蒼天の朝へ
司令室。
トーマスは、総帥代理ではなく、正式にオルフェ研究機関の総帥となっていた。
「トーマス、久々の休暇はどこ行くの?」
松永は笑顔で尋ねる。
松永自身は、変わらず副総帥だった。
しかし、本人曰く“慣れないし呼びづらい”とのことで、身内の間ではこれまで通り“主任”と呼ばれている。
「美味しい天ぷら屋さんを見つけてね」
トーマスは穏やかに笑った。
「まずは、そこに家族で食べに行くんだ」
「それから先は……まぁ、その時に決めるよ」
その表情は、どこか肩の力が抜けていた。
長く張り詰めていたものが、ようやく解けたように。
どうやらトーマスは、久しぶりの家族との時間を満喫するようだ。
◆
食堂。
「へぇー……あんだけ引っ張っといて、結局彼と別れたんだ」
カリンは呆れ半分、面白がるように言った。
「だってさー……」
リオはコーヒーを片手に、気だるそうに肩をすくめる。
「“アドハミ”の幸せそうな関係、あんな間近で見せられたらさぁ」
“アドハミ”とは、アドルとハミルのことだった。
「なんか、私って何やってんだろってなっちゃって」
そう言って苦笑した。
「気づくの遅すぎ」
カリンはくすくす笑う。
「まぁでも……いいんじゃない?」
「リオなりに、新しい一歩踏み出したってことで」
「そうねっ!!」
リオはすぐに表情を明るくした。
「ていうかさ、一緒に街コン行かない?」
「えぇー?」
カリンは露骨に嫌そうな顔をする。
「ねっ? お願い!」
リオは身を乗り出した。
「……考えとく」
カリンは呆れたように言った。
◆
教室。
加藤の授業を受ける訓練生の姿があった。
「さて、この辺りで少し休憩にしましょうか」
加藤は穏やかに言った。
「あ〜……卒業できる気がせん……」
光井が机に突っ伏しながら呟く。
「アンタが寝てばっかだからでしょ」
アンジュがすかさずツッコむ。
「でもさ……実際、卒業試験ってかなり大変だよ」
みのりが真面目な顔で言う。
「グンジン、マジすげーよ……」
光井は感心したように東を見た。
「い、いえ……そんな」
東は少し照れたように頭をかく。
東は、3人より一足先に卒業試験を受ける予定だった。
「東くんと一緒に卒業試験受けるのって、あと怜先輩だよね?」
みのりが聞く。
「そうですね」
加藤が頷いた。
「……うわーなんか焦ってきた」
光井は不安そうに呟く。
だが加藤は、優しく微笑んだ。
「焦る必要なんてありませんよ」
「皆さんには、皆さんのペースがありますから」
その言葉に、教室の空気が少し和らぐ。
そして加藤は、ぱんっと軽く手を叩いた。
「……さて、そろそろ再開しましょうか」
◆
メルの保護観察は、すでに解除されていた。
そして——
あの戦いの後、彼女はリーアの死を知らされた。
だが、メルは泣き崩れることも、取り乱すこともなかった。
ただ、少し笑って——
“最高にリーアらしい”
そう言っただけだった。
現在メルは、オルフェの防衛隊——本人曰く“用心棒”になるため、試験を受けている。
理由は“ヒマだから”と、いつもの調子で答えていた。
◆
烈とクレアは、テツの散歩をしていた。
いつもの道を、テツが駆け回っている。
「ねぇ、烈くん」
クレアがふと口を開いた。
「私が、ももの汁好きだって知ってたの?それとも、たまたま?」
烈は少し考え、答えた。
「いや、だっていつも飲んでんじゃん」
「デスクの上、空き缶めっちゃ置いてあるし」
「しかも、箱で注文したやつ、よく届いてるだろ?」
「あれで気づかない方が変だって」
烈は肩をすくめながら笑った。
「……なるほど、そういうことね」
どうやら、自分ではそこまで分かりやすいと思っていなかったらしい。
テツが、烈の周りをぐるぐる回る。
その様子を見ながら、クレアは小さく微笑んだ。
(……でも、嬉しかったな)
そんなことを、静かに思っていた。
◆
談話室。
「いやぁ……やっぱりこれ、どっかの出版社に持ち込んでみにゃい?」
閃は、音の描いた4コマ漫画を見ながら、しみじみと言った。
「えぇ……やっぱ恥ずかしい……」
音は顔を赤くしながら答える。
「れーにゃんも、そう思うよな゛?」
閃はなぜか語尾を強調し、怜へ話を振った。
「え……」
突然話を振られた怜は、一瞬固まる。
そして、4コマ漫画を見つめ——少し悩んだ末に口を開いた。
「あ、うん……なんというか……とても、独特……というか……うん」
かなり言葉を選んだ感想だった。
「閃くん、怜……ありがと……」
音は照れながらも、どこか嬉しそうに微笑んでいた。
◆
とある海辺。
静かな波音が響く、その近くのコテージ。
そこには、ナンシーの姿があった。
窓の外では、アガレスが砂浜にしゃがみ込み、無邪気に砂山を作って遊んでいる。
その時——
ナンシーの横に置かれていたスマカから、声が響く。
『さて……そろそろ、ワシらも再起しちゃう?』
ヨハンだった。
「総帥がお望みなら」
ナンシーは静かに答える。
(エドワード……お前は本当に凄いやつだったよ)
ヨハンは心の中で呟く。
(だからこそ——)
その瞳に、狂気にも似た執念が宿る。
(私は、“アレ”を超える悪魔を作りたい)
静かな海辺に、不穏な気配だけが残っていた。
◆
「よしっ!そろそろパトロール行くか」
閃は談話室の椅子から立ち上がった。
「ええ」
怜も静かに立ち上がる。
「ふたりとも、行ってらっしゃい」
音は柔らかく微笑みながら言った。
2人は笑顔で頷き、談話室を後にする。
外へ出ると——
空には、澄み渡るような青空が広がっていた。
どこまでも高く、穏やかな空。
「めっちゃいい天気……」
閃は思わず呟く。
「そうね」
怜も同じことを思っていたようだった。
「なーんか、デート日和って感じ?」
閃はアホ毛をくるりとカールさせ、イタズラっぽく笑う。
「あほ」
怜は呆れたように返したが、その表情には笑みがこぼれていた。
◆
あれから——まるで止まっていた世界は、再び動き始めていた。
各地では、再び争いの火種が生まれている。
天華連盟では、残党勢力が動き出していた。
ヨハンもまた、必ず再び現れるだろう。
世界は、結局ほとんど変わっていない。
争い。
憎しみ。
人の愚かさも、何ひとつ。
しかし——
変わらないものは、他にもある。
ファクターズは、これからも守り続ける。
誰かの笑顔を。
誰かの居場所を。
そして、仲間との絆を。
どれだけ世界が変わろうと、その想いだけは——決して変わることはない。
~エーテルコード fin~




