最終話「いつも、何度でも」
「閃くん……」
エドワードは、小さく呟いた。
ファイの元へ、ゆっくりと近づいてくるバサラヲ。
「……改めて、話がしたい」
閃は静かに言った。
その声は、驚くほど落ち着いていた。
リーア、そしてイノ。
イノは、ただの協力者ではない。
心を通わせた、友達と呼べる存在だった。
それを、自分は目の前で死なせた。
いや——殺した。
普通なら、深い憎悪を向けられて当然。
むしろ、その方が楽ですらある。
エドワードは、そう思っていた。
だが、閃は違った。
彼は、再び“対話”を望んでいる。
しかも、今のバサラヲは丸腰同然。
とても戦えるような状態ではない。
「話……」
エドワードは複雑そうに呟く。
もし今、ファイが攻撃をすれば——バサラヲも、後ろにいる3機も、簡単に消し去れるだろう。
だが——
無抵抗の相手を攻撃する。
それは、かつて自分達が憎み、否定してきた“虐殺者”と何が違うのか。
エドワードは、自問していた。
自分は今、何になろうとしているのか——と。
◆
「話……とは……?」
エドワードは静かに口を開いた。
彼は、閃との対話を選んだ。
「イノが最後に、教えてくれました」
閃は真っ直ぐエドワードを見据える。
「イノの気持ち。そして——願いを」
そのやり取りは、通信を通して怜、烈、音にも届いていた。
静まり返った空気の中、閃は続ける。
「イノは——最後に、あなたに伝えていました」
エドワードの表情が、わずかに揺れる。
「“絶対に、生き返らせないでください”——彼は、そう言っていた……」
エドワードは静かに言った。
「エドワードさんは、それを聞いて……どう思いましたか?」
その声には、責めるような怒りもない。
悲しみを押し付けるような感情もない。
ただ——純粋に、問いかけていた。
「……」
エドワードは、すぐには答えられなかった。
なぜなら——
彼自身、すでに揺らぎ始めていたからだ。
(私は……本来、ゼクストのような子ども達すら救いたかったはずだ)
かつて抱いていた理想が脳裏をよぎる。
(私のやっていることは、決して“正義”ではない)
(……だが、“悪”だとも思えない)
(なぜ彼らは、命を懸けてまで止めようとする……?)
エドワードは、自分でも見ないようにしてきた疑問へ、少しずつ向き合い始めていた。
胸の奥に沈めていた矛盾が、ゆっくりと浮かび上がっていく。
◆
「パパ……?」
その声に、エドワードはハッと我に返った。
そして——
「……こんなはずでは……と思った」
静かに、そう口にした。
「やっぱり……エドワードさんは、エドワードさんだ!」
閃は、少し安心したように言った。
その声は、いつもの彼らしい柔らかく明るい口調だった。
「閃くん……?」
エドワードは呆然と呟く。
「もし、本気で僕たちを消したいなら」
「さっきの戦いの中でだって、僕たちを狙う方法はいくらでもあったはずです」
「僕らも最初は、きっとそうすると思ってました」
「でも、エドワードさんは、それを一度もしなかった」
閃は静かに続ける。
「今だって——消そうと思えば、すぐに消せる」
その言葉は、核心を突いていた。
エドワードは、丸腰同然のバサラヲ達を、最後まで狙わなかった。
エドワードは再び黙り込む。
すると閃は、はっきりと言った。
「あなたは、ヨハンとは違う」
その言葉に、エドワードの肩がわずかに震えた。
「それは、僕らだって」
「トーマスさんだって、松永主任だって——みんな知ってます」
閃の言葉が、少しずつエドワードの心へ届いていく。
積み上げてきた野望。
自分を支えていた“正しさ”。
その殻が、音を立てて崩れ始めていた。
脳裏に蘇る、彼らの言葉。
——“そんなの、生きてる側のエゴなんじゃないんですか!?”
——“死って、そんな簡単なもんなんすか……!!”
——“エドワードさんの本当の願いって……また、アリスちゃんに会いたかった……そうだったんじゃないんですか……?”
——“……アリスは、どう思ってる?”
そして——アリスの言葉。
——“やっぱり私は、ずっとパパの味方でいたい”
気づけば、エドワードの目から、涙が流れていた。
◆
「パパ……」
「アリス……」
アリスは、まっすぐエドワードを見つめていた。
「私も……今のパパの、素直な気持ち、知りたい」
その言葉に、エドワードは言葉を失う。
「パパは……」
喉が震える。
「パパは……」
何度も言葉を飲み込み、やがて——震える声で、ようやく口を開いた。
「パパは、ずっと……ずっと……!」
涙が溢れる。
「アリスと、一緒にいたい!!」
その叫びは、偽りのない本心だった。
「それだけが……それだけが——パパの望みだ……!!」
「パパ!!」
アリスは、勢いよくエドワードへ抱きついた。
その瞬間——
ファイから、大量の光の粒子が溢れ出す。
光は周囲へ舞い散り、まるで祝福のように降り注いでいた。
「私ね……実は、パパの気持ち、知ってた」
アリスは優しく言う。
「ファイを通して、パパがずっと迷ってたことも……苦しんでたことも……」
「全部、伝わってた」
「でもね——」
アリスは、少しだけ寂しそうに笑う。
「パパの正直な気持ちを……パパの口から聞きたかった」
「アリス……!」
エドワードは、強くアリスを抱きしめた。
「ごめんよ……こんな、こんなパパで……!」
声が震える。
涙が止まらなかった。
「私はっ……!」
今度は、アリスが泣きながら言った。
「私も、ずっとパパと一緒にいたい!!」
「何度生まれ変わっても……ずっと、ずっとパパの子どもになりたい!」
ファイの身体は、徐々に光の粒子へ変わっていく。
その輪郭が、少しずつ薄れていく。
「アリス……ずっと愛してるよ」
エドワードは涙を流しながら言った。
「私も、パパのこと……ずーっと愛してる」
アリスは、満面の笑みで答えた。
そして——
ファイは、無数の光の粒子を残しながら、静かに消滅した。
◆
光の粒子は、雨のように荒れ果てた氷の大地へ降り注いでいた。
砕けた氷。
蒸発した海。
崩壊した大地。
それらすべてが、まるで時間を巻き戻すように、静かに元へ戻っていく。
「……終わった、のか?」
烈がぽつりと呟く。
「……ええ」
怜は、降り注ぐ光の粒子を見上げながら静かに答えた。
「エドワードさんと……アリスちゃん……消えちゃったの……?」
音が不安そうに呟く。
誰も、答えられなかった。
やがて3人は、閃のいるバサラヲの元へ向かう。
「閃……」
烈が声をかける。
すると閃は、ゆっくり振り返った。
「……帰ろっか」
そう言って、少しだけ笑う。
それは——いつもの閃だった。
「……そうだな」
烈も小さく頷く。
「そうね」
怜も静かに言った。
「……うん!」
音も涙を拭いながら笑う。
こうして、彼らの任務は達成された。
エドワード、アリス——そして、ファイ。
彼らが最後にどうなったのか、本当のところは誰にも分からない。
ただ、ひとつだけ、確かに言えることがあった。
それは——
2人は、これからもずっと、一緒にいるということだった。




