第12話 夢
私はワイングラスを傾けながらフリードリヒ殿下に尋ねる。
「殿下は普段、どんなことをされているのですか?」
「俺か? なぜそんなことを知りたがる」
私はニコリと微笑んでフリードリヒ殿下の目を見つめる。
「私が知りたい、ではいけませんか?」
「……王宮で書類整理と、竜騎士隊の訓練ぐらいだな。大規模な軍事訓練も、参加することはあるが」
「あら、殿下が書類仕事もなさるんですか? 少し意外ですわね」
フリードリヒ殿下が眉をひそめて私を見た。
「兄上の負担を軽減するためだ。俺だって少しぐらいは手伝える」
「たとえば、どんな書類を見てらっしゃるのかしら」
「……王族に上がってきた書類は、まず俺のところに届く。俺が決裁できるものは俺が署名し、政治判断が必要なものは兄上や父上に上げる。それを知ってどうする」
「もちろん、私が殿下の仕事をお手伝いするためですわ」
私がニコリと微笑んで答えると、フリードリヒ殿下は驚いたように目を見開いた。
「おまえ、もう仕事のことを考えているのか」
「部屋にこもり切りでは、退屈ですもの。それに、私でも少しはお役に立てるかもしれませんよ?」
フリードリヒ殿下が小さく鼻を鳴らして答える。
「地理も勢力も諸侯の顔もよく知らんまま、大したことはできまい」
「ええ、そうでしょうね。でもそれは覚えればいいだけの話ですわ。しばらくは殿下の足を引っ張るかもしれません。でも仕事を覚えれば、役に立ってみせますわよ?」
「そんなことより、おまえには社交界で顔を売る方が向いてるんじゃないのか。夜天教会から返事が来るまでどの程度の時間があるかは知らんが、貴族に顔を売っておいて損はあるまい」
「ええ、そちらも手を抜くつもりはありませんけど。今は社交界につながる伝手がありませんもの。それなら先に仕事を覚えることを優先しますわ。明日からお手伝いに伺ってもよろしくて?」
フリードリヒ殿下が私を見つめ、ワインを呷った。
「……明日はやめておけ。聖竜に会いに行く」
私はきょとんとして殿下の顔を見つめた。聖竜って、神様が言ってた名前よね。
「明日出発するのですか? 場所をご存じなの?」
「ああ、ゼクレゾン侯爵領に竜峰山のひとつがある。国内最大級の山だが、そこに聖竜がいる。飛竜なら片道二日、往復五日程度だ」
そっか、じゃあ先に神様の野暮用を済ませてしまうべきかな。私はフリードリヒ殿下に笑顔で頷いた。
「ええ、わかりましたわ。それで出発は何時ごろですか?」
「朝食を取ったあと、すぐに出発する。おまえひとりでは着替えもままなるまい。従者も連れて、五騎で向かうつもりだ」
ま、確かにカリンがいてくれないと、身の回りのことはできないんだけれど。彼女は飛竜を怖がってたし、大丈夫かなぁ。
「では決まりですわね。このこと、シュテファン殿下や国王陛下はご存じなのですか?」
フリードリヒ殿下がしばらく私を見つめて固まった。……やっぱり言ってないのか。私は苦笑を浮かべながら殿下に告げる。
「では、その報告を伝えに行きましょう」
私はフリードリヒ殿下の手を取ると、国王陛下たちに向かって歩き出した。
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夜会が終わり、部屋に戻ってきた私にフリードリヒ殿下が告げる。
「明日の朝、起こしに来る。ここで朝食を取ろう」
「ええ、構いませんわよ? では、おやすみなさいませ」
フリードリヒ殿下は小さく頷くと、私の部屋から立ち去っていった。私は疲れた身体をソファに沈めると、カリンに告げる。
「カリン、お水をもらえるかしら。それと明日からまた飛竜の旅よ。準備をお願いね」
水差しに手を伸ばしていたカリンの動きが止まり、ぎこちない動作でこちらに振り向いてきた。
「……姫様、いまなんと?」
「だから、明日から飛竜に乗って聖竜に会いに行くわ。あなたも含めて、従者を数人連れていくことになるわね。五人まで乗せられると思うから、人選は任せるわよ」
「また飛竜ですかー?! またあれに乗って旅をすると仰いました?!」
「そうよ? 素敵な空の旅だもの。何度味わっても楽しいわよね」
「それは姫様くらいです! 私はもう、あんな怖い思いは嫌ですよ!」
「じゃあ、カリンはお留守番してる? 私はそれでも構わないわよ?」
カリンが一瞬怯んだあと、ぐっと力を込めるように拳を握った。
「いえ! 姫様のおそばに仕える者として、それは譲れません!」
「そう? じゃあ頑張りましょう? 大丈夫、慣れれば平気になるわよ」
カリンが水の入ったコップを私に手渡してきた。それを受け取ると一気に喉に流し込む。お酒、ちょっと飲み過ぎたかな。セクレトスのワインは強いのかな。今日はいろんなことがあったし……。さっさと寝てしまおうか。
「カリン、お風呂に入るわ」
「はい、姫様」
私は服を脱ぎながら、浴室へ向かった。
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ベッドの中で寝返りを打つ。真っ暗な部屋の中で、見慣れない天井を見上げていた。今日からセクレトスの国民かぁ。聖竜ってどんな竜なんだろう。飛竜みたいに可愛らしいといいけど。あちこち見て回って、各地の情報も仕入れないとなぁ。夜天教会も追い返して、なんとか婚姻を――。
私の意識は、いつの間にか深い闇に吸い込まれていった。
ふと気が付くと、私は暗い闇の中を歩いていた。あれ? なんで歩いてるんだっけ? でも前の方から誰かが呼ぶ声が聞こえる気がする。声がする方へ向かってまっすぐ歩いていくと、見えない『なにか』の気配が色濃く立ち込めた。
『リディア』
「……誰かしら? あなたは誰?」
『気を付けるがいい。狙われている』
「狙われてるって、誰に?」
『会ったときに話そう。竜峰山で待つ』
「と、いうことは……あなたは聖竜ね? これは夢?」
それっきり声が途切れ、気配もなくなってしまった。こっちの質問に答えてくれてもいいと思うんだけど。それに狙われるって……心当たりしか、ないなぁ。聖竜が警告してくるような危険かぁ。何が起こるんだろう?
腕組みをして考えていた私は、やがて意識が遠くなっていった。
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「リディア、起きろ」
フリードリヒ殿下の声で目が覚めた。視界の中に殿下の顔がある。え? なんで? 部屋の中は陽の光が差し込んでいて、すっかり朝だ。
「でん……か? なぜ私の寝室に?」
「侍女が『起こしても起きない』というのでな。俺が起こしに来た」
私はあわててガウンを羽織ると頬を膨らませてフリードリヒ殿下に抗議する。
「いくら婚約者でも、淑女の寝室に入るのは良くないと思いますわ!」
「そうなのか、すまん」
髪を手で梳きながら、必死に顔を隠すように殿下から顔を背ける。……寝顔を見られたかもしれない。恥ずかしいなぁ、もう。殿下の気配が動かないので、こっそり横目で様子を窺う。殿下は私のことをじっと見つめているようだった。
「……フリードリヒ殿下? そこでなにをしてらっしゃるの?」
「いや……こんなおまえも新鮮だな、と」
「もう! 淑女の寝起きを観察なさらないで! 食卓でお待ちください!」
「……わかった」
なぜか残念そうに眉をひそめたフリードリヒ殿下が、私に背中を向けて寝室から出ていった。もー! 絶対寝顔を見られた! ああいうところは直してもらわないと! ベッドから降りて私は顔を洗ったあと、カリンたちに着替えさせてもらう。部屋着のドレスを身につけたあと、鏡の前で顔をチェックする。……大丈夫かな? むくんでない? カリンがおかしそうにクスクスと笑みをこぼした。
「姫様、何を気にしてらっしゃるんですか」
「だって、フリードリヒ様がいらっしゃるんですもの。みっともない顔は見せられないわ」
「大丈夫ですよ、姫様は今日もお綺麗です」
「そう? ありがとう」
私はカリンにウィンクをしてから、朝食の席に向かった。




