第4話「氷の大地」
深夜。
ファクターズは、それぞれのEDの前に立っていた。
その場には、トーマスと松永、そして訓練生に加え、クレアの姿もあった。
本来であれば、ファクターズへの気遣いから、大規模な見送りは避け、静かに出発する予定だった。
だが、それでも見送りたいという訓練生とクレアの強い願いもあり、彼らはこの場へ足を運んでいた。
◆
「閃くん、烈くん、怜くん、音くん——あとは、頼んだ」
トーマスはファクターズの目を真っ直ぐに見つめ、順番に握手を交わしていった。
「……みんな、少しだけ抱きしめさせて?」
そう言った松永の瞳には、涙が滲んでいた。
「もぉー松永主任!そんな顔しないでくださいよ」
閃はいつものように明るく笑いながら、松永を軽く抱きしめる。
そして、あえて慣れ親しんだ主任という呼び方を口にした。
「あはは……ごめんなさい。歳のせいかな。涙もろくなっちゃって」
松永は目元を拭いながら、どこか照れたように笑った。
松永は、1人ひとりを優しく抱きしめていく。
「怜……」
怜は何も言わなかったが、その静かな表情のまま、松永の温もりを確かに感じていた。
「烈くん……」
烈は少しだけ照れくさそうに視線を逸らしていた。
「音ちゃん……」
音は目に涙を浮かべながら、松永へぎゅっと抱きついていた。
◆
「なぁ、こういうこと……言っていいのか分かんねぇけどよ——」
光井はゆっくりと口を開いた。
「みんな……絶対に帰ってきてくれよ!?」
その目には、堪えきれない涙が浮かんでいた。
「ここは、すべて僕たちに任せてください。皆さんは何も心配いりません」
東は真っ直ぐにそう言った。
その表情は、凛々しさと頼もしさに満ちていた。
「こういう空気にならないように、見送りは無しって話だったのにさ?……まぁ、気持ちは分かるけど」
アンジュは肩をすくめながら、いつもの調子で言う。
「……」
みのりは何も言わなかった。
涙を流すまいと必死に堪えているのか、その小さな体はぷるぷると震えていた。
閃はそっとみのりへ歩み寄り、何も言わず、優しく抱き寄せた。
◆
「さよならなんて、絶対に言わないからね?」
そう言って、クレアは怜と音を同時に抱きしめた。
「うん……」
「クレアちゃん……」
2人も、それぞれ静かに言葉を返す。
そして、烈の前へ。
クレアは少しだけ恥ずかしそうに視線を揺らした。
だが、烈の方からそっと手を差し出した。
クレアはその手を握り返し、2人は静かに握手を交わす。
「いってくる」
「……いってらっしゃい」
その一言には、互いの想いが確かに込められていた。
「何か、俺のこと忘れてにゃ〜い?」
ニヤリと笑いながら、閃がアホ毛をくるりとカールさせて言った。
「おごっ!?」
次の瞬間、クレアは無言で閃の横腹をどつく。
その光景に、その場の全員が思わず笑っていた。
◆
「それじゃ、行ってきます」
閃はそう言った。
ファクターズは、それぞれのEDへと搭乗する。
そして、そのまま《ソウル・テザリング》を発動。
幾度ものトレーニングを重ねた成果もあり、その動作には、もはや無駄がなかった。
4機のEDが完全同調を発動する。
「全員、行くぞ」
閃が3人へ声をかけた。
「わかった」
「おう!」
「うん!」
それぞれが力強く返事を返す。
そして——
閃は、新たなスキルを発動した。
その瞬間——
4機のEDは。その場から一瞬で姿を消した。
◆
南極。
見渡す限り、白。
そこは、まさに氷の大地。
空も大地も曖昧になるほどの銀世界が、どこまでも広がっている。
今は、“白夜”と呼ばれる、24時間太陽が沈まない時期。
初めて訪れる南極という場所に、ファクターズは不思議な感覚を覚えていた。
ヨハンから送られてきたファイの位置情報は、オーキュラムを通じて各EDへ共有されている。
モニターには、ファイの現在地が表示されていた。
ファクターズは、そのポイントから少し離れた位置に降り立っていた。
◆
そして、先ほどの瞬間移動。
それこそが、閃の完全同調時スキル《雷化瞬来》だった。
このスキルは、かつてアリスの《テレポート》を映像越しに目の当たりにし、そこから着想を得て生み出したもの。
閃は、自身の雷という属性と、変換という特性を組み合わせれば、実現できるのではないかと考えていた。
そして、何より大きかったのは——かつて、音が《風聖清浄》によってサムを救い出した時のこと。
後に音はこう言っていた。
“自分なら、絶対にできると思った”——と。
つまり、最も重要なのは“できる”と信じる意思。
それは、普段使用しているエーテルスキルにも共通して言えることでもある。
閃がトーマスに言った1週間。
それは、それぞれの完全同調スキルを完成させるための時間だった。
そして完成した閃の《雷化瞬来》は、自身だけではなく、《電繋》によって繋がっている対象も同時に瞬間移動させることができる。
さらにこのスキルは、《ソウル・テザリング》中の“行動範囲の制限”という弱点を補うためのものでもあった。
◆
「……なんか、寒そうだね」
音は、一面に広がる氷の大地を見つめながら呟いた。
「でも、綺麗……」
怜が静かに言う。
白銀の世界は、どこまでも澄み切っていて、どこか現実感が薄かった。
「もしフォームのまま外に出たら、カチコチに凍りそう」
閃が言った。
EDのコクピット内は、外気の影響を一切受けず、常に最適な温度が保たれている。
だからこそ、モニター越しに見える極寒の景色に、余計に想像が掻き立てられていた。
「そん時は、俺が溶かしてやるよ」
烈がニヤッと笑いながら言う。
「お手柔らかに……」
閃はボソッと返した。
「怜って、こういう場所でも平気なの?」
音が尋ねる。
氷のファクターである怜は、寒さへの耐性が極めて高い。
「……多分、大丈夫だと思う」
そんな雑談を交わしながら、ファクターズはモニターに表示されたファイの位置へ向かって進んでいった。
◆
4機のEDは、ファイの反応が示されているポイントへ到着した。
だが、見渡す限り、そこには何もない。
(……本当に、ここにいるのか?)
烈は内心でそう思っていた。
そもそも情報提供者は、あのヨハン。
烈は最初から、その情報を完全には信用していなかった。
「呼びかけてみる」
閃はそう告げると、静かに呼吸を整えた。
そして——
『エドワードさん!!いるなら出てきてくださいっ!!』
スピーカー越しに、閃の大声が南極の大地へ響き渡る。
静寂。
『エドワードさん!!』
閃は、もう一度呼びかけた。
だが、返ってきたのは再び静寂だけだった。
「……やっぱ、ここにはいねーんじゃねぇか?」
烈が言う。
その時だった。
「……?風が……」
音が、何かを感じ取ったように呟く。
「音、どうしたの?」
怜が問いかける。
「さっきまでと……違う……!」
音は周囲を見渡しながら言った。
そして、怜も異変に気づく。
よく見ると、先程は無かった、煌めく粒子が周囲に漂い始めていた。
閃と烈も同時に察知する。
「この光、完全同調の時に出る光に似てる……」
閃が小さく呟く。
——そして
光の粒子は、まるで意思を持つかのように次第に集束していく。
やがて、それは巨大な輪郭を形作っていった。
「……ついに会えたな」
烈が低く言う。
「ファイ……」
怜がその名を口にした。
そこに現れたのは、かつてモニター越しに見た、黄金の巨大ED——ファイ。
「大きい……!」
音は思わず見上げる。
その姿は、ただ存在しているだけで圧倒されるほどの威圧感を放っていた。
「エドワードさん……!」
閃は、真っ直ぐにファイを見据えた。




