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神様、その聖号は返品できますか?~貧乏くじ王女、嫁いだ先は竜が住まう国でした~  作者: みつまめ つぼみ
第3章 竜が棲む山

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第16話 伯爵

 光の玉に照らされた下り坂を歩きながら、ティルニアに尋ねる。


「どうして生き物の姿がないのかしら」


「すぐにわかります! もう少しです!」


 謎の言葉で返されたけど、どういう意味? 私たちは黙々と……いや、ティルニアだけは鼻歌を歌いながら歩いていく。やがて鼻を衝くすえた臭い、まるで血が腐ったかのような、気持ち悪い空気が漂ってくる。私は眉をひそめてティルニアに尋ねる。


「これ、何の匂いなの?」


瘴気(しょうき)です! 妖魔から溢れてくる瘴気(しょうき)が、ここまで漏れてるのです! かなり結界が綻んでいますね!」


瘴気(しょうき)って……なんなのかしら」


「妖魔の魂から分泌される、邪悪の残滓(ざんし)だと思っていただければわかりやすいかと!」


 邪悪の残滓(ざんし)かぁ。悪い心って意味なのかなぁ。だんだんと瘴気(しょうき)が強くなってくると、だんだん気分が悪くなってきた。フリードリヒ殿下たちに振り返ると、騎士たちも顔色が悪くなってる。殿下はまだ無事みたいだ。私は前を歩くティルニアに尋ねる。


「ねぇティルニア、瘴気(しょうき)って吸っても大丈夫なの?」


「そろそろ危険濃度です! 長く吸っていると、人間は身体が腐り落ちます!」


「――ちょっと?! 一大事じゃない! どうしたらいいの?!」


 私が青ざめていると、ティルニアが笑顔で振り返った。


星の乙女(ラネティア)は大丈夫です! 後ろの人間が腐って死ぬだけですから!」


「大丈夫じゃなーい! どうしたらいいの?! 何か対処できないのかしら!」


 ティルニアが小首を(かし)げて私を見つめた。


「うーん、できると言えばできますし、できないと言えばできないのです!」


 どういう意味だろう……。困惑する私の背後から、フリードリヒ殿下が告げる。


「ティルニア、遊んでいる場合ではない。部下たちの命がかかっている。早く方法を教えてくれ」


 ティルニアが殺気を乗せてフリードリヒ殿下の顔を見つめた。え、そんなに名前を呼ばれたくないの? しばらく重苦しい雰囲気が続く中、フリードリヒ殿下が頭を下げた。


「頼む。俺はリディアを見捨てて戻ることも、部下を見殺しにすることもできん」


 殿下を見つめていたティルニアが、小さく息をついた。


「その態度に免じて、教えてあげましょう。星の乙女(ラネティア)の祈りでなら、瘴気(しょうき)を防ぐことができます。あとは星の乙女(ラネティア)次第ですね」


 私は驚いてティルニアを見つめた。


「私?! 私の祈りが必要なの?!」


 ティルニアが満面の笑みで私に(うなず)いた。


「はい! 人間を殺したくなければ、星竜神様に真摯な祈りを捧げてください! 彼らの命を救う祈りなら、きっと星竜神様は叶えてくださいます!」


 うーわー、責任重大。でも、やるしかないか! 私は早速両手を組み、目をつぶって祈り始める。星竜神、どうかフリードリヒ殿下たちを守る力をください。彼らが命を奪われない力を、どうか――。


 私の胸の奥から、とても温かい力が湧き出てくるのを感じた。その力が身体の外に向かって伸びていく。騎士たちが驚く声に目を開けると、フリードリヒ殿下たちを白い光の幕が包み込んでいるようだった。ティルニアが楽しそうに声を上げる。


「さすが星の乙女(ラネティア)ですね! 少し教えただけで成功させるなんて、なかなかできるものではありません! ……その人間が、よほど大切なんですね」


 最後の言葉は、妙に乾燥して聞こえた。ティルニアの視線はフリードリヒ殿下を見定めるように冷たく輝いている。彼女の深く青い瞳が、明かりを反射して輝いていた。私は恐る恐るティルニアに尋ねる。


「今のでよかったの? これは何?」


 ティルニアがパッと笑顔になって私の顔を見つめた。


「はい! 『星竜神様の加護』です! 星の乙女(ラネティア)にだけ使える、特別な守りの力ですよ! これからの戦いに、その力は必ず必要になります! 今のうちに使い方を覚えておいてください!」


 と、言われてもなぁ。必死に祈っただけだし。……それが良かったってこと? うーん、信仰心って難しい。私が眉をひそめて悩んでいると、ティルニアが私の手を引いて歩き出した。


「もうすぐ到着です! みなさん、死ぬ覚悟はできましたか?!」


 相変わらず物騒だなぁ。フリードリヒ殿下に振り返ると、長剣を鞘から抜いて部下たちと視線を交わしていた。戦闘準備を終えた私たちは、洞穴を抜けて広い空間に出た。





****


 その空間は異様な光景だった。床一面に広がる、白く輝く円形の模様。その中央には、安楽椅子に座って読書をする、一人の少女の姿。彼女は楽しそうに笑みを浮かべながら、本のページをめくっていく。ティルニアが元気な声で私に告げる。


「あれが伯爵です! 彼女を退治できれば、今回の試練は合格となります!」


 その元気な声に、本を読む少女が顔を上げた。


「あら、私に何か用? 今は読書で忙しいのだけれど」


 背後のフリードリヒ殿下たちが、私とティルニアの前に躍り出た。殿下を中心に陣形を組んで、私を背後に守る構えだ。フリードリヒ殿下が鋭い声を上げる。


「竜騎士隊、突撃!」


 殿下と騎士たちが姿勢を低くして少女――伯爵に駆け寄っていく。その手にした長剣が見事な連携で少女の身体を切り裂いていった。


「……新しいおもちゃ、ということかしら。ねぇそこの竜種、これは壊してしまってもいいの?」


 伯爵の視線の先には、ティルニアしかいない。周囲の騎士たちやその攻撃を、歯牙にもかけていなかった。何度切り刻まれても平然としている伯爵の言葉に、ティルニアは一切答えず私に笑顔で振り向いた。


「ちなみに、戦力差はこのままだと全滅です! 愛しい人に死んでほしくなければ、もっと祈りの力を強めてください!」


「――全滅って、どうすれば勝てるの?!」


「星竜神様に、伯爵を滅する力を祈ってみてください! 今の星の乙女(ラネティア)にできるかはわかりません! できなければ、彼らが死ぬだけですから気楽にいきましょう!」


 ――ちょっと?! 責任重大なんだけど?! 私は必死に星竜神に祈りを捧げていく。星竜神、どうか彼らに伯爵を打倒する力をください! だめか。今度は全然力が湧いてこない。何が違うんだろう? 目を開けると、伯爵の指先がフリードリヒ殿下に向けられ――その指先から、巨大な火球が放たれた。至近距離で火球を受けたフリードリヒ殿下の身体が、爆炎に包まれていく。


「――殿下?!」


 そんな……殿下が、やられたの? 燃え盛る人影を呆然と見つめる私に、空間を切り裂くような鋭い声が聞こえてくる。


「うろたえるな! 無事だ!」


 炎をまとった人影の中から、マントを脱ぎ棄てたフリードリヒ殿下が飛び出してきた。床を転がって服についた火を消した殿下が、素早く体勢を立て直す。息を整えたフリードリヒ殿下が、伯爵を睨み付けて長剣を構えた。伯爵が殿下に指先を向けると、殿下はそれをかわすように横にステップを踏んで距離を詰めていく。それでも構わず伯爵が指先から火球をいくつも放ち続け、洞窟内は炎に包まれていった。――ちょっとこれ、本当に倒せるんでしょうねぇ?! ティルニアが楽しげに私に告げる。


「伯爵に遊ばれてますね! このままだと数分も持ちません! あの人間も、()もなく死にます! それが嫌なら、きちんと星竜神様に祈りを捧げてください!」


 ――やればいいんでしょ、やれば! 殿下を死なせるわけにはいかない! あの人を失うわけには、いかないんだから! 私は祈りの姿勢で一心に願った。星竜神様、どうかあの人を助けてください。私の願いを、一度くらい叶えてくれてもいいじゃない! どうか、私からあの人を奪わないで!


 私の胸の奥から、とても大きく強い力が湧いてきた。その力がフリードリヒ殿下のいる方向に向かって放たれたのを感じる。驚いて目を開けると、フリードリヒ殿下は(まばゆ)い光に包まれていた。ティルニアが鋭く声を上げる。


「今です人間! その力で伯爵を倒しなさい!」


 その瞬間、フリードリヒ殿下の姿が消えた――いや、見えなくなった。私の目では捉えられないほどの動きで何度も伯爵に切りかかり、剣筋が無数の光となって襲い掛かっていた。伯爵が顔をしかめて身をよじったその時、かばおうとしていた左肩を殿下の剣が刺し貫いた。伯爵の絶叫が洞窟内に木霊し、彼女の身体が黒ずんで崩れていく。炭のように崩れ落ちた伯爵の身体は、地面に吸い込まれるように消えていった。


 息を荒げたフリードリヒ殿下が、周囲を見回して声を上げる。


「被害報告!」


「はっ! 負傷者、なし!」


 騎士の返事に、フリードリヒ殿下が黙って(うなず)いた。長剣を鞘にしまうと、ゆっくりと私のところに戻ってくる。私の目からはぼろぼろと涙がこぼれていき、気が付いたら彼の胸に飛び込んでいた。


「無事で……無事でよかった」


「……問題ない。心配するな」


 殿下が肩を支えてくれるのを感じながら、私は声を上げて泣いていた。


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