第10話「真意②」
アドルとハミルは、涙を流しながら、時折声を詰まらせつつ語り続けた。
その言葉を受け止める松永の頬にも、静かに涙が伝っていた。
トーマスもまた、目元を押さえ、ときおり肩を震わせている。
やがて、すべてを聞き終えたあと、トーマスは静かに口を開いた。
「アドルくん、ハミルくん……話してくれて、ありがとう」
一度言葉を切り、ゆっくりと続ける。
「正直に言うと……ファイの件、アメリカ支部の消滅、そして“その後”——それらについては、現時点で把握しているのはごく一部の職員に限られている」
「全職員に共有すべきか……迷っていた」
トーマスはわずかに俯きながら、言葉を紡ぐ。
だが、次に顔を上げたとき、その瞳に迷いはなかった。
「しかし、君たちの勇気ある行動で、決心がついた」
はっきりとした声で言い切る。
「すべての事実を、全職員に共有する。日本支部だけでなく、イギリス支部、イタリア支部も含めてだ」
その言葉に、松永がやわらかく頷く。
「サポートは任せて、トーマス」
穏やかな笑みを浮かべて言った。
「頼むよ、松永主任……あ、松永副総帥」
トーマスは言いかけて、すぐに言い直す。
「お互い、慣れないわね」
松永がくすりと笑う。
その言葉に、トーマスも小さく笑みを返した。
張り詰めていた空気の中、ほんのわずかだが、やわらかな空気が戻っていた。
◆
「振り込まれたお金についてですが、僕たちは、やはり受け取ることはできません」
ハミルが静かに言った。
「なので、その資金はすべて“オルフェ支援機構”へ寄付しようと考えています」
アドルが続ける。
オルフェ支援機構とは、オルフェ研究機関の系列に属する慈善組織。
一般的な慈善活動はもちろんのこと、職員およびその家族への特別支援、親を失った子どもたちの保護や施設運営、特にエーテルコードに関する保護・支援にも力を注いでいる。
なお、閃と烈は自らの意思で、給与の3割を同機構へ自動的に寄付するよう手続きをしていた。
その話を聞き、トーマスはゆっくりと頷いた。
「そうか……たとえ君たちがその資金を自分たちのものにしたとしても、誰も咎めることはないだろう」
「それでも、その選択をした。立派な判断だと思う。心から尊敬するよ」
その声には、はっきりとした敬意が込められていた。
「私も、本当にそう思うわ」
松永も静かに言葉を添えた。
◆
アドルとハミルは一度顔を見合わせ、意を決したように口を開いた。
「あの……!私たちを、日本支部で働かせていただけませんか!?」
「基本的な業務であれば、おおよそ対応できますので!」
その申し出に、トーマスはやわらかく微笑んだ。
「本当かい?むしろ、君たちさえよければ、こちらからお願いしようと思っていたところだよ」
「ふふ、なら決まりね」
松永も穏やかな笑みを浮かべる。
「ありがとうございます!これから、よろしくお願いします!」
アドルとハミルは顔を見合わせ、安堵と喜びをにじませた。
◆
「すっかり遅くなってしまったね。2人とも、しばらくはここに滞在することになるだろう?」
トーマスが穏やかに言う。
「シャワーでも、簡易休憩室でも、好きに使ってちょうだいね」
松永もやさしく続けた。
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
アドルが丁寧に頭を下げる。
「本当、何から何まで」
同様に、ハミルも感謝の気持ちをにじませた。
「うちには寮もあるんだけど……アドルとハミルはどうする?男子寮なら、まだ空きがあったはずだけど——」
松永が提案する。
「いえ、僕らは、近くのマンションを借りようと思っています」
ハミルが笑顔で答えた。
「あら、そうなのね。なら、住む場所が整うまでは、ここを自由に使ってちょうだい」
松永はやわらかく微笑む。
その言葉に、2人は改めて深く頭を下げた。
◆
「あ……あのっ!」
話がひと段落し、そのまま解散になりかけたところで、アドルが不意に声を上げた。
トーマスと松永が、そろって彼の方へ視線を向ける。
「じ、実は……どうしても知っておいてほしいことがありまして……」
どこか気恥ずかしそうに、言葉を選びながら続ける。
「もちろん。なんでも言ってくれ」
トーマスがやわらかく促した。
「あの……プライベートなことではあるんですが……私たちは、恋人なんです」
つまり、アドルとハミルは同性のカップルだった。
「アメリカでは……周囲に隠していました。今でも、そういうものに対する差別は根強くて……」
ハミルが静かに言葉を継ぐ。
その言葉を受け、トーマスは穏やかな声で答えた。
「大丈夫だ。少なくとも、ここにはそんな偏見を持つ者はいない。安心してほしい」
「なおのこと、2人そろって無事でいてくれて、本当によかったわ」
松永もやさしく微笑む。
その温かな反応に、アドルとハミルの表情から緊張がほどけ、ほっとしたように小さく息をついた。
◆
数日後。
日本時間、17時頃。
イギリス支部、イタリア支部を含むすべてのオルフェ研究機関において、合同説明会が開催された。
主催はトーマス。補佐は松永。
議題は当然ながら、エドワードの動向、アメリカ支部の真実、そして——ファイの存在。
会は、関連するすべてのログの公開とともに進められた。
さらに、当事者であるアドルとハミルも、自ら志願し、体験者として証言に立つ。
その言葉には、現場でしか知り得ない重みがあった。
そして——
ファイのファクターである“アリス”の存在。
現時点でその事実を把握しているのは、トーマスと松永のみだった。
2人は、エドワードが極秘裏に進めていた計画——「神の子計画」についても知っている限りの情報を明かした。
会場に、ざわめきが広がった。
さらに、ファイの設計に関与していたことを、黒須が自ら公表する。
それに対し、トーマスは即座に補足を入れた。
黒須はあくまで、エドワードから依頼された業務を遂行したに過ぎず、ファイの本質や計画の全容については関知していなかった——と。
その説明により、場の緊張はわずかに緩む。
しかし——
最も大きな議題として浮かび上がったのは、
“もし、ファイと戦闘になった場合、どう対処するのか”
という点だった。
ファイの存在は、もはや各国の軍や政治にとっても無視できない。
天華の戦力をもってしても、傷一つ与えられなかったという事実が、それを裏付けている。
さらに、先に制定された新たな軍事法案により、未確認生物や特殊兵器への対応はオルフェが担うこととなっている。
すなわち、ファイへの対処もまた、オルフェの責務であることは明白だった。
この問いに対し、前に出たのはファクターズのリーダーである閃。
彼は、現状の説明を始めた。
完全同調を、偶発ではなく“意図的に発動させる”ためのプロセス。
そして、そのために積み上げてきた現時点での成果。
完全同調を発動することで、あのファイにすら届く可能性があること。
そして何より——
同じエーテルファクターでなければ、そもそも対処そのものが極めて困難であるという現実。
つまり現段階において、ファクターズこそが“抑止力”となり得る最も有力な存在であると、彼は結論づけた。
その後も、各方面からさまざまな意見と議論が交わされる。
幾度かの小休憩を挟みながら、説明会は4時間以上にわたって続いていた。
(第9章 完)




