第9話「真意①」
外出中のトーマスのスマカに、着信が入った。
表示された名前は——松永。
トーマスは間を置かず、すぐに通話に出る。
「どうした?」
短く問いかける。
次の瞬間、その表情が一変した。
「なんだって……!?」
「……わかった。ちょうど今から戻るところだ。すぐ戻る!」
松永の報告を黙って聞き切ると、それだけ言い残し、通話を切った。
トーマスは一瞬も立ち止まらず、そのまま自分のエレカへと向かった。
◆
トーマスはオルフェに到着すると、足を止めることなくそのまま司令室へと向う。
扉を開けると、そこには松永とカリンの姿があった。
「トーマス総帥代理!」
カリンは即座に立ち上がる。
「待たせてすまない。早速だが、聞かせてくれ」
息を軽く整え、トーマスは本題に入った。
カリンは頷き、無駄のない口調で説明を始めた。
「まず、オーキュラムに微弱な信号が観測されました」
「発信源を特定したところ、かつてのアメリカ支部跡地から数キロ離れた地点です」
「あの場所の近辺か……」
トーマスが低く呟く。
カリンは続けた。
「確認後、すぐに松永副総帥を呼び、状況を共有しました」
「オーキュラムへ“直接”信号を送っている点、そして発信地点——」
松永が静かに言葉を引き取る。
「私たちの結論は一致しました。“オルフェ関係者の可能性が高い”と」
「私はすぐに、オーキュラムを通じて通信を接続しました」
トーマスの視線が鋭くなる。
「内容は?」
カリンは無言で頷くと、操作パネルに手を走らせた。
次の瞬間、司令室のメインモニターに、通信ログが展開される。
「こちら、オルフェ日本支部です」
『あ……!あぁ!良かった……!!』
安堵に満ちた、男性の声。
それだけで、極限状態にあることが伝わってきた。
『わ……私は……アドル……!アメリカ支部の……職員です!』
「……わかりました。私は松永と言います。アドル、一体何があったのですか?」
『あ……あ……』
「アドル、落ち着いて。今は状況だけ教えてください。必要なら、すぐに救出に向かいます」
その声に、アドルはわずかに息を整えた。
『……ありがとう……お願い……します。私以外にもう1人……います。彼はハミル……』
「アドルにハミルね。現在の座標にすぐにキャリアを向かわせます」
そこで通信ログは切れた。
◆
「すぐに2人の名前と音声を照合した結果、間違いなくアメリカ支部の職員ということも確認しております」
「……なるほど」
一通りの聞き終え、トーマスは呟いた。
アドルたちの救出のため、キャリアは現地へ向けて出発済み。
万一に備え、東と光井、そしてそれぞれのトルーパーも同行している。
「今は、アドルたちを待ちましょう」
松永が静かに言う。
「ああ」
トーマスは短く頷く。
そして彼は、この出来事がエドワードの真意に近づく手がかりになるのではないか、と考えていた。
◆
キャリアが出発し約3時間半が経過した頃、オルフェに通信が入る。
救出に向かったキャリアからだった。
待機していたカリンはすぐ通信を取る。
『こちら東です。アドルさんとハミルさんの2名を、無事保護しました。異常等はありません。これより帰還します』
落ち着いた報告に、カリンはわずかに安堵の息をついた。
「了解しました。気をつけて帰還してください」
そう返答すると、通信は静かに途切れた。
カリンはすぐにトーマスと松永へ報告を入れた。
◆
キャリアが帰還した頃には、すでに23時を回っていた。
司令室でその報告を受けたトーマスと松永は、ようやく安堵の表情を浮かべる。
短いブロンドヘアの白人男性がアドル。
そして、短くカールした黒髪の黒人男性がハミル。
キャリアのハッチが開き、2人が降り立つ。
それを、トーマスと松永が迎えた。
「トーマス総帥、松永副総帥――このたびは救出いただき、本当にありがとうございます」
アドルとハミルは、深く頭を下げた。
「いや、当然のことをしたまでだ。それに……2人が無事で、本当に良かった」
トーマスは穏やかに言い、松永も同意するように静かに頷いた。
キャリアからは、オートモードのトルーパーが降りてくる。
続いて、東と光井も降りてきた。
「東くん、光井くん、お疲れ様。助かったわ」
松永がやわらかな笑みで声をかける。
「夜遅くまでご苦労だった。明日はゆっくり休んでくれ」
トーマスも労いの言葉を添えた。
「いえ、とんでもございません!」
東は背筋をぴんと伸ばし、きびきびと敬礼する。
「全然!朝飯前っスよ!」
光井は得意げに胸を張った。
その2人に、アドルとハミルは改めて深く頭を下げる。
東と光井も頭を下げ、その場を後にすると、ハミルが静かに口を開いた。
「あの……早速で申し訳ありませんが、僕たちの話を……聞いていただけますか?」
「2人とも疲れているでしょう?充分に休息を取ってからでもいいのよ?」
松永は気遣うように言い、隣でトーマスも頷く。
「いえ、キャリア内で十分に休ませていただきました」
アドルが答える。
「温かい食事まで用意していただいて……」
ハミルも続けた。
「それに——私たちに起きた出来事を……今すぐにでもお伝えしたいんです」
アドルはまっすぐに2人を見据えて言う。
トーマスと松永は、短く視線を交わした。
「……わかった。なら、詳しい話は司令室で聞かせてくれ」
トーマスはそう言うと、2人を促し、司令室へと案内した。
◆
司令室。
トーマスと松永、そしてアドルとハミルは、テーブルを挟んで向かい合うように着席した。
「では、聞かせてくれ」
トーマスが静かに促す。
「はい——」
アドルは小さく息を整え、ゆっくりと口を開いた。
まずは、エドワードの動向について。
アドルとハミルは、アメリカ支部においてオペレーター業務を含む多岐にわたる任務を担っていた。
そのため、職員や来訪者の出入りは、必ずどちらかがモニターで確認する体制になっていたという。
しかし、エドワードの姿は、一度として記録されていなかった。
次に、ファイについて。
末端職員であった2人は、この件に関しても一切の情報を持っていなかった。
ファイの開発に関与していた人員が6名存在していたことも、後になって初めて知った事実だという。
そして——ファイによる、アメリカ支部消滅の件。
もともとアメリカ支部は、イシュタールをはじめとする反オルフェ勢力の攻撃によって壊滅的な打撃を受けていた。
その後、組織は規模を大幅に縮小し、表向きの“偽装拠点”としての役割を担うことになる。
そのため、実際に現地に常駐していた職員は、アドルとハミルを含めてもわずか12名程度。
大半の機能はUBによって維持・稼働されている状態だった。
◆
ある日、アドルとハミルを含む全ての職員は、エドワードの命令により、アメリカ支部から突如として退去を命じられた。
理由の説明は一切ない。
困惑したまま、彼らは用意されていた大型エレカへと乗り込む。
他の職員たちも同様に、状況を把握できないまま従うしかなかった。
やがて、アメリカ支部から十分に距離を取った頃、研究者の1人、ディーバが口を開いた。
それは、エドワードから預かった“伝言”。
内容は、あまりにも一方的なものだった。
ファイの存在、オルフェからの離脱、カモフラージュのため、アメリカ支部そのものを消滅させること。
そして——職員たちには、以後、身を隠して生きるようにという指示。
エドワードの狙いは明確だった。
自らがオルフェを利用し、ファイを開発させ、“口封じのために職員ごと支部を消した”——そう見せかけること。
だが実際には、職員たちはこうして退避させられている。
消されたのは、基地だけだったのだ。
その直後——
ファイは、文字通りアメリカ支部を、跡形もなく消滅させた。
遠く離れた場所からでありながらも、その“光”は、はっきりと視認できた。
あまりにも現実離れした光景に、アドルとハミルは言葉を失った。
何が起きたのか、理解が追いつかなかった。
それは、その場にいた他の職員たちも同じだった。
◆
車内は、しばし重苦しい沈黙に包まれていた。
だが、その静寂は長くは続かなかった。
やがて、1人の声をきっかけに、空気は一変する。
「一体、誰が……誰が、あんなものを作ったんだ!!」
疑念と恐怖が入り混じった叫びを皮切りに、車内は一気に激しい口論へと発展した。
名指しされたのは、開発責任者であるディーバ。
そして、開発に関与していた5名の研究者。
追及の声は次第に感情的になり、収拾がつかなくなっていく。
その中で、アドルとハミルは必死に周囲をなだめ続けていた。
これ以上の混乱を防ごうと、声を張り上げる。
当のディーバは、その喧騒の中で、ただ力なくうなだれていた。
やがて議論は、次第に“これからどうするか”という現実的な話へと移っていく。
そのとき、ディーバが力ない声で言った。
「……全員の口座には、すでに十分すぎるほどの、“退職金”が振り込まれている」
「……それとは別に、生涯にわたって生活費が毎月振り込まれるよう手配されている」
それは、事実上の“保証”だった。
この先、一生お金に困ることはない。
何不自由のない人生が約束されている。
その言葉に、安堵の表情を浮かべる者もいた。
だが、アドルとハミルは違った。
エドワードの一連の行動、その裏にある意図。
どうしても納得がいかなかった。
「この件は、他のオルフェにも伝えるべきです!」
アドルは強く言い切る。
ハミルも大き頷いた。
◆
——その瞬間
「責任をとる」
ディーバはそう言い残すと、力なくエレカを降りた。
足取りもおぼつかないまま、ふらふらと歩いていく。
嫌な予感が、頭をよぎる。
アドルとハミルは顔を見合わせると、すぐさま後を追うためにエレカを降りた。
その直後、無情にもエレカは発進した。
一瞬だけ振り返るも、迷っている時間はなかった。
——しかし
乾いた銃声が、静寂を切り裂く。
次の瞬間、視界に飛び込んできたのは——
ディーバが、自らの頭を拳銃で撃ち抜いた姿だった。
その光景に、ハミルは言葉を失い、膝から崩れ落ちた。
「……ハミル!」
アドルは必死に呼びかけ、震える肩を掴み、強く言い聞かせるように声を絞り出した。
「2人で、日本支部に行こう——」
ここで立ち止まるわけにはいかない。
そう自分にも言い聞かせるように、アドルはすぐに行動に移った。
自身のスマカを取り出し、オーキュラムへ直接信号を送信する。
救難信号の代わりだった。
日本支部の連絡先は登録されている。
だが、傍受のリスクを考え、あえてオーキュラムへと直接アクセスしたのだ。
それから、およそ20分後、応答があった。
『こちら、オルフェ日本支部です』
松永の声だった。
その瞬間、張り詰めていたものが一気に緩み、アドルは上手く言葉を発することができなかった。




