第1話「歓迎会」
数日後。
全てのオルフェに情報が共有され、各地で様々な意見や議論が交わされていた。
トーマスと松永も、この数日間はその対応に追われ続けていたが、ようやく一息つける状況になっていた。
「懸念はまだいくつもある。だが……やはり共有して正解だったと思う」
トーマスは静かに言った。
「えぇ。私もそう思うわ」
松永も頷く。
「しかし——ファイの出現以降、それに合わせるように世界の動きが止まったようだ」
トーマスはモニターへ視線を向けながら続けた。
イシュタールの消滅、そして、天華本拠地の崩壊。
それらの情報が世間へ公表された訳ではない。
だが、それでも世界には確かな変化が起きていた。
各地で発生していた争いは、完全に消えた訳ではないものの、一時的に減少している。
それは日本も例外ではない。
その影響もあり、ファクターズは今、トレーニングに集中できている。
そういう意味では、不幸中の幸いとも言えた。
訓練へ専念させるため、普段の任務は訓練生たちが代わりに担っている。
連日続くのは、あまりにも平穏な日々。
「何も起きないなら、それが一番なんだけど……」
「まるで、嵐の前の静けさみたいね……」
松永は小さく呟いた。
その感覚は、状況を知る誰もが抱いていた。
◆
「あ!ハミルさん!」
光井がハミルに声をかけた。
「やぁ、光井くん!」
ハミルも笑顔で応える。
アドルとハミルが日本支部へ来てから、数日が経過していた。
2人はすっかりこの場所に馴染んでいる。
救出活動の際、東と光井はキャリア内で2人と様々な話をしていた。
もちろん、アドルとハミルの関係についても知っている。
「どうっすか?もう慣れました?」
光井が尋ねる。
「うん。皆さん、本当に優しく迎えてくれてさ」
ハミルは柔らかく笑った。
「よかったっす!あ、住むとこは見つかったんすか?」
「ここからエレカで15分くらいの場所に、マンションを借りたよ」
そう言って、ハミルはスマカを取り出し、部屋の写真を見せた。
「おぉ、めっちゃ綺麗な部屋じゃないっすか!」
光井は感心したように声を上げた。
「ありがとう。僕もアドルも、かなり気に入ってるんだ」
ハミルは嬉しそうに微笑んだ。
「引っ越し前って、なんかワクワクしません?」
「ふふ、そうだね」
ハミルは、少し懐かしむような表情を浮かべる。
「実はさ、アドルとは……元々、同棲するつもりだったんだ」
「まさか、こんな形で実現するとは思わなかったけどね」
その言葉に、光井はぱっと表情を明るくした。
「結果的によかったっすよ!」
「うん、本当にそう思うよ」
ハミルも穏やかな笑顔で返した。
◆
「やっほー」
聞き慣れた軽い声に、アドルが振り向く。
「あ、リオさん。お疲れ様です」
「いやー、2人が来てくれてさ、マジ助かってるわ〜」
リオは気楽な調子でそう言った。
「いやぁ、そんな……」
アドルは少し照れたように笑う。
「あ、そうだ」
リオが何か思い出したように口を開く。
「はい?」
「今さ、“歓迎会”やろうって話になってんだけど、アドルとハミルの都合いい日、教えてくんない?」
「えっ!?そんな……いいんですか!?」
アドルは目を丸くした。
「当たり前じゃん♪ま、引っ越しの最中でバタバタしてるかもだけどさ」
リオは笑いながら肩をすくめる。
「いえいえ!すごく嬉しいです!」
アドルの表情がぱっと明るくなった。
その後、アドルはリオに自分たちの都合のいい日を伝える。
「じゃ、日程決まったら、すぐ連絡するね」
「はい、ぜひお願いします」
アドルは嬉しそうに頭を下げた。
◆
歓迎会当日。
会場となったのは、食堂だった。
広々としたテーブルには、色とりどりの料理が並べられている。
肉料理、海鮮、果物、デザート——そのどれもが、今では滅多に口にできない天然食材ばかりだった。
普段の食事とは比べものにならないほど豪華な光景に、食堂は開始前から賑わいを見せている。
やがて、前へ立ったトーマスが静かに口を開いた。
「皆、ここ最近で立て続けに起きた出来事によって、混乱や疲弊も、まだ少なくないと思う」
「その中で、それぞれが現実を受け止め、それでも前へ進もうとしている——」
「そんな君たちの姿を、僕は誇りに思う」
穏やかな声だった。
だが、その言葉には確かな重みがあった。
そしてトーマスは、新たに加わった面々へ視線を向ける。
「新しい仲間——アドルくん、ハミルくん、そして……メルくん」
「我々は、君たちを心から歓迎する」
メルは、まさか自分の名前も呼ばれるとは思いもしなかったため、少し驚いたような表情を見せていた。
「さて、挨拶はこの辺にして」
トーマスはふっと笑みを浮かべた。
「今日は難しい話は抜きだ。皆、好きなだけ飲んで食べて楽しんでくれ。以上!」
直後——食堂中から大きな拍手が沸き起こった。
◆
「お2人の出会いって、どんな感じだったんですか?」
興味津々といった様子で、みのりが身を乗り出した。
その周囲には、アンジュ、リオ、カリンをはじめ、多くの女性職員たちが集まっている。
歓迎会が始まってしばらく経ち、食堂のあちこちで賑やかな会話が広がっていた。
そんな中でも、アドルとハミルの周囲は特に盛り上がっている。
「そんなロマンチックな出会いじゃないよ」
アドルは少し照れたように笑った。
「オルフェで出会って、話してるうちに意気投合してさ。それで、自然と一緒にいる時間が増えていった感じかな」
「へぇ〜、いいじゃん!」
「じゃあ、どっちから告白したの?」
リオのその質問に、アドルが一瞬視線を逸らした。
「そこ、聞く?」
カリンがリオに言った。
「当然でしょ♪」
リオは悪戯っぽく笑う。
すると、隣にいたハミルが苦笑しながら口を開いた。
「なんか、照れるなぁ……きっかけを作ったのは、僕の方だよ」
「えぇーっ!」
周囲から一斉に声が上がる。
「ハミルさんからだったんですね!」
みのりが目を輝かせる。
「どんな感じだったんですか?ちゃんと雰囲気作って告白した感じ?」
アンジュがハミルに聞いた。
「そんな大層なものじゃないんだけど——」
ハミルは困ったように笑いながらも、どこか嬉しそうだった。
その隣で、アドルは少しだけ顔を赤くしながらグラスに口をつけていた。
◆
「うわぁっ、すっご!これが“カニ”ってやつ!?」
メルはテーブルの上に置かれていた巨大なカニを両手で持ち上げ、そのまま大口を開けてかぶりつこうとした。
「バカ!そのまま食うやつがいるか!殻は剥くんだよ!」
烈が慌てて止めに入る。
「えー、そうなの?」
メルはきょとんとした顔をした。
「じゃあ、せっちゃん剥いて?」
「はいよ」
隣に座っていた閃は、肉料理を頬張りながら平然とカニを受け取り、器用に殻を剥き始める。
その間にも、メルは近くにあったムール貝をひとつ摘み上げた。
そして——
そのまま殻ごと口へ放り込む。
「おいし〜♡」
ガリガリッと景気よく殻が砕ける音が響いた。
「……それも剥くんだよ」
烈は呆れたように再びツッコむ。
「く、口の中……だ、大丈夫ですか!?」
東は心配そうにメルに声をかけた。
普通なら、間違いなく口の中を切っていてもおかしくない。
「ん?へーきだよ?」
メルはあっけらかんと答えた。
(お、おそるべし、強化兵……)
その光景を見ていた光井は、内心でそっとそう呟いた。
◆
「パパっ」
不意に呼ばれた声に、トーマスは振り返った。
「クレア……!」
久しぶりの親子の会話だった。
トーマスはずっと、クレアのことを気にかけていた。
だが、このところは対応に追われ続け、まともに時間を取ることもできていない。
それでも、リオやカリンが時折クレアの様子を伝えてくれていた。
——クレアは大丈夫です。
その言葉に救われていたのは事実だ。
しかし、それでも父親としての心配が消えることはなかった。
「クレア……そして、ママにも。たくさん心配をかけてしまって、本当にすまない」
トーマスは静かに頭を下げる。
「大丈夫!私もママも、ちゃんと分かってるから!」
真っ直ぐな笑顔だった。
「ありがとう、クレア……」
娘が、自分の知らないところで成長していく。
そのことを、トーマスは強く実感していた。
するとクレアは、少しだけ頬を膨らませながら続ける。
「あ、でも!たまにはママにも連絡してあげてよ?少しだけでもいいから!」
「あはは……そうだね」
トーマスは苦笑しながら頷いた。
その表情は、普段の責任者としての顔ではなく——優しい父親のものだった。




