第3話「リミット」
深夜。
司令室には、トーマスだけが残っていた。
モニターが淡い光を放ち、静かな電子音だけが空間に響いている。
エドワードがオルフェを脱退してから、すでに1ヶ月が経過していた。
だが、エドワード、アリス、そしてファイの所在は一切掴めていない。
日本軍からの圧力も日に日に強まっている。
“本当に追跡しているのか”
“情報を隠しているのではないか”
そんな疑念すら向けられていた。
オーキュラムは、世界最高峰の監視・解析システム。
本来なら、人が完全に姿を消すなどあり得ない。
まして相手は、エドワードほどの重要人物。
まるで世界そのものが、彼らの存在を覆い隠しているかのようだった。
あるいは——地球上に、いない。
誰かが漏らしたその仮説すら、冗談に聞こえなくなっていた。
◆
トーマスは深く椅子にもたれ、片手で額を押さえた。
積み重なる問題が、じわじわと神経を削っていく。
そんな中、トーマスの手は無意識にポーチへ伸びる。
中に入っているのは、タバコ。
指先が箱へ触れたところで、彼はふと動きを止めた。
(……いかんな。すっかり癖になってしまった……)
代わりに、机へ置かれたマグカップを手に取る。
中身はブラックコーヒー。
アルが淹れてくれたものだった。
すでに冷めきっていたが、それでも苦味と香りはしっかり残っている。
トーマスは静かに口をつけた。
(もし……本当に地球上にいないとしたら、一体……)
そこまで考えた時だった。
『んはぁ〜い?ごきげんドゥ〜?』
ヨハンだった。
「……」
トーマスは完全に無反応を貫く。
『えっ?無視??ひどくなぁ〜い???』
トーマスは視線すら動かさなかった。
「……なんか用か」
感情の起伏がほぼない声だった。
するとヨハンは、やれやれと言わんばかりに続ける。
『あのさぁ、僕ちゃんが言うのもアレなんだけど……お前、ハッキングドッキリに慣れすぎだろ』
ヨハンが珍しくツッコむ。
「……」
トーマスは再びヨハンを無視した。
◆
『ま、それよりも——随分おもろいことになってきたじゃないのよ〜』
ヨハンは、心底楽しそうに笑っていた。
『エドワードはやっぱ面白いヤツだなっ!!』
『私に似てるよ!!いや、私よりタチ悪いかぁ?アッハッハッ!!』
陽気な笑い声が司令室に響く。
以前のトーマスなら、その言葉に激昂していただろう。
エドワードをヨハンと同類扱いされることなど、到底許せなかったはずだ。
だが今のトーマスは、何も言い返さなかった。
ただ冷めた目でモニターを見つめたまま、静かに口を開く。
「……随分と暇そうだな。羨ましいよ」
淡々とした皮肉に、ヨハンは面白そうに喉を鳴らした。
『おぉ〜?“トーマス坊や”がそんな口を利くようになるとはねぇ』
クククと笑うヨハン。
「生憎、こっちは忙しい身でね」
トーマスは無表情のまま返す。
『それなのに、エドワードの居場所は、未だ分からずじまい……と』
その一言に、トーマスの表情が静かに険しくなった。
◆
「……言いたいことは、それだけか?」
トーマスは冷たく言い放った。
『そういうなよ〜』
そして、不意に声色を変えた。
『もし、このヨハンちゃんが、エドワードの居場所を知ってるとしたら?』
「知るか。お前の言うことなど信用できるか」
トーマスは即座に切り捨てた。
ヨハンは大げさにため息を吐いた。
『相変わらず、頭が固いというかなんというか……』
『私が、そんな“くだらない嘘”をつくわけないだろう?』
その言葉に、トーマスの眉がわずかに動く。
『お前、エドワードの何を見てきたんだ?』
「いい加減にしろ!!」
トーマスの声が司令室に響いた。
「大体、前の交流会といい……一体、お前は何を考えている!!」
『お前なぁ……ちょっとはエドワードを見習ったらどうだ?』
『交流会の時、エドワードは何て言ってた?』
トーマスの脳裏に、あの日の会話が蘇る。
“今回の件に関しては、嘘はついていない”——エドワードは、確かにそう言っていた。
当時のトーマスは、その言葉に引っかかりを覚えながらも、その場では深く追及しなかった。
だが結局気になり、後日エドワード本人へ確認している。
その時、エドワードはこう答えていた。
“少なくとも、小細工をするようなタイプではない”
“奴は、何かを考えているようで、何も考えていない”
“そして、何も考えていないようで、何かを考えている”
“つまり、奴の言葉の意味を考えようとしても、徒労に終わることが多い”
その言葉を思い出していた。
◆
「……つまり、お前はエドワードの居場所を、私たちに教えると?」
トーマスは慎重に問いかけた。
するとヨハンは、軽い調子で答える。
『そゆことっ♪』
「理由は?」
『面白そうだから』
即答だった。
ふざけているようにしか聞こえない。
だがエドワード曰く、ヨハンという男は、実際にそういう理由で動く。
それが余計に厄介だった。
「……見返りは?」
トーマスは警戒を崩さず尋ねる。
するとヨハンは、腹を抱える勢いで笑い始めた。
『見返りなんか、いらねーよ!!』
『いやぁ〜、ホント最高!!お前ら全員、深刻そうな顔しちゃってさぁ』
完全に愉快犯だった。
トーマスは眉間を押さえたくなる衝動を堪えた。
「……そもそも、なぜお前がエドワードの居場所を知っている?」
『愚問にもほどがある!』
その問いに、ヨハンは鼻で笑った。
『お前らとは頭のデキが違いすぎるのさ!』
『お前らがイッショーケンメー探しても、手がかりすら掴めなかったのにぃ??』
『僕ちゃんは、暇つぶしの片手間で、あっさり見つけちゃったのよ〜』
「……その情報、確かなんだろうな?」
トーマスは冷静に問い返した。
『後は自分らで確かめたら〜?』
ヨハンは、楽しそうに笑った。
その直後、オーキュラムへデータが受信される。
『ま、とりあえず位置情報は送っとくわ。じゃね〜♡』
司令室に再び静寂が戻った。
◆
オーキュラムへ転送された位置情報を開く。
司令室中央の大型モニターへ、世界地図が表示される。
そして——
赤いマークが浮かび上がった。
「……!!」
トーマスの目が見開かれる。
表示されていたのは——南極。
(なぜ……南極に……?)
トーマスは眉をひそめる。
当然、その地点も含め、オーキュラムは調査済みだった。
考え得る限りの解析は行っている。
それでも、何も異常は検出されなかった。
だがもし、ヨハンの情報が正しいのだとしたら——
アリスのスキルによって、ファイやエドワードごと完全に存在を隠蔽していたことになる。
オーキュラムすら欺くレベルで。
トーマスはすぐにスマカを操作し、数秒後、電話が繋がった。
「松永副総帥、夜分にすまない。至急、共有したい情報がある」
「エドワードたちの居場所についてだ」
トーマスは、南極に表示された赤いマークを見つめたまま、ヨハンから送られてきた情報について説明を始めた。
◆
翌日。
トーマスはファクターズを司令室へ呼び出し、昨夜ヨハンから接触があったこと、そして送られてきた位置情報について説明した。
「なるほど……ヨハンの笑ってる姿が目に浮かびますね」
呆れ混じりの声で閃が言った。
もっとも、ファクターズはヨハンの姿を見たことがない。
あくまでイメージだった。
トーマスは軽く息を吐くと、4人へ視線を向けた。
「いつも急ですまない」
そう前置きした上で、本題を口にする。
「単刀直入に聞きたいんだが——」
「ファイの元へ向かうまでに、あと何日必要だ?」
その言葉の意味を、全員理解していた。
つまり——
ファイとの戦闘を想定した上で、ファクターズのトレーニングが完了するまで、あとどれくらい必要か。
閃は少しだけ考え、はっきりと答えた。
「あと1週間ください」
迷いのない声だった。
「本来なら、今すぐにでも向かいたいです」
閃は真っ直ぐトーマスを見る。
「それは、他の3人も同じだと思います」
3人も無言で頷く。
エドワードを止めたい気持ちは、全員同じだった。
「でも、やっぱり——どうしても必要なんです」
「最終段階の……あの“スキル”が」
その言葉に、トーマスはゆっくり頷いた。
「1週間だね。わかった」
「後のことは、全てこちらに任せてくれ」
「君たちは、引き続きトレーニングに集中してほしい」
その声には、確かな信頼が込められていた。
4人は姿勢を正し、力強く返答する。
「了解です!!」
その声が、静かな司令室へ力強く響いた。




