第20話 魂の資質
セクレトス国王が執務室で書類に向かっていると、軽いノックの音が聞こえて顔を上げた――シュテファン王子だ。彼は微笑みながら部屋に入ってきて父親に告げる。
「父上、内密のご相談があるのですが、よろしいですか」
セクレトス国王はシュテファン王子の顔を見つめ、黙って頷いた。
二人きりになった執務室、ソファに向かい合って座るセクレトス国王がシュテファン王子に尋ねる。
「それで、何の用だ。おまえも忙しい身だろうに」
シュテファン王子がクスリと笑みをこぼして答える。
「ええ、フリードリヒがいないと大変ですね。そろそろ竜峰山から戻る頃ですが、その日が待ち遠しい」
セクレトス国王がシュテファン王子の顔をまじまじと見て告げる。
「シュテファン、顔色が悪いぞ。無理に政務をする必要はない。無理だと思ったら私たちに書類を回しなさい」
「フリードリヒはこの程度の仕事、毎日こなしていました。王になればさらに増える。泣き言は言っていられませんよ――ところで父上、リディアのことはどうお考えですか」
セクレトス国王の片眉がピクリと動いた。シュテファン王子の真意を見定めるように、その瞳を見つめる。
「……どう、とは? はっきり言わんか」
「彼女の身柄を夜天教会から要求されたとき、父上はどう動かれるおつもりですか」
シュテファン王子の言葉に、セクレトス国王がため息で答える。
「今さらそれを聞いて何になる。我が王家と言えど夜天教会に逆らう力は持っていない。身柄を要求されれば、引き渡さざるをえまい」
「では質問を変えましょう。フリードリヒの妻として、リディアをどの程度必要だと考えておられますか?」
セクレトス国王が紅茶が入ったカップに視線を落とし、ポツリと呟く。
「フリードリヒの妻として、彼女は必要な人間だ。我が王家にとっても、彼女は力になってくれる人材だろう。星の乙女でなければと、何度思ったことか」
「ではもうひとつ、立太子について今の父上のお考えをお聞かせください。私とフリードリヒ、どちらがよりこの国を良き未来へ導いていけるとお考えですか」
「……それを知ってどうする。おまえが知るべきことではない」
シュテファン王子が微笑みながら国王に答える。
「では、私の推測を述べさせていただきます。おそらく父上はこうお考えのはず――私では健康上の理由から、王の責務を果たすのが難しいと。フリードリヒには問題が多いですが、リディアがそばにいれば克服できる問題だと。つまり、父上はリディアを王家に取り込めるなら、フリードリヒを立太子させたいとお考えだ――違いますか?」
珍しく饒舌に内心を語るシュテファン王子を、セクレトス国王は黙って見つめていた。
「……何を考えている?」
シュテファン王子がニコリと微笑んで立ち上がった。
「いえ、父上のお考えを確かめておきたかっただけです。迷うことはないと私は考えます。父上のお考えは、きっと正しい」
それだけ告げると、シュテファン王子は執務室を辞去していた。部屋に残されたセクレトス国王がため息をついてから紅茶を一口飲む。
「私の考え方が正しい、か。そうであればいいのだがな」
国王が政務に戻ろうとソファから立ち上がった時、扉が開かれて兵士が飛び込んできた。
「失礼します! シュテファン王子がお倒れになりました!」
国王は目を見開いてわずかな時間硬直したあと、すぐさま部屋の外に飛び出した。
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私たちは竜峰山から王都までの帰路を、飛竜に乗って旅していた。もう今日中には王宮に着く。私はティルニアを前に抱えながら、高い空の風を浴びていた。
「もし私が星の乙女じゃなければ、こんな面倒なことにはならなかったのかなぁ。フリードリヒ殿下との人質婚もすんなり成立して、今頃は王宮で働き始めてたかも……」
ティルニアが楽しげな声で私に答える。
「それは考えるだけ無意味です! 星の乙女は生まれた時から定められた、魂の宿命なのです! あなたは『星竜神様から聖号を授けられたから星の乙女』なのではありません! 『星の乙女だから聖号を授かった』のです!」
私はきょとんとしてティルニアの後頭部を見つめた。生まれた時から? どういうこと?
「ねぇティルニア、もっとわかりやすく言ってもらえる? 私は神学にそこまで詳しくないの」
「つまり! 『あなたがあなたである限り、それが星の乙女である』と言っているのです! 『もしも星の乙女でなければ』というのは、『自分が自分でなかったら』という意味のない問いになります! 星の乙女は魂に授けられる聖号、あなたがその魂を持って地上に生まれ落ちた時から、星の乙女になることは決まっていたのです!」
『私が私であるかぎり、私は星の乙女』、か。じゃあ、偶然や神の気まぐれじゃなく、私はなるべくして星の乙女になったのかなぁ。となると、この面倒な人生も生まれた時から決まっていたこと? それこそ神様に恨み言を言いたくなる話だけど。私がもやもやと考えていると、フリードリヒ殿下が背後から私に告げる。
「よくわからんが、おまえはおまえらしく生きればいいのではないか。俺が俺以外になれないように、おまえもおまえ以外にはなれないだろう」
「殿下……いえ、そうですわね。私はアルティナウス第二王女、リディア。王家に生まれ落ち、国家のために嫁いできた女です。初心を忘れては、いけませんでしたわね」
そうだ、私の双肩にはアルティナウスの平和がかかってる。そしてこの国でも私にできることはまだたくさんあるはずだ。星の乙女としてできることがどれほどあるかはわからない。星竜神にも、信仰心を持てる自信なんてない。だからなんだっていうんだ! 私が私である限り、できる精一杯を貫くだけだ!
ティルニアが私に振り向いて微笑んだ。
「星の乙女、ようやく魂が輝き始めましたね! あなたは竜に愛されし魂! あなたには私たち竜種がついています! それを忘れないでください!」
楽しげな笑みを浮かべるティルニアを抱きしめながら、私は笑顔で頷いた。遠くに王都が見えてくる――よーし、夜天教会だろうとなんだろうと、あがけるだけあがいてやるぞ!
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王宮の中庭に飛竜が降り立つと、兵士が慌てた顔で駆け寄ってきた。
「フリードリヒ殿下! シュテファン殿下が寝室でお呼びです!」
その報告を聞いた瞬間、フリードリヒ殿下の顔から血の気が引いた気がした。私を飛竜から降ろした殿下が私に告げる。
「すまない、俺は先に兄上の寝室に向かう」
駆け出そうとしたフリードリヒ殿下を、ティルニアが鋭い声で呼び止める。
「待ちなさい人間! あなたが今もっとも大事にすべき相手が誰か、今一度考えなさい!」
眉をひそめて戸惑うフリードリヒ殿下がティルニアの顔を見つめた。身体はシュテファン殿下のところに行きたがってるのに、殿下の意思がこの場に足を縫い留めているようだった。私は苦笑を浮かべながらティルニアに告げる。
「ねぇティルニア。私は大丈夫よ――フリードリヒ殿下、早くシュテファン殿下の下へ」
私が笑顔で告げると、フリードリヒ殿下は「すまない」と告げて矢のように駆け出していった。ティルニアが私に振り向いて尋ねる。
「本当にあれでよかったのですか?」
「うん、あれでいいんだよ。フリードリヒ殿下にとって、シュテファン殿下のことは誰かと比べることができないもの。夫に我慢をさせるだけが、妻の在り方じゃないでしょう?」
ティルニアが小さく息をついて私に答える。
「ですが、だからといって妻が我慢すればいいというのも違うと思いますよ」
「それもわかってるよ――ねぇ、シュテファン殿下の寝室に案内してもらえるかしら」
私は近くの兵士を呼び止め、ティルニアと一緒にシュテファン殿下の寝室に向かった。




