第22話 私たちの未来
私が部屋に戻ろうとすると、部屋の入り口にカリンがぽつんとたたずんでいた。私たちが近づくと、カリンが笑顔で私たちを迎える。
「姫様、アルティナウスから荷物が到着しています。それに合わせて姫様の部屋も移動となったそうです」
「移動? どこになったのかしら?」
「フリードリヒ殿下の寝室の隣だと伺ってます」
え。隣の部屋? フリードリヒ殿下の顔を見上げると、殿下が苦笑を浮かべて私に告げる。
「本来は王子妃が使う部屋だ。父上め、リディアを逃す気がないのだろうな――こっちだ」
フリードリヒ殿下が歩き出し、私はティルニアとカリンを連れてその後を追う。私は歩きながら、フリードリヒ殿下に尋ねる。
「王子妃の部屋なんて私にあてがって、大丈夫なのでしょうか。まだ夜天教会の決定を聞いていませんが」
「父上の決定だ。ならばありがたく従っておけ」
うーん、夜天教会と対立してでも婚姻同盟を締結する気なのかなぁ? でも国内最大手の宗教団体に逆らうとか、国王陛下が選択する? 何があったんだろう? フリードリヒ殿下が部屋の前で足を止め、私に振り向いた。
「ここがお前の部屋だ。夕食までくつろいでおけ」
そう言うとフリードリヒ殿下は、隣の部屋に入っていった。……本当に隣なのか。入り口の兵士たちに声をかけて入室する――広いなぁ、王子妃の部屋。客間より広い気がするんだけど。あの客間も最上級の部屋じゃなかった? ここにはキッチンにダイニング、リビングにベッドルーム、クローゼットも大きなものが備え付けられてる。荷物は全部荷ほどきされていて、アルティナウスを出るときに持ち込んだものが全部並んでいた。これでしばらく夜会で困ることはなさそうだ。クローゼットから出ると、カリンが紅茶を入れて待っていた。
「姫様、どうか旅の疲れを癒してください」
「疲れてるのはカリンもじゃないの? 一緒に座りましょう?」
私が微笑んで告げると、カリンが頷いて私と一緒にソファに腰を下ろした。ティルニアも一緒になって紅茶を飲み――って、竜が紅茶を飲んだ?!
「ティルニア、紅茶飲めるの?!」
「飲めますよ! 必要がないだけで、食事は可能です!」
そっか、『可能』なだけか。竜種も大変だなぁ。私は久しぶりの紅茶を味わいながら、カリンに尋ねる。
「これからこの国はどうなるのかしら。夜天教会と争うとは思えないのですけど」
私のひとりごとのような言葉に、カリンは困ったように微笑んだ。
「姫様が思うように行動なされば、それが正しい道だと思います」
んー、正しい道か。正解を選び続けるのは、大変だなぁ。私たち三人がのんびりとした時間を過ごしていると、部屋の入り口に兵士が姿を見せた。
「失礼します! 国王陛下が謁見の間でお待ちです!」
謁見の間? なんでそんな改まったところで。私は微笑んで兵士に答える。
「ありがとう、今行きますと伝えてください」
兵士が立ち去るのを見送ると、ティーカップをテーブルに戻して立ち上がった。
「それでは行ってきますね」
一人で部屋を出ようとする私に、ティルニアが追いついてきた。
「星の乙女、私も行きます!」
え、それはさすがにまずい気がするぞ?
「でもティルニア、謁見の間にあなたを連れていくのは――」
「問題ありません! 行けばわかります!」
そうなの? まぁ、そこまで言うなら連れていくか。追い返されたら戻ってきてもらえばいいし。国王陛下にもティルニアは紹介しないとだし。私はティルニアと手をつないでカリンに送り出され、二人で廊下を歩き出した。隣の部屋を見ると、フリードリヒ殿下の姿がない。入り口の兵士に私は尋ねる。
「殿下はどちらに?」
「はっ! シュテファン殿下を呼びに行かれました!」
え? 病み上がりのシュテファン殿下まで? どういうことだろう? ティルニアが小さく息をついて呟く。
「星の乙女を放置して兄を取りますか。まだまだですね」
「そう言わないで。それだけシュテファン殿下のことが心配なのよ――先に行きましょう?」
私たちは謁見の間に向けて、廊下を歩いていった。
****
謁見の間に辿り着くと、王家全員がそろってるようだった。うーん、道に迷ってるうちにフリードリヒ殿下に追い抜かれたか。他には――ツェルネ司祭長? それと見知らぬ壮年の男性。真っ赤なスーツに全身を包んだ貴族風の風体。派手な格好だなぁ。えーと、序列的にはどこに並んだらいいのかな。婚約者でも、フリードリヒ殿下の隣に並んでいいんだろうか。私が少し悩んでいると、フリードリヒ殿下が私に向かって手を挙げた。
「こっちだリディア」
あ、あってた。私は微笑んで頷くと、フリードリヒ殿下の隣に立つ。殿下の反対側では血色がよくなったシュテファン殿下が微笑んでいる。んー、この場に私がいてもいいのかな? 国王陛下が一同を見渡し、よく通る声で告げる。
「全員そろったな――ではツェルネ司祭長、報告を述べよ」
ツェルネ司祭長が国王陛下の正面でひざまずいた。
「本日は夜天教会本部からの使者をお連れしております。暫定的な決定ですが、取り急ぎご報告に参りました」
国王陛下が頷いて、赤いスーツの男性に目を向けた。
「ではその内容を聞こう」
赤いスーツの男性がツェルネ司祭長の隣に立ち――ひざまずかない?! え、だってこれ国王陛下との謁見なんだけど?! ものすごい失礼だよ?! 赤いスーツの男性はニコニコと微笑みながら国王陛下に告げる。
「私はケラウス公爵、とでも名乗っておこうか。頭の固い教会本部の人間を説得し、その代表としてここに来た――星の乙女、君もこっちにおいで」
え、私? 今、私のことを呼んだ? 私は恐る恐る前に出て――行こうとしたら、ティルニアに手を掴まれてぐいぐいと引っ張られた。
「何をしているのですか! さっさと行きましょう!」
「待ってティルニア! これじゃ滅茶苦茶よ?!」
ティルニアは楽しげな笑みで私に答える。
「人間の常識など、私たちには関係ないのです!」
いやーそう言い切られると困っちゃうなぁ。国王陛下を盗み見ると、やっぱり驚いて目を見開いているようだった。赤いスーツの男性――ケラウス公爵の隣に辿り着くと、彼はティルニアの前でひざまずいた。え。そっち?
「ティルニア様、お久しぶりでございます」
「ケラウス、あなたも元気そうね」
なんだか親し気な空気を醸し出してるけど……いや、国王陛下の前でこれは、大変な無礼だよ? 国王陛下が少しイラついた様子で声を上げる。
「そこの娘は何者だ!」
ティルニアがため息をついて国王陛下を冷たい眼差しで見据えた。彼女の深い青色の瞳が、国王陛下を射抜いていた。
「聖竜の娘、と言えばわかるかしら。人間風情に名乗る名は持ち合わせていないわ」
国王陛下が気圧されたように身じろぎした。いやティルニア、国王陛下を脅かさないで……。ケラウス公爵が楽しげな笑い声を上げながら国王陛下に告げる。
「君は少し黙ってみているといい――星の乙女、君に質問がある。それに答えてもらえるかな?」
微笑むケラウス公爵を見つめ返し、私は黙って頷いた。何を問われるんだろう?
「君はまだ、『星の乙女』を星竜神様に返したいと、そう思っているかい?」
私はすぐには答えられず、言葉を選んで答える。
「それは……今は少し、気持ちが変わってきています。返せるものなら返したいと思う気持ちに、嘘はありません。ですが、この力があるからこそ救える人がいることも知りました。星竜神を信仰する気持ちは、まだ持てる自信がありません。それでも、アルティナウス第二王女として、そして一人の女性として、できることをしていければと思っています」
「その道が、たとえフリードリヒ王子との別れだとしても?」
フリードリヒ殿下と別れる――そんな未来は想像できなかった。私は心からの笑みでケラウス公爵に答える。
「それは私が選ぶ道ではありません。私の道は、殿下と共にありますから」
ケラウス公爵が満足そうに頷いた。
「では、夜天教会本部からの暫定結論を伝えよう――『君がこの国で星の乙女の務めを果たせるなら、婚姻しても構わない』という約束を取り付けた。星竜神様の名の下に、この約束をたがえないと誓おう」
――え、今、なんて?
「私は、フリードリヒ殿下との婚姻を許されたのですか?」
「君が無事にこの国で務めを果たせるなら、だけどね。それはこれから時間をかけて、私が見ていこう。だがきっと君なら大丈夫だろう。今の君には、星竜神様の祝福がある。道はきっと開けるとも」
私は思わずフリードリヒ殿下に振り向いた。彼も信じられないように目を見開いてこちらを見つめていた。国王陛下を見ても、驚いて声が出ないようだ。ティルニアが元気な声で告げる。
「ひとまず! 一件落着なのです! あとは星の乙女が失敗しなければ問題ないのです!」
「……ほんとに? でも、なんで? どうしてこんな結果に? もっと時間がかかるって聞いていたのに」
混乱している私に、ケラウス公爵がウィンクをして答える。
「私も竜種だ。飛竜などよりずっと速く空を飛べる私が、夜天教会本部を説得して情報を運んできた。ただそれだけのことだよ」
「説得って……なんで、竜種が?」
「おやおや? 聖竜様は何も仰らなかったのかな? 君に便宜を図るよう、指示を受けたのだけど」
あ……言ってた。確かに『試練に合格したら便宜を図る』って言ってた。すっかり忘れてた。改めて国王陛下を見ると、嬉しそうに頷いていた。
「事情は今一つわからんが、それは後程報告を上げよ。今はリディアを王家に迎えられる幸運を祝おうではないか!」
シュテファン殿下が大きな音で拍手を始めた。その場にいるみんなが笑顔で私とフリードリヒ殿下を祝ってくれている。シュテファン殿下に背中を押されたフリードリヒ殿下が、私のところに歩いてきた。戸惑う彼が、私に尋ねる。
「これは……夢ではないだろうな。突然のことで、なにがなにやら……」
私は笑顔で頷いて答える。
「私もですわ! ですが、今は得難い幸運を喜びましょう?」
フリードリヒ殿下が私の手を取り、その甲に唇を落とした。
「我が妻リディア、君を歓迎しよう」
「……はい!」
私たち二人を包む拍手は、しばらくの間鳴りやむことがなかった。
その日から、私は正式にセクレトス王国第二王子の婚約者となった。
人質婚から始まった婚姻だけれど、私の隣にフリードリヒ殿下がいてくれる。それだけで今は幸せだ。問題はまだまだ山積みだけど、この国を私たちの手で栄えさせてやる!
第1部はこれにて完結です。
第2部については未定ですが、また機会と気力が整いましたら続きをお届けできればと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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