第9話「生命の煌めき」
静寂。
残ったのは、レギオンΩの残骸。
リーアは——死亡した。
その事実は、あまりにも重く、そして揺るがなかった。
「クソォ……!!」
烈が悔しさを滲ませた。
「リーア……」
怜は静かに、その名を口にする。
かつて命を懸けて戦った敵。
だが今は、共に戦った仲間。
音は、何も言えなかった。
ただ静かに、涙を流していた。
◆
(Ωチーム……リーア。どうか、安らかに——)
エドワードは、最後まで抗い続けたリーアへ、静かに敬意を捧げていた。
最期まで、戦い抜いた1人の戦士として。
そして——
エドワードは、ゆっくりとエンプティアへ視線を向ける。
漆黒のエーテルを纏い、なおも立ち続ける黒い機体。
(彼も……ファクターズやリーアと同じか)
エドワードは静かに思う。
(——もう、引く気はない)
「……ここまで力を解放しても、届かないのか……」
イノは、ファイを見つめながら小さく呟いた。
その声には焦りも恐怖もなかった。
ただ、現実を受け止める静かな重さだけがあった。
(ボクも……時間がない)
カルマ解放の代償は、確実にイノを蝕んでいた。
◆
怜は、不意にあることを思いついた。
「カイバさん。エーテルコンデンサーのエーテルって——」
「元々ファクターのエーテルを蓄積してるのよね?」
『レイサマ。ソノトオリデゴザイマス』
カイバの機械的な声が返ってくる。
「なら、そのエーテルをファクター本人へ還元することは可能?」
『モチロンデゴザイマス』
その返答に、怜の目がわずかに鋭くなる。
エーテルコンデンサーは、全EDに2基搭載されている。
1基につき、およそ15分分のエーテルを蓄積可能。
本来は、今のようなオートモード時のエネルギー源として使われるものだ。
怜はすぐに、その情報を3人へ共有した。
「なるほど……!!それは思いつかなかった!」
閃が唸る。
「怜!冴えてるぜ!」
烈も声を上げた。
「さっそくやろう!!……あ、でも、どうやって……?」
音が首を傾げる。
「カイバさんにやってもらうのよ」
怜は即答した。
4人は、それぞれのカイバへ指示を出す。
次の瞬間——
レッグアーマー内部から、蓄積されていたエーテルが逆流するように4人へ戻されていった。
その感覚に、4人は確かな回復を感じる。
これで、《ソウル・テザリング》再発動までの時間は、さらに短縮された。
だが、当然リスクもある。
残されたエーテルコンデンサーは、あと1基。
EDの稼働時間は、残りおよそ11分。
それでも、僅かな可能性にかけるしかなかった。
◆
ファイの攻撃が、容赦なくエンプティアを襲う。
《ビーム》が装甲を削り、《光の剣》が機体を切り裂く。
漆黒のエーテルを纏っていたエンプティアも、徐々に動きが鈍り始めていた。
(せめて……せめて、もう少し……!!)
イノの目的は、ただ一つ。
ファクターズの回復——そのための時間稼ぎだった。
(目に見えて弱り始めたか……)
エドワードは静かに分析していた。
エンプティアも、もはや時間の問題。
誰の目にも、そう見えていた。
だが——
「まだだ……まだッ!!」
イノは、決して諦めていなかった。
その瞬間だった。
(イノ!!しっかりしろ!!)
「え……?」
突然、イノの頭の中に声が響く。
それは、聞き慣れた女性の声だった。
「アーク……?」
(ホラ!ボサっとしてんなよ!)
相変わらず乱暴で、強引な声。
だが——どこか優しかった。
(相変わらず容赦ないな、アークは)
今度は、少し笑ったような声が響く。
「クリス……?」
(イノ。俺たちも手伝うぞ)
静かで、頼もしい声。
(君だけに……背負わせない!)
「サム……!!」
(イノ、遅くなってごめんね!)
それは——かつて散っていった仲間たちの声だった。
「みん……な……!!」
イノの瞳から、涙が溢れる。
それは“悲しみ”の涙ではない。
「みんなの力を貸して!!」
イノは叫ぶ。
(おうよ!!)
(それでいい)
(まかせて!)
アーク、クリス、サム。
3人の声が重なった瞬間——
イノの中から、凄まじいエーテルが湧き上がる。
それは、尽きかけていたはずの力。
だが今、その光は再び燃え上がっていた。
そして——
その変化は、エンプティアにも現れ始めていた。
◆
「一体……どうしたんだ……」
エドワードは、目の前の光景に言葉を失っていた。
突然、エンプティアから、凄まじい光が溢れ始めた。
それは、完全同調を思わせる輝き。
だが、同時に漆黒のエーテルも渦巻いている。
光と闇——相反する力が混ざり合い、エンプティアを包み込んでいた。
「あれ……ひとりの力じゃない……」
アリスが静かに呟く。
「何人かの力が、織り交ざってる……」
「何人かの……?」
エドワードは眉をひそめる。
そして、ある考えに辿り着き、表情を強張らせた。
(……まさか)
(かつて散っていったゼクストの……“魂”とでもいうのか……!?)
エドワードは混乱していた。
理論では説明できない。
だが、アリスの感覚を信じるなら——それしか考えられなかった。
その時、エンプティアから通信が入る。
『次が——“ボクら”の最後の攻撃です』
『人を生き返らせることができるんですよね?』
イノは、閃の記憶からそれを知っていた。
静かに続ける。
『なら、最後に言わせて下さい』
『どうか——』
『どうか、“ボクら”を……』
その声には、迷いも恐怖も無い。
『絶対に、生き返らせないでください……!!』
「——ッ!!」
エドワードは目を見開く。
「ま、待ってくれ!!」
思わず叫ぶ。
だが、すでに通信は切れていた。
◆
エンプティアは、ゆっくりと上空へ舞い上がった。
そして——
両腕を静かにかざす。
その姿を、ファクターズは見上げていた。
「あれは……!?」
烈が目を見開く。
先ほどまでとは、明らかに違う。
「完全同調に似た光……」
音が呟く。
だが、それだけではない。
漆黒のエーテルもまた、機体を包み込んでいる。
「イノ……!!」
閃は、胸の奥が締め付けられるような感覚を覚えていた。
きっと、あの攻撃が、イノにとって最後になる。
そんな予感が、確かにあった。
◆
エンプティアの頭上に、巨大なエーテルの塊が形成され始める。
《カオス・ミーティア》。
それは、光と闇が入り混じった、まさに“混沌”そのものだった。
周囲の空気が震え、南極の空さえ軋み始めていた。
「パパ……!」
アリスが不安そうに呟く。
「あ、あぁ……!」
エドワードの声にも、明らかな動揺が滲んでいた。
そして——
「いくよ……みんな!!」
次の瞬間——
《カオス・ミーティア》が、放たれた。
◆
ファイもまた、両手をかざす。
その前方に、巨大な《光の玉》が生成された。
まるで太陽そのものを凝縮したかのような、圧倒的な光の塊。
そして、次の瞬間——
《光の玉》は、《カオス・ミーティア》へ放たれた。
2つの巨大なエーテルが激突する。
凄まじい衝撃波が世界を揺らした。
氷の大地は一瞬で消滅し、その周囲の海すら蒸発していく。
轟音と閃光が南極を覆い尽くした。
その余波だけで、ファクターズの4機も大きく吹き飛ばされる。
《カオス・ミーティア》と《光の玉》は、空中で激しく拮抗していた。
「な、なんてパワーなんだ……!!」
エドワードは叫ぶ。
その光景は、もはや人智を超えていた。
そして——
少しずつ、ファイが押され始める。
「す、すごい……!!」
アリスも目を見開いていた。
イノの命を懸けた一撃。
散っていった仲間たちの想いを乗せた“最後の力”。
それは、ついにファイすら圧倒し始めていた。
やがて、《光の玉》に亀裂が走る。
そして、ついに——
《光の玉》は、完全に砕け散った。
「……!!」
エドワードが息を呑む。
《カオス・ミーティア》が、そのままファイへ迫る。
アリスは即座に《バリア》を展開した。
だが——
《カオス・ミーティア》は、《バリア》ごとファイを飲み込んでいった。
◆
エンプティアから、すでに光は消えていた。
漆黒のエーテルも、完全同調に似た輝きも——もう、何一つ残っていない。
ファイもまた、完全に消滅していた。
その存在は跡形もなく消え去り、そこには静寂だけが残される。
イノは、それを確認するように静かに見つめる。
そして——
エンプティアは、力を失ったように落下を始めた。
◆
「怜!!音!!烈!!大丈夫か!!」
閃が叫ぶ。
衝撃波によって吹き飛ばされていた4機の中で、バサラヲは比較的元の位置に近かった。
その時、閃は見つけてしまった。
氷も消え去った大地へ、叩きつけられていたエンプティアの姿。
「エンプティア……!!イノ!!」
バサラヲはすぐさま駆け寄った。
だが——
エンプティアは、徐々に灰へ変わり始めていた。
その光景を見た瞬間、閃は理解してしまった。
イノは——
すでに、死亡していた。
◆
「イノ!!イノォォーーー!!」
閃は涙を流しながら叫んだ。
バサラヲから飛び降り、灰となっていくエンプティアへ駆け寄る。
そして、その残骸を掴もうと手を伸ばした。
だが、無情にも閃の指の隙間をすり抜けていく。
そして——
エンプティアは完全に灰となり、風の中へ消えていった。
閃は、その場に膝から崩れ落ちる。
震える手を、ただ見つめることしかできなかった。
「イノ……」
その時だった。
——閃
ふいに、声が響く。
「……?」
——閃!
もう一度、はっきりと聞こえた。
「……!!イノなのか!?」
その声は、確かにイノのものだった。
(閃……ボクの声、聞こえる?)
「聞こえる!!」
閃はすぐに叫ぶ。
(なら……ボクの話を——聞いてほしい)
イノは静かに言った。
涙を堪えるように、閃は強く頷く。
「……わかった!」
◆
怜、烈、音は、先に合流していた。
そして、少し離れた場所にいるバサラヲを見つける。
「閃!!大丈夫か!?」
烈が叫んだ。
「俺は大丈夫。みんなは?」
閃は静かに返す。
その声は、不自然なほど冷静だった。
4人は互いの無事を確認する。
「イノくんは!?」
音が不安そうに問いかけた。
閃は静かに答えた。
「……死んだよ」
その言葉に、空気が凍りつく。
覚悟していたはずだった。
イノが命を削って戦っていたことも。
最後の攻撃が、“そういうもの”だったことも。
それでも——
実際にその言葉を突きつけられると、3人は強い衝撃を受けた。
誰も、すぐには言葉を返せなかった。
◆
「ファイは……?」
怜が静かに呟く。
「イノの攻撃で……消えたのか……?」
烈も、信じ切れないように言った。
その時——
周囲に、無数の光の粒子が集まり始める。
光は急速に形を成し、ファイは瞬く間に復活した。
まるで、最初から何事もなかったかのように。
その光景を見ても、もはや誰も驚かなかった。
「閃……!《ソウル・テザリング》まで、もう少し——」
烈が言いかけた、その時だった。
「……また、話をしようと思う」
閃は静かに言った。
「話……?」
怜が眉をひそめる。
「エドワードさんと」
閃は迷いなく答えた。
「話って……!!した結果がこれだろ!!」
烈が声を荒げる。
「いや……“今の”エドワードさんと、話をしたい」
閃は、どこまでも冷静だった。
「閃くん……」
音が不安そうに呟く。
(閃のやつ、どうしたんだ……?)
烈も戸惑っていた。
(時間稼ぎか……?それとも……)
「——わかった」
不意に、怜が口を開く。
「でもよ……そのまま行く気か?」
烈は不安げに言った。
今のEDは通常状態。
そんな状態でファイへ近づくなど、自殺行為にしか思えなかった。
だが、閃は静かに頷く。
「大丈夫——きっと」
そう言って、閃はファイを真っ直ぐ見据え、ゆっくりと歩き始めた。




