だ。
「……考えてみよう。少し諸侯と話をしてくる。君たちはここで待っていなさい」
国王陛下は王妃陛下を伴って私たちから離れていった。フリードリヒ殿下が私の顔を見て尋ねてくる。
「おまえ、戦争の交渉材料になるつもりか」
「そうは言っておりませんわ。ただ、夜天教会の力が各国に及ぶなら、教会経由で交渉を開始することはできると思います。『星の乙女の母国』を襲うとなれば、反発も出るのではなくて?」
フリードリヒ殿下が小さく息をついて告げる。
「……本当におまえは恐ろしい女だな」
「可愛げがないかしら?」
殿下がニヤリと微笑んで答える。
「いや、それでこそ俺の妻だ」
……おや~? なんだか今日のフリードリヒ殿下は、ちょっと様子がおかしいぞ? 洗礼の儀から、なんだか雰囲気が違う。何があったんだろう? 目を見つめてみても、感情を読み取るのが難しい。もうちょっとわかりやすい信号を出してくれないかなぁ。私がまじまじと殿下の瞳を見つめていると、彼はふいっと顔を背けて私に告げる。
「……何を見ている」
「殿下のご尊顔ですわ」
「もう見慣れただろう」
「ええ、ですがこれからも毎日拝見するものですし、飽きることはないと思いますわ」
殿下は手元にあるグラスを呷ると、おかわりのグラスを給仕から受け取っては呷っていく。呆気にとられる私に、殿下がぽつりとつぶやく。
「……自覚がないのか」
「なんのことでしょう? ですが飲み過ぎはよろしくありませんわよ? お顔が赤くなってます」
殿下は黙り込んだまま、グラスのワインを飲み続けていた。
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なんとかフリードリヒ殿下の暴飲を止めて、二人で会話を続けていたけれど、周囲に人が近寄ってくる様子がない。大講堂に来ている人は国王陛下たちか、シュテファン殿下の周囲に集まるばかりだ。中央でポツンと二人きりになっている私たちを見て、視線を向けては小声で笑っている貴族たちの姿が見える。うーん、これはもしかしなくても……。
「フリードリヒ殿下、社交界にはお出にならなかったのですね」
「……俺は人と話すのが苦手だからな」
まぁそれは言われなくても分かるけど。第二王子に近づこうとする人間がこうもいないというのも驚きだ。私が星の乙女だってことは知られてるはずなのに、それでも挨拶に来る貴族がいない。――あ、そういうことか。私は『王家に入らない人間』として見られてるのか。そしてフリードリヒ殿下は『四度目の婚約破談になる』と噂されてるわけね。私は小さく息をついて殿下に告げる。
「殿下、もう少し社交に精を出してもよろしかったのでは?」
「できんものはできん」
ま、そりゃそうか。となると、ここは私がなんとかするしかないのかな――おや? カロリーヌさんたちがこちらにやってきた。貴族の集団を引き連れて、シュテファン殿下も後ろにいる。カロリーヌさんの隣にいるおじさんは……敵意に満ちた眼差しを見るに、お父さんかな? カロリーヌさんが私に自信たっぷりで告げる。
「先ほどは王妃陛下の前で恥をかかせてくれてありがとう。私の父を紹介するわね」
横の男性が鋭い目つきで私に会釈した。
「私はカロリーヌの父、ヘンケル侯爵だ。シュテファン殿下の後援者を務めている。娘を侮辱する発言があったと聞いているが、本当かな?」
私たちの周囲を、ヘンケル侯爵の取り巻き貴族たちが囲んでいく。おやおや、大人げない……。私は余裕のある笑みを浮かべて答える。
「恥をかかせたなんてとんでもありませんわ。同じ王族に嫁ぐ女性として、志を高く持ちましょうと述べたまでです。シュテファン殿下のような立派な方に嫁ぐ女性なんですもの。相応に気品と品格が求められるのは当然ではありませんか?」
男性――ヘンケル侯爵が楽しそうに笑い声を上げた。
「品格ときたか! アルティナウスのような小国の、しかも第二王女が品格と! そのみすぼらしい品格とやらが、どこにあるというのかな?」
周囲の貴族たちがヘンケル侯爵に合わせるように笑い出した。シュテファン殿下は……楽しそうに微笑んで、黙ったままだ。『この場をしのいでみろ』と、そういうことかな。ここでシュテファン殿下が口を出すと、角が立つもんなぁ。何かを言い返そうとするフリードリヒ殿下の手を握り、私は笑顔で答える。
「品性が乏しい方は、品格が見えないとも聞きますわ。セクレトス王国の侯爵ともあろうお方が、まさか小国の王女を大人数で取り囲み、笑いものにするのが『品格だ』とでも仰りたいのかしら。だとしたら我がアルティナウスの品格とは、随分と異なる風習をお持ちのようですわね?」
ヘンケル侯爵が面白いくらいに顔を歪めて紅潮させた。あー、カロリーヌさんって父親似だったんだなー。
「小娘が生意気な口を……『星の乙女』を授かったからと調子に乗っているのか。おまえなど夜天教会に身柄を拘束されて大陸各地へ巡礼の旅に出る運命が決まっているだろうが。いつまで王族の婚約者でいられるか、見ものだな」
私はクスクスと笑みをこぼして答える。
「私はフリードリヒ殿下の婚約者から降りるつもりはございません。星の乙女も、今の私にはさして関係のない名前――ですが、夜天教会にとってはどうなのでしょう? 私が夜天教会に移籍するとなれば、ヘンケル侯爵は夜天教会の聖女を侮辱した人間として記録されます。果たしてセクレトス王国は、夜天教会に逆らって無事で済むのでしょうか? 教会から侯爵の身柄を要求されたとき、王国が守ってくれる保証はおありですか? そしてヘンケル侯爵の領民たちが、聖女を侮辱した領主に愛想を尽かさない保証はおあり? あなたはもう少し考えて言葉を口にした方がよろしいのではなくて? 今、あなたの目の前にいるのは領地の命運を左右しかねない人間だという自覚は、少しくらい持った方がよろしくてよ?」
ヘンケル侯爵と共に笑い声を上げていた貴族たちが黙り込んだ。私は彼らに視線を巡らせて告げる。
「せっかくですので、改めて自己紹介させていただきますわね。私はリディア・ラネティア・フォン・アルティナウス。アルティナウス第二王女にして、星の乙女ですわ。あなた方のお名前をお伺いしてもよろしいかしら?」
周囲の貴族たちがひそひそと耳打ちをして、私の周囲からヘンケル侯爵の背後に逃げていった。ヘンケル侯爵が悔しそうに歯を噛みしめて睨み付けてくる。
「……これで勝ったと思うなよ、聖女の名を振り回す愚かな女が」
「あら、侯爵の名を振り回す身勝手な男性に言われてしまったわ。私も気を付けないといけませんわね」
ヘンケル侯爵は大きく鼻を鳴らすと、私たちから遠ざかっていった。フリードリヒ殿下はその背中を睨み付けながら私に尋ねる。
「なぜ止めた」
「あら、王族が彼に喧嘩を売ってしまったら、問題になりますでしょう? ですが私が口喧嘩をしても、新参者が出過ぎた真似をした程度で収まりますわ。シュテファン殿下に迷惑など、かけたくはないのでしょう?」
「それは……そうだが」
遠目で見ると、シュテファン殿下は満足そうにこちらに視線を向けていた。あの人、人が悪いなぁ。私は小さく息をつくと、手元のグラスからワインを一口飲んだ――今夜はこれ以上、貴族が近寄ってくる気配もない。あとはフリードリヒ殿下と一緒に、お酒を楽しむとしよう。




