第8話「自分らしく」
フルスロットルでファイへ突撃するレギオンΩ。
次の瞬間——
ファイは、再び無数の《ビーム》を放つ。
だが、レギオンΩはそれを、常識外れの空中機動で回避していく。
無数の《ビーム》が氷原を穿ち、爆発が連続する中、赤い機体だけが縫うように飛び続けていた。
(ま、おとりくらいにはなるか!)
リーアは口元を吊り上げた。
その間に——シラユキ、レンゴク、ツムギは即座に離脱。
バサラヲとエンプティアの元へと急行した。
◆
「イノ!」
烈が声を張り上げる。
「烈さん!皆さん!」
イノは、集まってきた3機を見渡した。
「すまねぇ……頼るしかなかったんだ……」
烈は悔しそうに言う。
「何を言ってるんですか!」
イノは即座に返した。
「助けるに決まってるじゃないですか!」
その言葉に迷いはない。
本心からの言葉だった。
「事情は、大体わかりました」
イノは静かに続ける。
「さっき消えた、あの光……それがまた必要なんだよね?」
イノは閃へ問いかけた。
「そう!」
閃はすぐ頷く。
「今は全員エーテル切れなんだ。さっきの状態に戻るには、全員のエーテル量がある程度回復しないといけない」
「なるほど……」
イノは小さく呟き、少し考え込む。
そして——
「……いいアイデアがある」
静かに、そう言った。
◆
イノは静かに目を閉じ、エーテルを集中させる。
淡く輝く《エーテルボール》が、4つ生み出された。
イノはそれらを、バサラヲ、シラユキ、レンゴク、ツムギへ向けて放つ。
光の球はそれぞれの機体へ吸い込まれ、4人の身体へエーテルが流れ込んでいった。
「これって……!」
音が驚いたように呟く。
「皆さんに、ボクのエーテルを全部渡しました」
イノは穏やかに言った。
「え!?」
閃は目を見開く。
「ボク、そんなに容量多い方じゃないけど……ゼロよりはマシかなって」
実際、4人のエーテルはある程度回復していた。
だが、《ソウル・テザリング》の発動条件には、まだ遠い。
「いや、そんなことしたらイノがヤバいだろ!!」
閃は思わず叫ぶ。
その通りだった。
今のイノは、エーテルを完全に使い切った状態。
もしこのタイミングでファイの攻撃を受ければ、防ぐ術はない。
だが、イノは不思議なほど落ち着いていた。
「大丈夫だよ、閃」
静かにそう言う。
「ちゃんと考えはある」
そして——
イノはゆっくりと振り返った。
「烈さん、怜さん、音さん——閃」
穏やかな声が響く。
「ボクを信じて……見守っててくれる?」
その言葉に、迷いはなかった。
「わかった!」
閃は即答する。
そして——
烈、怜、音も、静かに頷いた。
◆
(さすが、Ωクラス……一筋縄ではいかんな)
攻撃を回避し続けるリーアを見ながら、エドワードは静かに思った。
一方——
(わざわざこっちに飛んでくる攻撃なんて、いくらでも対処できるっての!!……ま、ジリ貧だけど)
リーアは、ファイの猛攻を掻い潜っていく。
そんな中、イノは戦闘の中心へ向かっていた。
今、エンプティアを動かしているのはエーテルではない。
D細胞から生み出された人工筋肉。
それだけで、機体を稼働させていた。
「イノ……あの状態で、一体……」
烈が不安げに呟く。
今のイノが前へ出るなど、自ら死地へ向かうようなものだった。
だが、その時。
音の脳裏に、ある光景がよぎる。
「……もしかしてイノくん、前にサムがやった“あれ”をするつもりなんじゃ……」
音の言葉に、3人はハッとした。
「だとしたら……!!イノが危ねぇ!!」
烈が叫ぶ。
「今は……イノを信じよう……!」
閃は静かに言った。
その言葉には、強引に自分を納得させるような響きもあった。
本心では、閃も烈と同じ気持ちだった。
それでも——
イノが言った“信じて”という言葉を、無下にはできない。
「でもよ……!」
烈は悔しそうに拳を握る。
「わたしが《風聖清浄》を使えたら……イノくんも救える!」
音も焦ったように言った。
だが、その声には明らかな動揺が滲んでいた。
その瞬間——
怜が無言で《アイスフィールド》を展開する。
静かな冷気が4機を包み込み、精神を少しずつ鎮めていく。
その影響で、3人もわずかに冷静さを取り戻した。
「今焦ったって、回復が早くなるわけじゃない」
怜は静かに言う。
「怜……」
閃は小さく呟いた。
怜の言う通りだった。
焦燥は、精神を乱す。
そして精神の乱れは、エーテルの乱れへ直結する。
焦れば焦るほど、逆に回復を遅らせる可能性すらあった。
「……すまねぇ」
「ありがとう、怜……」
烈と音は静かに言った。
ファクターズは、イノとリーアを信じ、回復へ集中した。
◆
イノは静かに呟いた。
「——カルマ、解放」
その瞬間、エンプティアから漆黒のエーテルが噴き出した。
禍々しい闇の粒子が機体全体を包み込み、空気そのものを震わせていく。
音の予想は、的中していた。
それは、かつてサムが見せたものと同じ。
個人で引き起こせる最大値——80パーセント解放。
カルマ解放によって、エーテルは強制的に増幅され、それをD細胞が喰らうことで機体性能も飛躍的に上昇する。
イノが先ほど、自身のエーテルを全てファクターズへ渡した理由。
それは——カルマ解放によって、後からエーテルを増幅できるからだった。
さらに、カルマ解放によって生み出されたエーテルには不純なエーテルが混じる。
それを他者へ分け与えることはできない。
だからこそイノは、自分が元々持っていた純粋なエーテルを、先に渡していた。
漆黒のエーテルは、さらに膨れ上がっていく。
やがて、それは空へ向かって巨大な柱のように伸び始めた。
その光景は、かつてのラフティアを彷彿とさせる。
「やっぱり……」
音は、あの日の光景を思い出しながら呟いた。
一方——
(ボクがこれを使う時、それは——)
イノは強く拳を握りしめる。
(“仲間”を、守る時!!)
その瞳に、迷いは一切なかった。
◆
「あれは……!!」
凄まじいエーテルを纏うエンプティアを見て、エドワードは目を見開いた。
彼は以前、ファクターズとゼクストの決戦を見ている。
その時——ラフティアが見せた、あの異常な力。
エドワードは、一瞬でそれと同質のものだと理解した。
「あのエーテル……私が持ってるものと、全然違う……」
アリスは、漆黒のエーテルを見つめながら呟く。
その光は、彼女の光のエーテルとは対極にあるようだった。
「はぇ〜……あんな隠し球、持ってたんだ……」
その光景には、リーアですら驚きを隠せない。
「アリス。赤いロボットより先に、あの黒いロボットを倒そう」
エドワードは即座に判断した。
「うん!そうねっ!」
アリスも同じ結論に至っていた。
次の瞬間——
ファイの手に《光の剣》が生成される。
そして、光速の斬撃がエンプティアへ襲いかかった。
しかし——
剣が届くより早く、エンプティアはファイの背後へ回り込んでいた。
漆黒の残光が走る。
両腕のブレードが、ファイを斬り裂いた。
「!!」
エドワードが驚愕する。
ファイは即座に振り返り、剣を薙ぎ払う。
だが——そこにエンプティアの姿は無い。
(なっ……!!)
次の瞬間——
ファイの片脚へ、鋭い斬撃が叩き込まれた。
(ファイが……スピードで負けているだと!?)
エドワードは目を疑った。
ファイの速度は、光速。
それを上回るなど、本来あり得ない。
閃の《雷化瞬来》のような瞬間移動でもない。
実際、エンプティアの軌道はかすかに見えている。
「なぜだ……!?」
エドワードが思わず呟く。
すると、アリスが静かに口を開いた。
「多分……空間そのものが歪んでるんだと思う」
「空間を……!?」
エドワードはハッとする。
エンプティアがファイより速いのではない。
《カオス・ディメンション》——空間そのものを歪め、周囲の時間の流れへ干渉しているのだ。
その影響でアリスやエドワード、そしてファイも無意識のうちに速度を落とされている。
だからこそ、光速で動いているはずなのに追いつけない。
(なるほど……!それなら合点がいく!)
エドワードは瞬時に理解した。
イノの念というエーテル属性。
その性質を考えれば、空間干渉も決して不可能ではなかった。
◆
エンプティアとファイの戦いを見つめながら、リーアは目を細めていた。
(あの子……)
何かを考え込むように呟く。
そして、小さくため息をつくと——高速でファクターズの元へ飛来した。
「ねぇ!ちょっと!誰か武器貸して!」
リーアは4人へ向かって叫ぶ。
バサラヲの金剛鬼伝は、ファイとの激突で既に折れている。
さらに、ツムギのヒスイガンブレードも、閃が離脱していた間の戦闘で破壊されていた。
すると——
「これ、使って」
シラユキが、フロストジャベリンをレギオンΩへ投げ渡した。
「お、サンキュー」
レギオンΩがジャベリンを掴んだ瞬間、槍の先端から巨大な氷の大剣が形成される。
怜が同時に《氷塊》を発動していた。
「気が利くねぇ♪」
リーアは笑いながら言う。
「ちゃんと返してね」
怜は真顔で返した。
その言葉に、リーアは思わず吹き出す。
「アンタ、そんな冗談言うんだ。意外!」
そう言いながら、レギオンΩは再びファイの元へ向かって加速していった。
(……冗談で言ったんじゃないんだけど)
怜は内心、静かにそう思っていた。
◆
「さて……ハデにやりますかぁ!! ——ベルセルク・ギア発動!!」
リーアは叫びながら、ファイへ突撃する。
次の瞬間——
レギオンΩの全身装甲が展開。
内部から大量の蒸気が噴き出し、機体各部のリミッターが解除されていく。
赤い機体から放たれる圧力が、一気に跳ね上がった。
「おりゃぁあぁあぁッ!!!」
咆哮と共に、レギオンΩは氷の大地を砕きながら加速。
巨大な氷剣を振り抜き、そのままファイへ叩き込む。
《バリア》が、それを阻んだ。
重い衝撃音が響く。
だが、刃は届かない。
それは、エンプティアも同じだった。
どれほど斬り裂いても、ファイは瞬時に再生する。
『リーアさん!ダメージを与えても、すぐに元に戻ります!』
イノから通信が入る。
「だろうねぇ……!!」
リーアは歯を食いしばりながら答えた。
エンプティアが与えた傷も、すでに跡形もなく消えている。
そしてリーア自身、ファイの恐ろしさは目の前で見ている。
だからこそ、驚きはしなかった。
そもそもファイに対して攻撃など、まるで意味を成さない。
そんなことは、最初から分かっていた。
それでも——
立ち向かうファクターズ。
命を削りながら戦うイノ。
その姿を見て、リーアの中で何かが変わっていた。
(アイツらが命懸けで戦ってんのに——)
(戦うために生まれた強化兵のウチが、戦わないわけにはいかないでしょ)
「ウチはね——」
「アイツに、一泡吹かせたいんだよ」
『リーアさん……』
イノの声が小さく響く。
「じゃ、先いってるよーん」
軽い調子でそう言い残し、リーアは再び、ファイへ向かって飛び出した。
◆
レギオンΩは、ファイの猛攻を掻い潜りながら、荒々しく何度もジャベリンを《バリア》へ叩きつけていた。
だが——
《バリア》は微動だにしない。
破れる気配すらなかった。
次第に、ジャベリンを覆っていた《氷塊》も砕け、ボロボロに崩れていく。
さらに——
コクピット内には、ベルセルク・ギアの限界を知らせる警告音が鳴り響いていた。
だが、リーアは止まらない。
「まだまだぁぁぁッ!!」
叫びながら、なおも攻撃を叩き込む。
イノもまた、エンプティアで攻撃を続けていた。
しかし、こちらも《バリア》に阻まれ、有効打には至らない。
その時——
ファイが放った《ビーム》が、レギオンΩの右脚へ直撃した。
「うぉっ!!」
レギオンΩが大きくバランスを崩す。
そこへ、無数の《ビーム》が追撃するように迫った。
「っ!!」
イノは即座に《サイコフォース》を展開。
《ビーム》を弾き飛ばす。
「大丈夫ですか!?」
イノが叫ぶ。
ファイは上空に無数の《光の矢》を生成した。
そして、それらを雨のように2機へ降らせる。
イノは回避だけで精一杯だった。
しかし——
リーアは違った。
レギオンΩは、《光の矢》を避けながらも、真正面からファイへ突っ込んでいく。
だが、その代償は大きかった。
避けきれなかった《光の矢》が、次々とレギオンΩを貫いていく。
装甲が弾け、火花が散る。
(そろそろ……限界かな)
リーアは静かに思った。
そして、持っていたジャベリンをファイへ投げた。
だが——
ジャベリンは届く前に、《光の矢》によって粉々に破壊された。
「あぁーもうダメだわ!! あと……ヨロ——」
言葉が終わるその前に——無数の《光の矢》が、レギオンΩへ突き刺さる。
そして——
機体は大爆発を起こした。
「リーアさんっ!!」
イノが絶叫する。
「リーアが……!!」
閃も呆然と呟いた。
その光景を見ていた3人も——言葉を失っていた。




