第8話「繋がる力」
突然の閃の反応に、その場の全員が目を丸くした。
「ど、どうした……?」
烈が恐る恐る尋ねる。
閃は手に持っていたドーナツの残りを一口で頬張り、お茶で流し込むと、一呼吸おいて顔を上げた。
「“繋がった”」
その一言に、空気が変わる。
「繋がった……?」
音が思わず聞き返す。
「完全同調への道が……」
その言葉に、全員が息を飲む。
「閃くん……何か思いついたのね?」
牧がまっすぐに閃を見つめる。
「ちょ、ちょっと順を追って説明するっ!」
そう言うと閃は慌てて立ち上がり、ホワイトボードとペンを引き寄せた。
◆
閃は、ボードに線を引きながら説明を始めた。
「まず——俺の“変換”で、エーテルの“ケーブル”を作る」
4つの点を線で結び、円のような形を描く。
「これで、俺たち4人を直接“繋ぐ”」
「次に、烈」
ペン先が烈の位置を指す。
「“強化”の特性を使って、このケーブルを通して全員の同調率を一気に引き上げる」
「で、ここからが重要」
閃はさらに線を重ねる。
「音の《調律のウィンド》を、この“繋がった状態”で使う」
「ケーブルを通すことで、全体に広げるよりも一人一人に対して、より精密に調整できる……と思う」
「……確かに、それなら“ブレ”も抑えられるかも……!」
音は小さく頷いた。
「そして最後は、怜」
ペンが止まり、円の中心を指す。
「全員の同調率が100パーセントに到達した瞬間——」
「“抑制”で、その状態を維持する」
静かな声だったが、はっきりと響いた。
「つまり——」
「俺が“繋ぐ”、烈が“引き上げる”、音が“調整する”、そして——怜が“維持する”」
4人の役割が、一本の流れとして繋がる。
「この流れでいけば、理論上、確実に完全同調に到達できる」
誰も、すぐには言葉を発せなかった。
それほどまでに、その構想は明確で、そして現実的だった。
さらに——
「それに、この方法なら……」
閃は少しだけ息を整えながら続ける。
「1人に負担が集中しない。全員で役割を分担するから、消耗も分散できる」
これまで音ひとりに偏りかけていた負荷も、大きく軽減される。
戦術としても、理論としても隙がない。
あらゆる面で、理想的な形だった。
◆
閃が説明を終えた瞬間、その場にしばしの静寂が落ちた。
全員が、ただ目を丸くしている。
「閃……お、おまえ……」
烈が、信じられないものを見るように呟いた。
「閃くんっ!!!」
次の瞬間、音が満面の笑みで飛びつく。
その勢いのまま、閃は反射的に音を受け止め、抱き上げた。
「マジかよ!!オメー!!マジかよ!?」
烈は腹の底から笑いながら、バンバンと遠慮なく閃の背中を叩く。
「ネェ、ワレ、テンサイ?ワレ、テンサイジャナイ??」
当の本人はというと、自分でも驚いているのか、妙なテンションでカタコトになっていた。
「ブフッ!!あはは!」
それを見ていた怜も思わず吹き出し、珍しく声を上げて笑う。
張りつめていた空気が、一気に弾けた。
その中心で、4人が笑い合っている。
その光景を見ながら牧は、ふとある言葉を思い出していた。
“奇跡の四角”——
松永が、かつて口にした言葉だ。
それぞれが違う特性を持ち、それぞれが欠けてはいけない役割を担う4人。
その全てが噛み合ったときにだけ生まれるもの。
(……本当に)
牧は小さく息をついた。
(本当に……奇跡、なのかもしれない)
目の前の光景が、それを何よりも証明していた。
◆
「うしっ!まずは、下準備からだな」
烈が腕を組みながら言う。
あの理論を実現するには、
それぞれが“役割に対応した力”を、きちんと形にしなければならない。
音の《調律のウィンド》のように、他の3人にも完全同調に必要な“新しいスキル”がいる。
「イメージは、もう掴めてる」
怜が静かに言った。
その横で、烈も頷く。
閃は2人を見て、確認するように言った。
「……3日あれば、形にできる?」
そして——
「ええ」
「3日もありゃ十分だ!」
2人は力強く答えた。
その返答に、閃は小さく笑う。
「よし。じゃあ俺たちは、3日間、新スキルの習得に使う」
はっきりと言い切る。
「あたしはその間、《調律のウィンド》の精度を、もっと仕上げるね!」
音が前に出るように言った。
「うん、お願い!」
閃もすぐに頷く。
それぞれが、自分のやるべきことを理解していた。
「牧主任!測定、付き合ってください!」
音が振り向き、ぱっと笑顔を向けた。
「ええ、もちろん!とことん付き合うからねっ!」
牧もすぐに応じる。
その言葉は、軽やかでありながら、しっかりとした支えだった。
目標は完全に見えた。
あとは、それぞれが自分の役割を、極限まで研ぎ澄ますだけ。
4人は、同時に動き出していた。
◆
「アーンジュっ!」
廊下を歩いていたアンジュは、後ろからの明るい声に振り返った。
そこにいたのは、クレアだった。
その表情を見た瞬間、アンジュはすぐに気づく。
数日前とはまるで違う、晴れやかな顔だった。
「クレア、ずいぶんスッキリした顔してんじゃん」
アンジュは口元を緩めながら言った。
「うん!おかげさまでね。それとさ——」
クレアは笑顔で頷き、改めて向き直る。
「心配かけて、ごめんなさい」
その素直な言葉に、アンジュはくすっと笑った。
「もー、ホントだよ。無理してんの、見え見えだったし」
「本当にごめんね、アンジュ」
「ま、いつものクレアが戻ってきたなら、許す!」
軽く笑うアンジュに、クレアもつられて笑う。
「アンジュ——ありがとね」
ふと、真面目な声で言う。
「ウチ、なんもしてないよー?」
不思議そうに返すアンジュ。
クレアはくすりと笑って、少しだけ頬を染めた。
「私のこと、励ましてほしいって……烈くんに伝えてくれたんだよね?」
「え??」
アンジュの表情が、一気に“素”になった。
クレアは、あの夜の出来事を思い出しながら話し始めた。
「だって、烈くんが私の好きな“ももの汁”知ってるはずないし……きっとアンジュが教えてくれたのかなってさ」
「??」
アンジュはぽかんと口を開けたままだった。
「本当に、嬉しかった」
そう言って、微笑みながらアンジュを見た。
アンジュは、頬をぽりぽりとかきながら、目を泳がせる。
「あの、クレアさ……」
少し気まずそうに口を開く。
「ウチ……烈に、何も言ってないんだよね……」
「……え?」
空気が、一瞬止まる。
「て、てことは……」
クレアの頭の中で、ゆっくりと答えが組み上がっていく。
烈は、自分の意思で来た。
あのジュースも、自分で選んだ。
偶然かもしれないし、そうじゃないかもしれない。
その全部が、一気に頭に流れ込んでくる。
そして、みるみるうちに、クレアの顔が赤くなっていく。
「ま!良かったじゃん!!」
アンジュがニヤッと笑いながら、ぽんぽんと背中を叩く。
「いつの間にか“烈くん”なんて呼んじゃってさ!」
「……っ!!」
クレアは思わず両手で顔を覆った。
「もーさ、この際……付き合っちゃえばぁ〜?」
完全に面白がっている顔で、アンジュが追い打ちをかける。
「あ、あ、あわわわわ……!!」
クレアは今にも湯気が出そうなほど真っ赤になり、その場でわたわたと慌てていた。




