第17話 試練
泣いている私の背後から、ティルニアが元気な声で告げる。
「星の乙女! 泣いている場合ではありません! 事態は何も終わっていませんよ!」
驚いた私は、涙を手で拭いながらティルニアに振り返る。
「それは……どういう? だって、伯爵は倒したじゃ……」
「伯爵はここに封じられている『力ある妖魔』の一匹に過ぎません! 封印結界のほころびから抜け出てきた、雑魚です! ですからネクスト・ステップ! 星の乙女には封印結界の修繕を行っていただきます!」
あれでまだ弱いっていうの? それじゃあ、ここにはいったいどれほど強い妖魔が……ううん、今はそれどころじゃないわね。自分がやれることをやらないと。私はしっかりとティルニアに頷き、彼女に尋ねる。
「どうしたらいいの? 教えて」
ティルニアが伯爵が座っていた辺りを指さして告げる。
「あの場所に座ってください! そして星竜神様に結界の強化を祈ってほしいのです! お父様が支えているとはいえ、それにも限界があります! なるべく急いでいただけると助かります!」
私はフリードリヒ殿下から離れ、まっすぐ結界の中央へと向かった。元々あった安楽椅子も、今は消えてなくなっている。伯爵が読んでいた本も見当たらない。……危なくは、ないよね? 結界の中央で膝をつき、星竜神へ祈りを捧げる――星竜神、この結界を元通りの姿に戻してください。……ダメか。やっぱり力は湧いてこない。必死さが足りないのかなぁ。眉をひそめて祈り方を試している私の背中に、ティルニアが声をかけてくる。
「ここはこの人間たちが住まう国です! この結界が壊れれば、まず最初にこの国に住む人間が妖魔の犠牲になります! 救いたい人、守りたいものをよく思い出してください!」
……ここはフリードリヒ殿下の国、そして先日からは、私の国でもある。そこに住む人々の暮らしが脅かされ、さっきの私みたいに『誰かを失う恐怖』を味わうなんて、させられない。星竜神様、お願いです。私の、フリードリヒ様の国をどうかお守りください――。
今度は私の胸の中に温かい力が満ちてきた。その力を確かめると、私はさらに祈りを強めていく。民衆の笑顔、朝の平穏な空気、子供たちが健やかに育つ未来。それを支えるのが私たち王族の役目。そんな私たちに、脅威から身を守る力をお貸しください――胸の力が熱く熱くたぎってくる。その力が私の身体を通して大地に流れていくのを感じる。私の身体から力が抜けきって、眩暈を覚えて身体がふらついた。
「――リディア!」
フリードリヒ殿下の声が聞こえ、私の身体は殿下の腕に抱き留められていた。ぼんやりする頭で、殿下の顔を確認する。
「……殿下、この国を……豊かにしていきましょうね。私たちの手で、必ず」
殿下は真剣な顔で私の目を見つめていた。彼が小さく頷いたのを最後に、私の記憶は途切れた。
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リディアが気絶すると同時に、フリードリヒ王子や竜騎士たちを包んでいた被膜のような防御結界が霧散した。慌てる騎士たちが声を上げる。
「おい、光が消えたぞ!」
「瘴気は大丈夫なのか?!」
ティルニアが冷たい声で彼らに告げる。
「慌てる必要はありません。伯爵が滅びたことにより、この場の瘴気は薄まっています。もう即死するほどの濃度はありません――フリードリヒ、といいましたね。星の乙女を連れてきてください。この場所から外に出ます」
フリードリヒ王子が肩越しに頷きリディアを両腕で抱え上げた。そのまま歩き出すフリードリヒ王子の後ろを、竜騎士たちが続いていく。先頭を歩くティルニアに、フリードリヒ王子が尋ねる。
「これで試練は終了か」
「ええ、無事に通過しました。及第点、といったところでしょうか。星の乙女はまだ不完全です。いつか十全に力を使える日が来るかもしれませんが、まだ時間がかかりそうですね」
「……彼女の人生はどうなる」
「それを知ってどうするのですか? あなたが知る必要のないことです」
「リディアは、俺の妻になる女性だ。知る権利はある」
ティルニアが足を止め、フリードリヒ王子に振り返った。冷たい眼差しを王子に定め、じっと見つめる。彼はその視線をまっすぐ受け止めたまま、答えを待った。
「……出てくる言葉はそれだけですか」
「それ以上、必要あるまい」
ティルニアがフッと冷笑を浮かべて答える。
「時には必要になることもあります。あなたはもう少し、自分の気持ちを相手に伝えることを覚えなさい。いつまでも相手が拾ってくれると過信していると、人の心は簡単に離れますよ」
「……心する」
ティルニアが再び歩き出し、一行は洞穴から外へ抜けた。
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ティルニアたちが聖竜の下に戻ってくると、意識のないリディアを見てカリンが声を上げる。
「姫様! ご無事ですか!」
駆け寄ってくるカリンは、ティルニアを通り過ぎてまっすぐリディアの前に辿り着く。フリードリヒ王子がリディアを抱えたまま答える。
「問題ない。呼吸は正常だ。力を使い過ぎて倒れただけだろう」
カリンは安堵のため息をつくと、リディアの乱れた髪を整えていった。ティルニアはその様子を見やったあと、聖竜に向き直って告げる。
「お父様、封印の修繕が終わりました」
『確認している。それで、試練の結果はどうだった』
ティルニアが苦笑を浮かべながら答える。
「お父様がご覧になった通りかと」
聖竜の金色の瞳が昏睡するリディアを見つめる。愛情に溢れつつも、見定める冷徹な眼差しだ。
『……予想通り、ではあるがな。ではティルニア、あとは任せる。私は次の結界に向かわねばならん』
「はい、お父様。星の乙女のことはお任せください」
聖竜の羽が大きく羽ばたき――その巨体がふわりと空に浮かんだ。城のように巨大な体躯が飛竜より軽やかに空に浮かんでいく姿を見て、竜騎士たちが唖然としていた。やがて聖竜は遥か高く飛びあがると、そのまま北の方角に向かって飛び去って行った。聖竜を見送るフリードリヒ王子に、ティルニアが告げる。
「星の乙女を休ませなさい。しばらくすれば目を覚ますはずです」
頷いたフリードリヒ王子は、リディアを抱えたまま飛竜たちの元へ歩いていった。
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気が付くと、辺りは夕焼けに包まれていた。私の身体にはマントがかぶせられ、毛布の上に寝かされているようだ。頭痛を覚えながらゆっくりと起き上がると、ティルニアの元気な声が私の脳を揺らす。
『星の乙女! 気が付きましたか!』
私にまっすぐ突っ込んでくる白いもこもこ――もとい、竜の姿に戻ったティルニアが、私の顔にぶつかるように抱き着いてきた。
「いたっ! 待ってティルニア! 愛情表現が痛い!」
『無理をし過ぎです! 自分の限界を超えて力を使うとそうなります! 今度から気を付けてください!』
私の首にマフラーのように巻き付いたティルニアが、満足げに鼻息を漏らした。……いやそこ、ベッドにしないで欲しいなぁ。目の前に突然差し出された水筒に驚き、その手の持ち主を見上げる――フリードリヒ殿下。
「少し水を飲んでおけ。おまえの体調が戻り次第、ふもとの砦に向かう」
私は頷いて水筒の水を一口飲み、一息ついた……いやティルニア、私の首もとで唸らないで欲しいなぁ。
「ねぇティルニア、どうしてそうフリードリヒ殿下を嫌うの?」
『星の乙女は気になさらないでください!』
いや、何があったの……フリードリヒ殿下を見ても、眉をひそめるだけで答えてくれそうにない。もう一口水を飲んだ私は水筒をフリードリヒ殿下にお返しした。
「もう大丈夫ですわ。さぁ、飛竜に乗りましょう」
ふと気が付いて辺りを見回す――ここ、聖竜がいた場所? だけど聖竜の姿がない。小首を傾げている私に、ティルニアが告げる。
『お父様は使命を果たしに出かけられました! 私たちは王宮へ戻りましょう!』
「戻るって……まさかティルニア、あなたもついてくるの?」
『当然です!』
当然なのかー。この子の発言、危なっかしいんだよなぁ。トラブルにならないといいんだけど。私はフリードリヒ殿下の手を借りて立ち上がり飛竜の背に乗せてもらう。殿下は荷物を片付けるよう部下に指示を出し、そのまま飛竜に飛び乗った。
「まだ顔色が悪い。俺にしっかり掴まっていろ」
え、それはその……さすがに恥ずかしいというか。私が戸惑っていると、殿下の手が私の腕を掴んで自分の腰に回させた。……強制抱き着き? え? これはどんな罰ゲーム? 私は顔がほてるのを自覚して、フリードリヒ殿下の身体に顔を隠した。……殿下の匂いがする。これはこれで悪いことをしてるような、謎の背徳感が。フリードリヒ殿下が鋭い声で叫ぶ。
「竜騎士隊、出るぞ!」
飛竜がふわりと浮かび上がり、私たちを乗せた飛竜は夕暮れの空へと駆けていった。




