第18話 使命
私たちを乗せた飛竜は、陽が落ちる間際の砦の前に降り立った。フリードリヒ殿下が先に飛竜から降りて、私に手を差し出してくる。私は黙ってその手を借りて、地面に下りた。フリードリヒ殿下が他の騎士たちに指示を出していく。
「飛竜を竜舎へ入れておけ! そのあとは各自、明朝まで休息を取れ!」
騎士たちの返事を聞いて頷いたフリードリヒ殿下が、私の手を引いて砦の入り口に向かう。いや、なんでつなぎっぱなしなんだろう? 困惑する私をよそに、殿下は入り口の兵士たちに告げる。
「ゼクレゾン侯爵はおられるか」
「いえ、現在は本宅におられるかと!」
「十名だ。食事と寝床を用意してくれ」
入り口の兵士が敬礼をして砦の中に駆け込んでいった。フリードリヒ殿下は私の手を引きながら、砦の中に入っていく。私は握られた手を見つめながら殿下に尋ねる。
「殿下、その、手が……」
「痛かったか? もう少し優しくした方がよかったか」
いえそうではなく。なんて言おう? 『離せ』じゃ嫌がってるみたいだし、でも兵士たちに見られてるし。でも私たち、婚約者だしなぁ? でも婚前の男女が公衆の面前で手をつなぐとか、さすがにどうなの? 私がうんうんと悩んでいると、首元からティルニアが告げる。
『人間、もう少し考えて動きなさい』
フリードリヒ殿下がティルニアを見つめたあと、私の手を放してくれた。体温が私の手から離れていく感触が寂しくて、思わず口から「あっ」とこぼれていた。フリードリヒ殿下は私の顔を見つめて尋ねてくる。
「どうした。なにかあったか」
「いえその……なんでもありません」
ティルニアが小さく息をついた。フリードリヒ殿下は前を向いて歩き出す。私はその背中を追いかけるように歩いていった。
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砦の食堂に集まった私たちは、それぞれテーブルについて夕食を口にしていた。質素なスープとパン、それと新鮮な肉料理。なんでお肉だけ豪華なんだ? 私が小首を傾げていると、フリードリヒ殿下が告げる。
「この辺りは野生動物が多い。昼間のうちに狩猟に出て、獲物を捕獲してくる。根菜類は土地がやせていて収穫量が低い。この辺りはそういう土地柄だ」
ほー、ゼクレゾン侯爵領ってそういう土地なのか。まぁ敷地のかなりの面積が山岳地帯だしなぁ。畑を作るのは大変か。
「この土地の名産品は何があるのですか?」
「名産品、といえるかはわからんが、飛竜だな。交易で主力になるものはない。この土地は飛竜で賄われている」
ほぅほぅ。まぁ重要軍事資源だし、国からも助成金が出てそうだなぁ。そういえばさっき、入り口で侯爵の不在を確認してたっけ。もしかして、『片道二日、往復五日』の日程に関係あるのかな? 私は口の中のパンを水で流し込むと、フリードリヒ殿下に尋ねる。
「殿下はもしかして、ゼクレゾン侯爵に会われるつもりだったのですか?」
「そうだ。何が起ころうと侯爵には報告を上げておかねばならん。今回は特に、聖竜が山を離れた。伝えぬわけにはいくまい」
私は小首を傾げてフリードリヒ殿下に尋ねる。
「ゼクレゾン侯爵とは、どんな方なのですか?」
「三年前から世話になっている軍人だ。俺の剣の師匠でもある。強い男だぞ」
おっと、フリードリヒ殿下の親しい人か。貴族では初めて会うことになるのかな。ちゃんと挨拶しておかないと……でも、どう説明しよう? 『婚約者ですが、場合によっては破談します!』とか、複雑すぎて説明しきれない。でもただ婚約者ですと伝えるのも、なんか違う気がするしー。私が眉をひそめて考え込んでいると、横からカリンが微笑んで私に告げる。
「姫様、深く考え過ぎです。もっと気楽に行きましょう」
「気楽ですか……そんな気楽な立場ならよかったのですけれど」
フリードリヒ殿下が肉料理を平らげて私に告げる。
「何を悩んでいるのかはわからんが、説明は俺がする。心配はいらん」
その殿下の『説明』が心配なんだけどなーっ?! でも付き合いが長い相手なら、なんとかなるのかなー。私は椅子に座っているティルニアを見下ろして尋ねる。
「ティルニアはどう思う?」
『私には関係のないことです!』
う、冷たい……そうか、私の人間関係にはあんまり興味がないのかな、この子。食事をする様子もないし、退屈してそうだ。早く食べ終わってあげないと。私が小さく息をつくと、ティルニアが元気な声で告げる。
『考え過ぎだと言っているのです! 星の乙女はそれだけで価値があることなのですよ? もっとどっしり構えてください!』
どっしり、どっしりか~。私はゼクレゾン侯爵にどんな挨拶をするべきか、あれこれ悩みながら食事を口に運んでいった。
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夕食が終わり、割り当てられた寝室に向かう。私とカリン、そしてフリードリヒ殿下は、将官用の小部屋を借りられたみたいだ。従者と騎士たちは、それぞれ別の部屋に向かった。私はカリンとティルニアを連れて、部屋に入る――と、その前に。フリードリヒ殿下に向かい、微笑んで告げる。
「おやすみなさいませ、フリードリヒ殿下」
殿下の動きが止まった。おや? どうしたのかな? しばらく眉をひそめて悩んでる様子のフリードリヒ殿下が、小さく頷いて答える。
「ああ、よい夢を」
――あの殿下が! 社交辞令を! これは大事件では?! 私が驚愕していると、どこか照れくさそうなフリードリヒ殿下がすぐに自分の部屋に引っ込んでしまった。そっかー、まだ言い慣れないか。そこは仕方がないかな。私を練習台にして、上達してもらわないと。少し上機嫌になりながら部屋に入り、カリンに着替えを手伝ってもらう。ネグリジェに着替えた私がベッドにもぐりこむと、枕元にティルニアが潜り込んできた。
『お邪魔します!』
「あなた、寝るときも一緒なの?」
『病めるときも健やかなるときも! 私は星の乙女と共にありますから!』
結婚式かな? 女の子だったし、同性愛者というわけじゃないはずだけど。そもそも種族が違うし。あ、そういえば。
「ねぇティルニア、あなたのお母さんはどこにいるの?」
『お母様ですか? 七百年前に亡くなりました! お母様は通常の竜種だったので、それほど長生きはできなかったのです!』
あ、寿命ってことか。じゃあ聖竜だけが特別で、その血を受け継いだティルニアは聖竜の性質で長生きしてる、と。
「親より長生きするって、寂しくない? 大丈夫?」
『何を言ってるのですか! 人間だって、親が先に死ぬのが定めなのです!』
いやまぁ、そりゃそうなんだけどさ。
「でもあなた、まだ子供でしょう?」
『人間と同じ尺度で見てほしくはないのです! これでも立派な成体を目指している最中なのです! お父様のような立派な聖竜に、私はなるのです!』
「聖竜になるのが夢なの?」
『夢ではありません! これは一族の使命ですから!』
一族の使命――まるで『星の乙女』みたいだ。
「ねぇティルニア、あなたはそんな人生に不満を持ったことはないの?」
『ありますよ? ですが、私はその星の下に生まれました! どんなに人間が嫌いでも、私はお父様の後を継いで人間たちを守らなければなりません! これは星竜神様を信仰する者として、譲れないものなのです!』
『人間が嫌い』なのに『人間を守る』かぁ。ティルニアも複雑なんだなぁ。能天気に見えるけど。
「そっか、お互い頑張ろっか」
『はい! 星の乙女こそ頑張ってください! 先は長いですよ!』
カリンが苦笑を浮かべながら私たちに告げる。
「そろそろお休みください。明かりを消しますよ」
彼女の手がランタンの火を消すと、室内が薄暗くなった。残った燭台の明かりだけが部屋の中を照らしている。私はティルニアに頬をくっつけながら、目をつぶった。




