第21話 予感
シュテファン王子がベッドで書類に目を通していると、廊下の方から騒がしい足音が聞こえてきて目を上げた。入り口の兵士を押しのけるように入ってきたフリードリヒ王子を見て、シュテファン王子が苦笑を浮かべる。
「フリードリヒ、リディアはどうしたんだい」
「そんなことより兄上! お身体はご無事ですか!」
ベッドサイドで息を切らすフリードリヒに、シュテファン王子は微笑んで頷いた。
「見ての通り、元気だよ」
その力のない声を聞き、フリードリヒ王子の顔が歪む。シュテファン王子の手から書類をひったくるように取り上げ、声を荒げる。
「兄上! あれほど無理はなさらぬようにと申し上げたはず!」
「無理はしてないさ。ただできるうちにできることをしているまでだよ」
フリードリヒ王子が腰を落とし、シュテファン王子と目線の高さを合わせて告げる。
「顔色が悪い……そんな状態でなぜ政務などなさるのですか!」
「父上にすべて押し付けたら、今度は父上が倒れてしまうだろう? 考えるまでもない――それより、聖竜とはどうなったんだい?」
唇を引き結んだフリードリヒ王子が、書類をベッドに置いて答える。
「リディアは星の乙女の試練を通過しました。聖竜は別の結界に飛び立ち、この地を離れたようです」
シュテファン王子が目を細めてフリードリヒ王子の目を見つめた。しばらく見つめ合った後、フッと笑みをこぼして告げる。
「そうか、竜峰山に星竜神の封印結界があったんだね。ということは、あの地に妖魔が封印されているというわけだ。リディアが封印のほころびを修繕できたから、聖竜は別の結界維持に回った。リディアの聖女の資質は、無事に証明されてしまったわけだ」
フリードリヒ王子が悔しそうに歯を噛みしめた。強く握った拳を震わせながら、シュテファン王子に告げる。
「……なぜ兄上のお身体がこうも弱いのか。やはり兄上こそ王になるにふさわしいというのに」
「生まれ持った身体を嘆いても始まらないさ。おまえが頑健で良かったと、心底思うよ。これで兄弟そろって病弱だったら、王家が危ぶまれたからね」
肩をすくめて微笑むシュテファン王子に、フリードリヒ王子が告げる。
「兄上! 冗談を言ってる場合ではありません! すぐに横になってください!」
シュテファン王子の視線が部屋の入り口に向けられる――そこには、戸惑うようにしてたたずむリディアと、白髪の少女の姿があった。
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シュテファン殿下の部屋の前に辿り着くと、フリードリヒ殿下の大きな声が聞こえてきた。その声を聞いている兵士たちも、どこかつらそうにうつむいている。
「リディアです。フリードリヒ殿下は中にいらっしゃるのね?」
「はっ!」
敬礼をして答える兵士に頷き返し、私は部屋の入り口に立った。
「兄上! 冗談を言ってる場合ではありません! すぐに横になってください!」
フリードリヒ殿下の鋭い声が部屋に響き渡った。そっか、そんなに具合が悪いのか。兄弟の会話に割って入ったら悪いかなぁ。でも、ここで立ち聞きするのも失礼だし……どうしよう? 迷っていると、シュテファン殿下がこちらに視線を向けて微笑んだ。
「やぁ、お帰りリディア。入っておいで」
私は頷いてティルニアと一緒に、フリードリヒ殿下の隣に歩いていく。
「シュテファン殿下のお身体、そんなに悪いのですか」
「なぁに、フリードリヒが大げさなだけさ。このくらい、いつものことだよ。たかが十日ちょっとの政務で倒れるなんて、情けないね」
力なく笑うシュテファン殿下は、どこか精彩を欠いていた。そしてその顔を見てると嫌な予感が胸をよぎる――殿下の存在が、遠く感じる。このままじゃ危ない気がした。ティルニアが冷たい眼差しをシュテファン殿下に向けて告げる。
「人間、自分の死期が近いことを悟ってますね?」
シュテファン殿下の目が薄く細められ、ティルニアの顔を見つめた。
「……リディア、この子は?」
私がどう説明しようか迷っていると、フリードリヒ殿下が代わりに答える。
「聖竜の娘です。旅立つ聖竜に代わり、リディアのそばに残りました」
「ふーん……竜種か。なるほどね」
小さく何度も頷くシュテファン殿下に、ティルニアが再び告げる。
「自分が死ぬことを理解していながら、なぜそうも静かなのですか」
フリードリヒ殿下が鋭い声で告げる。
「兄上は死なない! まだ大丈夫だ!」
シュテファン殿下がフッと笑ってフリードリヒ殿下に告げる。
「聖竜の娘の言葉だ。ならばやはり、私の死期は近いのだろう。王家のことをフリードリヒに託しても構わないかい? 頼りない兄で、すまなかったね」
「兄上! そのように気弱なことを仰らないでください! きちんと静養なされば、回復するはずです!」
シュテファン殿下は目線を落として微笑むだけだ。確かに血色が悪い。相当無理をしたのかな。今シュテファン殿下を失うのは、この国のためにならない気がする。フリードリヒ殿下には、まだシュテファン殿下が必要だ。私はティルニアに向き直り、彼女に尋ねる。
「ねぇティルニア、どうにかしてシュテファン殿下を助けて差し上げられないかな」
「この人間を助けたいのですか? 星の乙女であるあなたなら、不可能ではありませんが――ですが、成功する保証はありませんよ?」
私はティルニアの肩に両手を置いて頷いた。
「望みがあるなら、それに賭けたいの」
ティルニアは私の目をしばらく見つめたあと、ため息をついた。
「……星の乙女には『癒しの奇跡』を行う力があります。この人間にどこまで通じるかは、やってみなければわかりません。怪我や病気なら癒せますが、体質までは治りませんから」
「ティルニア、やり方を教えて」
彼女はフッと笑みを浮かべて答える。
「変わりませんよ。星竜神様に奇跡を祈ってください。星の乙女の祈りが星竜神様に届けば、その願いは叶えられるでしょう」
そっか、また祈ればいいのか。私はシュテファン殿下に向き直り、両手を組んで目をつぶった。フリードリヒ殿下のお兄さん。ちょっと意地が悪いけど、今のフリードリヒ殿下に欠かせない人。この人の命を、どうかお救いください――私の胸の奥から、強い力が湧いてくる。私は確信を持って祈りを続け、その力がシュテファン殿下を包むのを感じていた。目を開けると、驚いた顔のシュテファン殿下が私を見つめていた。
「……これが星の乙女、か。さっきまでの苦しさが嘘のようだ」
シュテファン殿下の血色がよくなってる。私は安心して微笑んだ。
「たぶん、今すぐ命に関わるようなことにはなりません。ですが決して無理はなさらないでください」
フリードリヒ殿下が、勢いよくシュテファン殿下に抱き着いた。シュテファン殿下は、黙ってその背中を手で優しく叩いていた。
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シュテファン殿下の寝室から出た私たちは、自分たちの部屋に向かって廊下を歩いていた。隣を歩くフリードリヒ殿下が、私に小声で告げる。
「……ありがとう、リディア」
「なんのことでしょう? 私はこの国のためにできることをしたまでですわ。お礼を言っていただくような覚えはありません」
反対側を歩くティルニアが、私の手を握りながら告げる。
「人間、過信はしないように。星の乙女が癒したのは極度の疲労のみです。また無理をさせれば、あの人間は倒れますよ」
「わかっている。もう無理などさせない」
「本当にわかっていますか? あの人間は、覚悟を持った目をしていました。きっと自分の身体より、仕事を優先しますよ」
フリードリヒ殿下が、驚いたようにティルニアに振り向いた。
「なぜ、そんなことを……」
「本人に聞きなさい――と言っても、あの人間は心の内を語らないでしょう。この国のためを思って動いている、そう見えました」
今は、自分の命より王国のために働く方が大事だと判断してる? あのシュテファン殿下が? 何のために――もしかして、フリードリヒ殿下を立太子させる準備を進めてる? シュテファン殿下は二十歳を超えてる。婚約者がいるなら、結婚してないのは不自然だ。フリードリヒ殿下の政敵対策を、今のうちにしたい? 考え過ぎかな……いやでも、シュテファン殿下なら、そのくらいは考えそうだ。私はフリードリヒ殿下の顔を見上げた。不安げな表情で前を向いているその横顔を、なんとか慰めたかった。私は言葉を探しながらも、言い出せないまま殿下と廊下を歩き続けた。




