第13話 夜の客人
朝食を食べ終わった私たちは、王宮の中庭にいた。フリードリヒ殿下が待機させていた飛竜が五頭、四人の騎士たちが、荷物をその背に運んでいる。私が連れていくのはカリンと女性従者三人。合わせて十人の空旅だ。フリードリヒ殿下が声を張り上げる。
「急げ! 出発するぞ!」
勇ましい返事が返ってきて、騎士たちがきびきびと動いていく。そっか、殿下は統率力がある人なんだなぁ。荷物を積み終わると、騎士たちに手伝ってもらいながら女性陣が飛竜に乗り込む。私以外は騎士にしがみつくようにしていた。私はフリードリヒ殿下の腕の中で、背中を彼の胸に預けている。殿下が「竜騎士隊、出るぞ!」と声を上げると、ふわりと飛竜が羽ばたいた。私たちの身体はあっという間に空の上に運ばれていき、朝日が差す中を北東に向かって進んでいった。私は風を受けながらフリードリヒ殿下に尋ねる。
「ゼクレゾン侯爵領とは、どんなところなのですか?」
「山岳地帯にある要害だ。軍事拠点でもある」
ふーん、聖竜が棲む山のふもとが軍事拠点……それに名前が竜峰山。もしかして?
「飛竜もそこから調達してるのですか?」
「そうだ。よくわかったな」
やっぱり。これだけ高速で移動できる飛竜なら、重大な軍事資源だ。敵国に奪われると、ただ領地を奪われるよりも痛い。飛竜の補充ができなくなり、敵国に飛竜が渡る。だから軍事拠点を作ってるわけね。
「国内に飛竜はどれくらいいるのですか?」
「数えたことはない。だが百や二百でもない。国内にある竜峰山には、それぞれ砦を作ってある。年に二度ほど飛竜の捕獲を試みて、応じてくれる個体を探す」
あー、殿下は飛竜を『協力者』って言ってたっけ。捕まえておしまいじゃないのか。私は流れるように後ろに過ぎ去っていく景色を眺めながら、背中に殿下の体温を感じていた。――あ、そういえば。
「殿下、聖竜は特別な力を持つのですか?」
「そう聞いている」
詳しくは知らない、と。ふむ。
「昨晩、夢の中で聖竜に話しかけられました。『狙われているから気を付けろ』と。お心当たりはありますか」
フリードリヒ殿下から返事がない。上を見上げると、眉間にしわを寄せて私を見つめていた。
「……聖竜が、そう言ったのか」
「ええ、そうですわよ? どうかなさいまして?」
「……いや、なんでもない」
顔がそう言ってないんだよなぁ。殿下は私から目を逸らして前を向いてしまった。しばらく下から見上げていたけど、こちらに視線を向ける気配はない。私に教えたくないことかぁ。なんだろうな。私はじっくりと殿下の整った顎の先を見つめながら、飛竜に運ばれていった。
****
夕方になり、飛竜たちが宿場町めがけて降り立った。殿下は私を飛竜から降ろして部下に告げる。
「三名残れ! 一名は共に来い!」
騎士たちも女性従者を飛竜から降ろし、殿下に答えた。私はフリードリヒ殿下と共に、宿場町に入っていく。後ろを振り返ると、残った騎士たちは飛竜の世話をしてるみたいだった。
「飛竜を町の中に入れないんですか?」
「こんな小さな町に、飛竜は乗り入れられん。かといって放置もできん」
「飛竜は食事をしないんですか?」
「竜種は通常の生き物と別のものを摂取する。心配はいらん」
ふーん、食べ物を食べないのか。私は遠くに見える飛竜たちに小さく手を振ると、前を向いて殿下の横を歩いていった。宿場町は旅人で賑わっていて、夕食の支度をする町の人も大勢見かけた。鼻をくすぐる美味しそうな香りで、思わずおなかの虫が鳴った。
「……聞こえましたか?」
「可愛らしい音だな」
そこは! 聞こえないふりをしてほしかった! 密かに拳を握りしめながら、私はフリードリヒ殿下に背中を押されて宿屋に入った。
****
宿は一階が食堂になってるタイプだ。すでに旅行客が大勢席を埋めている。その中で空いてる席を見つけると、私とフリードリヒ殿下とカリンで一組、そして従者と騎士が別のテーブルへ着いた。殿下が大きな声でカウンターの中に声をかける。
「食事だ! 七人分頼む!」
カウンターの中で宿の主人らしき男性が笑顔で頷いた。殿下のよく通る声に驚いた客たちが、何人かこちらに視線を向ける。私はフリードリヒ殿下の横に座り、そっとおなかに手を当てていた――これ以上鳴りませんように!
宿の主人が運んできたのは、大きな鳥の丸焼きとシチュー、そしてパンが入った籠だ。テーブルの中央に置かれた丸焼きから、フリードリヒ殿下が器用に肉を削いで小皿に取り分けていく。カリンが慌てて殿下に告げる。
「私がやります!」
「構うな。慣れている」
殿下の視線に怯えたカリンが、首をすくめて出した手を引っ込めた。んー、カリンはまだ怖がってるのか。慣れれば可愛い目をしてるんだけどな。殿下から受け取ったお肉を口に運ぶ――香ばしいお肉の香りと香草の香りが交わって、私の口の中に幸せが広がっていた。私が黙々と食べていると、ふと視線を感じてそちらを見る――殿下が食事の手を止めて、私を見つめていた。
「……何を見ていらしたの?」
「いや、美味そうに食うのだな、と」
おなかが空いてたんだから、しょうがないじゃない! 私は頬が火照るのを感じながら、フリードリヒ殿下から顔を背けて食事を続けた。なぜかカリンがクスクスと笑っていたけど……あとで覚えてなさいよ?
食事が終わった私たちは、部屋を三つ取って二階に上っていった。
****
部屋に入ろうとした私に、フリードリヒ殿下が声をかけてくる。
「リディア、何かあったら大声で叫べ」
「何か、とは?」
小首を傾げる私を見つめ、殿下の動きが止まった。……早く言ってくれないかなぁ?
「……なんでもいい。何か身の危険を感じたら、だ」
私はニコリと微笑んで殿下に答える。
「ええ、わかりましたわ。例えば朝から寝顔を見つめてくる男性がいたら、叫び声を上げますわね?」
フリードリヒ殿下が眉をひそめたのを確認すると、私は「おやすみなさいませ」と伝えて部屋に入った。扉を閉めてから部屋の中を確認する。ベッドが二つ、窓が一つ。小さなテーブルが一つ。なんてことない、よくある宿の一室だ。私は伸びをしながらベッドに腰掛ける。カリンは騎士が運んできた荷物から、私のネグリジェを取り出していた。
「さぁ姫様、先に着替えてください」
「はーい。じゃあ早く着替えて寝てしまいましょう。多分、明日も早いわよ」
フリードリヒ殿下の行動は軍隊様式っぽい。それなら朝の出発もゆっくりはしてないだろう。私はカリンに手伝ってもらいながら着替え終わると、いそいそとベッドにもぐりこんだ。明日には聖竜に会えるのか。どんな竜かな。楽しみな心を胸に、私は目をつぶった。
****
真っ暗な闇の中で、なぜか私は目を覚ましていた。ランタンの明かりも落ちて、部屋の中には窓から月明かりが差し込んでいる。なんで目を覚ましたんだろう? 旅の疲れ? ――なに?!
不意に背中を襲ったおぞけと共に、部屋の中に嫌な気配が充満していく。気配は部屋の中で形を取り、異形の人型を作り出した。なにこれ?! 人間じゃない?! 混乱する私はとっさに声を上げる。
「フリードリヒ殿下!」
隣のベッドに視線を移すと、カリンはまだ寝ていた。う、これカリンを起こさないとまずいよねぇ?!
「カリン! 起きて! 危ないわ!」
私もベッドから起き上がると、カリンに体当たりするように体をゆする。カリンが驚いて目を開き、私に尋ねてくる。
「姫様?! どうなされたんですか?!」
「わからない! でも逃げて!」
異形の人型の双眸が私を射抜く――恐怖で身体が動かない?! 違う! これ、別の『何か』だ! 声を張り上げてみたくても、喉はうんともすんとも言ってくれなかった。どちゃり、と生々しい足音と共に異形が私に一歩近づく。その手からは長い爪が伸びていき、私に狙いを定めているようだった。……なんか、あいつ遅くない? 中々襲ってくる感じがしないし。私が睨み付けると、異形の人型が気圧されたように半歩下がった。あれ? こいつ弱い?
「リディア! 無事か!」
部屋の扉を破るように中に入ってきたフリードリヒ殿下が、異形を見て顔を険しくした。
「――やはり妖魔か! リディア、こっちに来い!」
んー、来いと言われても動けないんだよなー。私は異形と睨み合いをしながら、相手の動きを封じていた。なんかこいつ、私に睨まれると動けないっぽい? ふーん、面白い。私が動けないのを悟ったのか、フリードリヒ殿下が長剣を抜き放って異形に切りかかる。異形の人型は殿下に袈裟切りにされ――たのに平気な顔をしていた。異形の人型は私とフリードリヒ殿下を交互に見て、「チッ」と舌打ちして闇に溶けて消えていった。……何だったんだろう、今の。フリードリヒ殿下が私のそばに近寄ってきて両肩を抱えてきた。
「無事でよかった――何があった」
「……あー、あー。あ、もう喋れますわね」
私は喉に声が戻ったのを確認すると、フリードリヒ殿下に微笑んで答える。
「寝ていたら襲われたみたいですけれど、あれは何だったのですか?」
フリードリヒ殿下は神妙な顔つきで私を見つめていた。
「あれが妖魔だ。こんな町中に現れるとは思わなかったが」
私は小首を傾げながら尋ねる。
「普通は現れないんですか?」
「妖魔は戦場で見かけることが多い。奴らは血の匂いを好むといわれている」
血の匂いかぁ。そんな匂い、してたかなぁ? 私が自分の腕の匂いを嗅いでいると、目の前から噴き出すような声が聞こえた。……殿下?
「フリードリヒ殿下、何を面白い顔をしてらっしゃるのかしら」
殿下はそのまま、とても楽しそうにおなかを押さえて笑い出してしまった。何がツボに入ったんだろう……フリードリヒ殿下はしばらく笑った後、とても苦しそうに私に告げる。
「そう来るとは思わなかった」
「どう来ると思ってたんですか、いったい」
呼吸を整えたフリードリヒ殿下が、咳払いをして私に告げる。
「ともかく、無事でよかった」
「今さらかっこつけても、許しませんからね! ほらほら! 淑女の寝室ですよ! 早く部屋に戻ってください!」
私はフリードリヒ殿下の背中を部屋から追い出すと、扉を固く締めた。カリンが私に恐る恐る尋ねてくる。
「あの……何が起こったんですか?」
「私にわかるわけがないわ。でも明日、聖竜に会えばきっと教えてくれるんじゃないかしら――もう寝ましょう? お肌が荒れちゃうわ」
私はもぞもぞとベッドにもぐりこむと、そのまま目を閉じた。
評価や「いいね」、感想やレビューなどお待ちしております。




